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疑惑

ゆらゆらと漂う何かが、瞼の裏から透けて見える。

それは俺の目から心に入り、暗く、醜い心に安息をもたらしている気がした。


(綺麗・・・)


そう感じる心があったことに驚くが、それを自覚した後も何度も綺麗だと、心は正直にそう零す。


今度は耳に何かが動く物音と、何かをささやく声が入ってくる。


『流れる水のように自由に漂って、彗星のように蒼くすんだ、温かな光』


歌うように、彼女は言っていた。

そう。

聞こえてくるこの穏やかで、温かな声は女性のものだ。

温かい、その声は女神を思わせた。


今度は俺の頭に優しい刺激がやってきた。

ふわりふわりと、俺の痛んだ髪をまるで壊れ物のように優しくなでるその手も、温かい。


頬を温かいものが伝っていった。

これはきっと涙だ。


俺はぽろぽろと泣いているようだった。


彼女の温かさがどうしようもなく嬉しくて、そしてこんな醜い俺が苦しくて、ぽろぽろと零れていくそれをとめることは出来なかった。


俺の頬に涙とは違った温かいものが触れた。

それは零れていく涙を丁寧に拭っていた。


そのことにまた涙が出て行く。


それをまた拭う。



確実に無駄なことを続ける彼女に少し心が文句を上げてしまう。


(馬鹿じゃねえの)


そういう声が聞こえて、俺は本当に自分を恨んだ。

どうしてこんなにも優しい彼女を貶すのだ。

どうして自分はこんなにも・・・こんなにも。


「どうして・・・」


俺はそう零していた。

その醜い俺の声で、一気に目が覚めた。


ぱっと目を開く。

そして、俺は絶句した。


窓から差し込む淡い月光を受けて輝く銀の髪が、綺麗だった。

ただただ綺麗だった。


「おはよう」


透き通った声が聞こえた。

それでようやく我に帰る。


瞬きをして、彼女の顔を見た。

にっこりと、穏やかに笑う彼女は、どこか子供っぽさを残している。

そして彼女の目をみて、また俺は絶句した。


ルビーのように透き通りつつも、何か深いものを感じさせる瞳が、俺の心を引き付けた。


「綺麗・・・」

「・・・ふふ」


ポロリと零した声はいつもよりも澄んでいた。

彼女は俺の言葉を聞いて、くすくすと笑っている。


慌てて俺は口を押さえた。


一体何を言っているんだろうか・・・。

彼女を見ていると、醜い心が洗われる、そんな気がする。


「調子はどう?」


心配そうに俺を見ている彼女に、俺の醜い心は汚い言葉を投げかけさせようとした。

けれど、さきほど俺の心に生まれた何かがそれを止めた。


彼女を罵倒するために大きく開いた口を、すんでの所でぎゅっと閉める。

そしてぐっと醜い言葉を飲み込んで、新しい言葉をゆっくり時間をかけて用意する。


「・・・悪くない」


今の俺にはこれが限界だった。

それでも彼女は安心したように息を吐いた。


そしてゆっくりと俺は身を起こした。

そこで初めて辺りを見回した。


どこか古臭いような、そうでないような、木で作られた部屋にベッドが一つ。

あとは机とソファー、そして彼女が座っている椅子だけ、という西洋風の民宿のような作りだった。


「ここ・・・どこだ」


ぼそぼそと、言葉を放る。


「ここはウーアっていう街の宿屋よ」

「ウーア?」


聞きなれない言葉を鸚鵡返しする。

そんな変な名前の街が日本にあるわけがない。

彼女は一瞬きょとんとしたかと思うと、頬に人差し指を当てて、この街の説明をした。


「ここは王国に出回っている時計のほぼ全てを生産している時計の街よ。結構大きな街なのだけれど・・・。知らない?」


王国という言葉に驚く。

日本は王国ではない。


では自分は知らず知らずのうちに外国に来てしまったのか?


いや。それはありえない。


もしそうであるならば、なぜ外国で日本語が通じるのだろうか。

俺は口をみっともなくぱくぱくさせていた。


それを見た彼女は不思議そうな顔をした後、戸惑いながら口を開いた。


「貴方は街道で倒れていたのよ。・・・一体、どこから来たの?」


俺は状況が分からず、何も話すことが出来ない。

それでも何か嫌な予感が俺を動かした。

しばらくしてから、意を決して口を開く。


「なあ・・・ここって日本・・・じゃないのか?」

「え?そんな街あったかな・・・?」


彼女の反応に俺は目を見開き、耳を疑った。

日本語を話しながらも、日本を知らない彼女の反応は、まったくわけがわからない。


「じゃあ何で日本語話してんだよ!!」


俺は醜い声を荒げながら、彼女に詰め寄る。

冷や汗が流れる。


彼女は一瞬びっくりした後、これまた不思議だというように首をかしげる。


「私たちが話しているのは世界共通の言葉よ。何百年も前に統一された言葉なんだけど・・・」


頭の中をクエスチョンマークが満たしていった。

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