言葉と心の荒み
「きゃはは!それで?まじ、そいつありえないじゃん」
「だよねー!目障りじゃん。さっさと捨てよっかな~」
「おい。何話してるんだよ?何々?彼氏の愚痴か?」
教室では、耳障りで心のない言葉が飛び交っていた。
そいつらは俺の耳に入って来ては、俺の心を荒ませて、ため息となって出て行く。
音楽を大音量で流していても聞こえてくるその声は、ただただ不快で仕方がない。
大きくため息を吐いて、再度そいつらを頭から追い出す。
けれど、追い出したそばからそいつらはやってくる。
(うるさいせえなあ。さっさとその汚いだけの口ふさいでどっか行けよ。くそ共)
「っち。うっせえんだよ。消えろよ。ブス」
ほとんど毎日それらに触れる俺は、すっかり心と言葉が汚く、そして醜くなっていた。
そのことに気が付き、俺は汚い心を持たないよう、汚い言葉を吐かないように心掛けたこともあった。
けれど、無駄だった。
俺は諦めた。
もう俺はこのまま汚く醜い心と言葉を持ったまま、生きていくのだろう。
高校2年生にして、俺はもうゴミのような存在になってしまった。
「笹山ぁ!ブスってどういうこと!」
「そうよ!ああ!暗い馬鹿には美的センスってものがないんじゃない?」
「マジ言ったらかわいそうじゃん。ボクぅ、傷ついちゃいまちたかぁ?」
先ほどの耳障りな言葉の持ち主達がいつの間にか俺の前にきて、つばを撒き散らしながら醜い顔をさらす。俺の耳から延びているコードも乱暴に奪われる。
その喧しさと醜さに俺は顔を顰めた。
それを見てそいつらは顔を悦びにゆがめて、俺を見下すようにしながら更に唾を撒き散らせながら続ける。
「ああ!わかった!あんたぁ、確かママーが行方不明になったんだっけ?だよねぇ。こんなゴミくずが家族だってだけで恥ずかしいもんね?それで悲劇の主人公ぶってるんじゃないの?」
「うっわぁ。ありえるわぁ」
「だから、マジ言ったらかわいそうだって。・・・笑えるんですけどね」
そいつらの言葉は俺の心を更に深く荒らしていった。
確かに俺の母さんは半年前に、ふっとどこかに消えてしまっている。
消える前の母さんは、荒み始めた俺を見てはため息を吐き、どこか遠くへ行きたい、としきりに呟いていた。
結果、行方不明になっても誰も不審だとは思わなかった。
おれ自身そうだった。
周りの人間はこの話を面白がって、口々に腐った尾ひれをつけて囃し立てた。
それは俺の心を更に荒ませ、それまで親身になってくれていた人々は全て俺から遠ざかっていった。
もう、俺はどうにもならない。
今もこいつらに対して、ひどく腹が立ち、ぼろくそにしてやろうと考えている。
「はぁ?化粧ぬったくってもブスはブスなんだよ。ゴミが着飾るんじゃねえよ!」
当然のように口からは汚い言葉が出て行った。
その瞬間女が俺に掴み掛かってきた。
反射で女の胸倉をつかみ、投げ飛ばす。
それからは半分乱闘のような騒ぎになり、誰かが呼んだ先生に止められるまで、俺は暴走し続けた。
こういうことが続きすぎて、もう先生達も俺のことは見放しているようだ。
乱闘をとめ終わると気だるげに職員室に帰っていく。
注意すらされない。
俺は本当にゴミだ。
重い足を家に向かって動かしている間も、幸せそうなカップルを睨みつけ、猫を蹴散らし、小学生を威圧する。
俺は本当にゴミだ。
家につき、乱暴に家に入ると、父がリビングで呆然としていた。
それにさえいらついた。
床を壊してしまいそうなほどに踏みしめ歩く俺に、父さんがポツリとこぼした。
「なぁ・・・。どうして母さんじゃなくて、お前が・・・消えなかったんだろうな」
「はあ!?ふざけんなよ!死ねよ!」
父さんの言葉にイラつき、汚い言葉が出て行った。
そのまま俺の部屋に乱暴に脚を動かしながら向かおうとした。
キラリ、と父さんの頬に伝う何かに赤い光が反射していた。
俺はどうしてこんなにゴミなんだろうか?
そもそもなんだってこんなに俺の周りはゴミなんだよ!
消えろだって?俺だって消えてやりたいさ!
心はさまざまな悲鳴を無秩序に上げる。
部屋に入った俺は勢いよくベッドに転がり、ぼろぼろとこぼれだした涙と共に大声を上げた。
俺は、おれ自身がもう制御できなかった。
「どこか・・・どこか、遠くに行ってしまいたい!!もう一度、やり直させてくれ!」
その瞬間、俺は頭を殴られたような衝撃を感じ、そのまま意識を失った。