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お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと上巳ちゃん

作者: 芦川玲

登場人物:九尾の狐と女子中学生

 日差しもうららかな桃の節句、私は神社の境内で本を読んでいた。


 ここに到着して一時間ほど。黙々と活字を追いかけているが、神社の主は一向に姿を見せない。

(一応挨拶くらいは、と思ったんだけど)

 居座らせてもらってるんだし。

 でも寝ているのなら起こすのも忍びない。


 どうしようかと迷って、書き置きを残すことにする。

『お狐さまへ、お邪魔しました』

 それだけ書いて、社の隅に置いておく。

 持ってきたひなあられでおもしをした。これで紙は飛ばないし、私は嫌いなあられを食べずに済む。一石二鳥だ。

 お狐さまならあられも美味しく頂いてくれるだろう。



 さあ帰ろう図書館に行こう、と鳥居をくぐる。

 瞬間、後ろでカサッと物音がした。振り返れば社に狐が。右前脚で書き置きを踏み、左前脚であられを押さえつけている。

「袋の口も開けないで、どこへ行くつもりかな」

 誰かさんが出てきてくれないから、()()ね。


~~~~~~~~~~


「いやあ驚いた。思慮の心まで流し雛で川に捨てたのかと」

「なんならあられ返してもらうよ」


 ガリガリボリボリと、さっきからあられを砕く音がうるさく響いている。お口に合ったようで何よりだ。


 ちなみに神社の主ことお狐さまは、普段からこんなに口が悪いわけじゃない。私があられの袋を開けるときにおもいきり失敗して、辺り一面にあられが散らばった。それを根に持っているのだ。食べ物の恨みはかく恐ろしい。


 文句を言いつつ、どうせ胃に収めるなら別にいいでしょと思わなくもないが。

 さりとて地面に落ちたものを拾って食えというのはなかなかに鬼畜の所業だし、私に分が悪い状況だ。素直に謝っておくに越したことはない。


 いや本当、悪いと思ってるって。

 ひなあられ美味しい? ……そう。


 落ちても美味いことには美味いらしい。


 お狐さまは食べる合間にまだ嫌味を言っている。

 それならお狐さまが自分で開ければよかったのに。


 なにせ無駄に九本も尻尾がついている。化けた彼は団子を食べても喉を詰まらせない完璧な美丈夫だ。のみならず、女の姿も自由自在。袋を開けるなんてお茶の子さいさいのはず。

 考えれば考えるほどそれは現実味を帯びてきて、貪り食っているお狐さまに目で問うた。


「さァて、なんのことだか」

 白尾が揺れる。ゆらゆらと、してやったりとばかりに。

 ああそうか、これは一本取られたのか。


「お狐さまが楽しそうで何よりだよ」


~~~~~~~~~~


「にしてもお前、どうしてこんなに突然」

 あられも片付いて、口のまわりをきれいにしたお狐さまが聞いてきた。

「うーん……」

「なにか急用でも?」

 歯切れの悪い私にやんわりと促してくれる。


「……ちょっと、家から逃げてきた」


 我が家では毎年桃の節句が盛大に祝われる。親族を集めてのちょっとしたパーティのノリだ。主催家はローテーションで、今年はたまたまうちの番だった。

 母が嫁入りの際に持ってきた雛人形を飾って、ちらし寿司やお吸い物、白酒なんかを用意してもてなし、招かれた親族は娘宛てに甘酒や菱餅、(私の嫌いな)ひなあられを大量に用意する。

 結構賑やかだし従兄弟にも会えるので、嫌いなイベントじゃなかった。

 ただ、やってくる親戚の一部が問題なだけで。


「仲が悪いのかい?」

 ううん、すこぶる良好。お母さんとはね。

 早くに父を亡くした私にも従兄弟と同じように接してくれるし、悪い人じゃないんだろう。ただ規格外に、口が軽いだけ。


「仲っていうか、折り合いかな。私の苦手なタイプ。――私の将来の夢、話したことあったっけ?」

「いいや、ちっとも覚えがない」

「そっか。あぁ、えーっと……」

「別に、無理に言うこともないよ」

 ありがとう。うん、そうさせてもらうね。

 まだ言う決心はつかなかった。ここはお狐さまの厚意に甘える。


「まあ、とにかくその親戚は、私の将来の夢を知ってるのね」

 失敗は数年前の今日。

 宴会の席にいないと思ったら、いつの間にか部屋に入られていた。それもまさか勝手に引き出しを漁られているなんて。

 驚きすぎて咄嗟に嘘が付けなかった。

 プライバシーもクソもあったもんじゃない。


「それで、『誰にも言わないでね』って言ったんだけど……」

 まあ言われるよね。それもお酒を飲むたびに。弱いならベロベロに酔うまで飲むなと思うけど、まさか並み居る酒飲みの中でその人にだけそんなの言えるわけないし。

 何度口止めしてもこれだ。おまけに別のおばさんとおじさんは私の夢に反対で、酔うと二人か三人だけのときに「そんなのはやめろ、成績もいいんだし、いい大学入って会社員になりなさい」と口を酸っぱくして言ってくる。おばさんはそれにプラスアルファ、「普通に結婚して、家庭を持つのが幸せなのよ」までがセットだ。


 ――勘弁してよ、そんな窮屈なの。


 何度言おうと思ったことか。結局怖気づいて言えないまま、年々この日が憂鬱になっている。


「だから頃を見計らって抜け出してきたの。おばさんたちが帰る頃には家に戻るよ。お見送りしないといけないし」

 腕時計を見る。午後三時半。あと三十分したら帰ろうと決める。


「ふん。まあ気にすることはないさ」


 それが、お狐さまが持った感想だった。

 それは笑って、こう続けた。


 大丈夫、どうせお前より早く死ぬやつだ。

 今のうちだけ、好きに言わせておくといい。


~~~~~~~~~~


「お狐さま、甘酒好き?」

「酒の嫌いな化け物はいないさ。欲を言えば白酒の方がいいけれど、甘酒もあれはあれで美味い」

「じゃあ明日から持ってくるね。水筒に入れて」

 よかった、一人じゃとても飲みきれない。

 従姉妹と分けても一人二リットル。甘酒二リットルってどんな罰ゲームだ。五百ミリも飲めるかどうか。

 私たちが大きくなるにつれて量が増えている気がする。そこは別に成長に合わせなくてもいいのに。


「ときに、お前のところでは流し雛はしたかい?」

「ううん、してない。うちの近くの小川、ほとんど田んぼに続いてるから。どこかで引っかかっちゃうよ」

 かと言って本流まで行くのは面倒だから、お雛さまを飾って終わりだ。どこの家でもたいていそうじゃないだろうか。ひな壇はおろか人形すら出さない家もあるときく。

「そうか、最近はそれもしないのか」

 お狐さまは残念そうに尻尾を垂らしている。

 仕方ないよ。ひな壇はすぐ片付けないといけないし、今時雛人形を嫁ぎ先に持っていくなんて方が珍しいんだから。


「それでも、お前の家はたいていの行事を行っているよな」

「うちは古風だから。ひな壇だって五段の立派なやつだよ」

 三人官女と五人囃子を筆頭に十五人。これに橘飾りなんかが添えられるから、近所じゃ他に類を見ないほど本格だ。

「内裏雛もさぞよく映えることだろう」

「飾ると壮観よ。そういえば、内裏雛は天皇さまと皇后さまを表してるんだってね」

「転じて、理想の夫婦を表しているとも言われるな」

「男雛の衣装、お狐さまに似合いそうだよね」

「阿呆、あれは天皇以外が纏うことすら許されていないよ」

 妖でもそこは守るんだ? ちょっとびっくり。


「狩衣と見た目が若干似てない?」

「お前ってやつは……。第一、そうなると女雛は誰が務める。まさか空席にはしないだろう? 女に逃げられた男雛なんて、格好がつかない」

 相手役はほら、古妖から適当に見繕えばなんとか。

「理想の夫婦とは程遠いな」

 確かに。お狐さまは自分の女雛を捕まえたら、絶対逃がしたりしないもんねぇ。

 ガチガチに拘束してでも隣に座らせていそうだ。

「人聞きの悪いことをいうな」

「否定はしないね」

「……」

 ……。

 黙らないでよ、ねえ。


~~~~~~~~~~


 時刻は予定通り四時。さて帰ろうかと立ち上がると、外の石段の下の方から誰かが私を呼ぶ声がした。


 ――こっちゃーん! こーっちゃーん!


「おや、迎えとは珍しい」

「あの声は多分従兄だね。変なあだ名で呼んでるし」

 こけし顔だから『こっちゃん』らしい。妙なセンスだけど、本名を叫ばれるよりマシだ。

「はぁーい! 今行くー!」

 これ以上放っておくと冗談抜きで本名暴露されかねないので、急いで返事をする。

 じゃあね、お狐さま。また今度。

「うん、さようなら」


 ちょうどその時、鳥居の影から従兄が顔を出した。

「いたいた、こっちゃーん」

「うるさい。今行くってば」

 私は駆け足でそちらにむかった。


~~~~~~~~~~


「そういえばさあ」

 石段をゆっくり下りていると、前を歩いていた従兄が振り向いた。

「こっちゃん、一緒に話してた男の人、誰?」

「え、人?」

 狐じゃなくて?

「? こっちゃん何言ってんの。狐しゃべんねーよ」

 おっと失言。

 あの場にいたのは私とお狐さまだけだ。となると、この従兄はお狐さまを見たんだろうか。霊感があるなんて聞いたことがなかったのに。

(それに今日は、化けてなかったはずなんだけど……)


「その人、私より頭一つ半くらい高かった?」

「あー。ちょうど、そのくらいだと思う。てか、え、なにこの確認作業」

 念のためだよ。

 従兄が「さっぱりわっかんねえ」と笑った。


 とはいえ従兄は間違いなくお狐さまを見たらしい。


「すっげーイケメンで、俺に手ェ振ってた」

「笑って?」

「笑って」

 マジか。お狐さまにこやか対応とかできるんだ。

「や、目線外したときすげー不機嫌そうだったけど」

 できてなかった。大人気ないな、九尾の狐。


「で、あれ誰? こっちゃんの彼氏?」

 まさか、の意味を込めて首をブンブン横に振る。

「えーと、あの人、ここの石段でトレーニングしてる学生さん。顔見知りだからちょっと話してただけだよ」

 適当にごまかしておいた。

「なぁんだ、つまんねー」

 従兄弟はあからさまにがっかりした様子だ。

 こっちの気持ちも知らずによく言うよ。結構危ない状況だったのに、それに微塵も気付いてない。お狐さまと誰かを会わせることなんてほとんどないんだから。


「せめて女の方が迎えに来てればねー」

「んだよー、俺がわざわざ来てやったのにさー?」

「残念だけどそれが嬉しくないから嘆いてるの」

「ホントに残念だよ」


 従兄の言葉に少し吹き出す。

 女の方が来ていたら、お狐さまもあんなことしなかっただろうに。


 従兄は手を振られたと言ったけど、それはおおかた『あっち行けよシッシッ』みたいな意味だろう。わざわざ化けてみせるあたりが露骨だ。

 せっかく美男なのに。従兄の言葉を借りるなら、「ホントに残念」な人。



(祝福を、とまでは言わないにしろ)


 桃の節句に牽制を寄越す人がありますか、お狐さま。

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