スクレット遺跡
チシャとラウルが部屋に入って少しした後、
オノモルドとジンハートが帰ってきた。
ジンハートはひどくやつれていて 重い足取りで
すぐに二階へと上がってしまう。
追いかけようとしたノノルは オノモルドに制された。
「今は そっとしといてやんな。
…それよりも仮面の魔術師の足取りが掴めたよ。
みんな座ってくれるかい。」
仮面の魔術師、という単語が出ただけで ノノル達に緊張が走った。
「ほ、本当ですか オノモルド博士。いったいどこに…?」
「まあまあ陛下。そんなに急かさないでおくれ。
アイツはどうも、もうカルティストにはいないらしいんだ。
ガロンゾフに引き上げたらしいよ。何だか怪しいけどねぇ。」
疲れた様に椅子へと腰を下ろしたオノモルドは
テーブルへと置いた紙袋の中から、買ってきた地図を取り出す。
そして 白衣のポケットにさしていたペンで印をつけていった。
「ここがカルティスト。分かるね?
ガロンゾフは…こっちさ。最近領地を広げたようで
また少し大きくなったらしいけどもね。」
オノモルドの手の動きに ノノル、ココラ、トールが注目している。
ペンは ガロンゾフにある小さめの遺跡の上で止まった。丸がつけられる。
「スクレット遺跡。アイツはここにいる。闇の力が強い遺跡だ。
聞いた話なんだがね、ガロンゾフはここに何かを隠してるらしいよ。
あーまったく。あたしは 本当にあの国が嫌いだよ!」
ばしっ、とペンをテーブルに叩きつけ オノモルドが鼻を鳴らす。
その勢いに半歩引いていたノノルは 恐る恐る身を乗り出して聞いてみた。
「オノモルド博士。そこへ行くには、どうすればいいんでしょうか…?」
「ガロンゾフに侵入するしかないね。幸い遺跡は国の外れだ。
警備も手薄だろうよ。……って陛下、まさか行くなんて言うんじゃ
ないだろうね。」
「え、行きますよ?」
ノノルが当然のように しれっ、と言ったので
オノモルドは呆れて眼鏡をかけ直し、ココラは興奮してノノルを見つめ、
トールは 腕を組んだまま固まった。
「陛下。ガロンゾフは危険だ。これ以上ない程。
敵対しているウォルデラの国王が のこのこ行って
無事に帰ってこられる訳がない。」
「…そうだ。そうだぞ、ノノル。オノモルドさんの言う通りだ。
ここは俺達に任せろ。チシャもラウルもいる。平気だ。」
いつに無く真剣に トールがノノルを説得するが、
あまり効果は見えなかった。それどころか ノノルは魔宝石を握り締め、
勢いよく立ち上がる。瞳はきらきらと輝き やる気に満ち溢れていた。
「ガロンゾフに行こう!仮面の魔術師を捕まえなきゃ。
放っておいて いいことは無いよ。カルティストにとっても、
ウォルデラにとっても。それに…」
ぎゅっと魔法石を握りしめ、
ノノルが言葉を続けようとしたが 遮るようにトールがバン!と
机を大きく叩いて立ち上がった。
「駄目だ!俺は断固反対する。カルティストに来るだけでも、
十分危険だったんだぞ!ガロンゾフにまで連れては行けない。
これ以上、危険に晒したくない…!頼む。俺たちを信じて、
ノノルはここに残ってくれ。」
トールの言葉の最後は 本当につらそうな声だった。
机についた右手に力を入れ、こぶしをつくる。
ココラを助ける際、ノノルに怪我を負わしてしまったことが
頭から離れない。いくら自分たちがついているとはいえ、
また同じようなことが起こるかもしれない。
今度は、怪我だけでは済まないかもしれない。
「俺は ノノルを失いたくない。王であるお前を失うのが怖いのではなく、
たった一人の人間である ノノルを失うことが 最も、怖いんだ…
分かってくれ…。」
トールの、痛いほど自分を思う気持ちが 直接伝わってくるようで
ノノルは声が出せなくなる。
王であると同時に 一人の人間でもあること。
ノノルは 少し、忘れていたのかもしれない。
「そっか…。うん、分かったよ。やっぱり私は 行かないことにする。
わがまま言ってごめんね、トール。」
にっこりと笑顔を作り、トールに謝る。
トールはノノルの笑顔を見ると小さく息をつき、安心したように椅子に座り直した。
――本当は 魔法石があるので着いて行きたかった。
みんなを お荷物の自分として守ってもらうのでは無く、
王としてみんなの役に立てるよう頑張りたかった。
…父のように。
でも 仕方がない。
「じゃあ陛下はここに残ってくれるとして…あんた達
高貴な護衛の装備を整えないとねぇ。」
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「ラウル、」
ノノルは みんなが準備を整えている隙を狙って
隣の部屋のドアをノックし、開けた。ラウルはベッドに
寝転がっていたが ノノルの気配を感じてすぐに起き上がる。
「休んでたのに、ごめん。ラウルの様子が その、ちょっと心配で。」
ラウルと目を合わせないようにしながら、ノノルが もごもごと言った。
いつものような快活さはそこにはなく、歯切れが悪い。
ラウルは何も答えなかった。視線を落とし、何かを考えるように
床を見つめている。
ラウルの様子が心配で来てみたものの、迷惑だったかもしれない
と、ノノルの胸の中には後悔が押し寄せてきた。休んでいたとしたら
なおさら自分が来ては困るだろう。
沈黙に耐えかねて やっぱりまた後で来るね、と撤退しようと
ノノルが口を開きかけたところで ラウルは顔を上げた。
「…心配かけて悪ぃーな。俺がこんなんだと、ノノルも調子狂うよな。
もう大丈夫だぜ。ガロンゾフに仮面の魔術師がいるんだろ?」
どうやらドア越しに話を聞いていたようだ。ノノルは頷く。
その反応を見て そっか、と言ったラウルは ベッドから立ち上がった。
「さーてっと。なら そろそろ俺も準備整えなきゃなんねーな。
さすがにガロンゾフに行くからには 気合入れてかねーと。」
「あの…ラウル、本当に無理してない?」
「へーきだっての。へこんでばっかいられるかよ。
あ、ノノルは残るんだろ?……おっさんのこと 頼んでもいいか?」
ドアノブに手をかけていて表情は分からなかったが、
ノノルにそう尋ねるラウルの声は ほんの僅かに悲しげに聞こえた。
ノノルは はっとしたが、何も問うことなく まかせて、と笑顔で答える。
「ジンハートさん きっと元気になるよ。
何があったか分からないけど、きっと。」
暖かく、優しい言葉は 本当に実現出来そうで。
「…そーだな。」
ラウルは目を細めると ノノルに向かって笑顔を見せた。