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真冬の闘争  作者: 小夜
第五章 聖王子が宮を離れて
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7日目 燻る火種

 青年貴族たちが黒の宮に早朝大挙して押しかけ、その場に居合わせた王子の婚約者を怒らせてしまい近衛護衛隊に逮捕拘留された事件は、そう時間を置くこともなく、宮廷貴族達の知るところとなった。


 事件の成り行きについての反応は、実にさまざまであった。


 王族に不敬を働くなど思い上がった行動だと、かつての権力者の子弟をあざ笑う者。


 王子の婚約者の武勇伝を面白がる者。


 大人はみな国政の運営に尽力しているのに、今どきの若者は何を考えているのだと、世代間に横たわる価値観の違いを嘆く者。


 唯一、宮廷貴族達が共通して認識したことといえば、カルミゲン公爵一門の未来はもう完全に閉ざされたという事実である。一族の主だった子弟が王子の宮で騒ぎを起こし、逮捕拘留されてしまったのだから。


 聖王子は配下の者に、自分と同様、清廉潔白であることを求める。ラザレフ卿と仲間の青年貴族たちが、今後、国家の要職に任じられることはまずないだろう。


 その事実に、一番震えあがったのは、ラザレフ卿の父親アントレーデ伯爵であった。


 自分の屋敷で長男が逮捕されたとの知らせを受け取った伯爵は、真っ青になって書斎へかけこみ、机に突っ伏した。


 息子の愚かな行動のせいで、伯爵家の没落は、もはや逃れられない現実になりつつある。


 ここ数日、伯爵は自分が宮廷貴族として生き残る道を、必死になって探していた。


 これからアントレーデ伯爵が宮廷で得られる地位は、聖王子ローレリアンの政権下でいずれは傀儡の王になるであろう王太子ヴィクトリオの世話役くらいだ。王太子は、いわゆる馬鹿殿様で、仕える者の忠誠心を刺激するような人物ではない。この役目は何の旨味もない、ただの名誉職だ。


 それならせめて、息子にもっとましな役職を与えてもらえるように奔走し、伯爵家の名誉だけでも守ろうかと考えていた矢先。愚かな息子は、その可能性さえ、自分でつぶしてしまった。


 もう伯爵家の将来は絶望的だ。


 机についた伯爵の手は、拳が白くなるほど強く握られ、小刻みに震えていた。


 焼けつくような激情が、伯爵の腹の底から言葉となってほとばしり出る。


「なぜだ? なぜこうなる?

 わたしは支配する側に生まれた人間だ。高貴な貴族の血を受け継ぐ者なのだ!

 高貴なる血に、わたしは誓ったではないか。

 少なくとも、何もせずに滅びの時を待つことだけはしないと。

 誰が勝者になるかは、最後になってみなければわからない。

 それが、宮廷闘争というものだ。

 誇りを守るためならば、相手と刺し違えてもいい。

 我が血が流れるときには、かの者の血も流れるのだ。

 この誓いは、不退転の決意なのだ!」


 ぎりぎりと歯ぎしりしながら、伯爵は頭をもたげた。


 怨嗟の思考にとらわれつづけた伯爵のやつれた顔には、深い影がさしている。


 もはや彼には、(おのれ)のことしか見えていなかった。


 愛を説く神々の教えに従う道徳心など、憎悪に呑まれた伯爵の心には、もう存在していない。


 その乱れた心で、彼は決めた。


 自分が生き残るためには、かの者、つまり聖王子ローレリアンを倒すしかない。


 聖王子は怜悧で狡猾な男。身辺は忠臣に堅く守られている。


 正面から政略をもって彼を追い落とすのは不可能だろう。


 暗殺も成功するとは思えない。


 ならば、聖王子を共通の敵と認識してくれるであろう、新たな勢力を闘争に巻き込むしかない。


 緊張のあまり冷たくなった手で、伯爵は机のひきだしを抜き取った。ひきだしの中にしまわれていた書類を全部取り出して底板を外すと、二重底に隠されていた秘密の書類入れが現れる。


 秘密の保管庫にしまってあったのは、一通の書簡。昨年の晩秋のころ、ヴィクトリオ王太子の侍従長ジョシュア・サンズから預かった、北の大国ノールディンの王女ファニアにあてた密書だった。


 この密書を利用して隣国の政府と内通するということは、祖国ローザニアに対する忠誠心を売り渡す行為に他ならない。


 しかし、もうこれ以外に、名門アントレーデ伯爵家が今の苦境を乗り切る手段は存在しなかった。無為無策のまま、自分の代で家が没落していく様を呆然と見守って終わるなど、アントレーデ伯爵には耐えられない屈辱なのである。


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