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真冬の闘争  作者: 小夜
第四章 王都に降る雪
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王都に降る雪 … 6

 雪が降った翌日が晴天だと、大人は忙しく、子供は楽しい。


 プレブナンの街角のそこかしこには、冬の柔らかな陽光を楽しみながら除雪作業をしている大人がおり、そのそばでは子供たちが雪遊びをしていた。


 雪はそれほど多くなかったから、すでに交通量が多い大通りの雪は解けて排水溝へ流れてしまっており、除雪作業は人間が歩く場所を確保するためだけの簡単なもので済みそうである。作業にいそしむ大人たちの顔は、どれもおだやかな様子だった。


「午前中いっぱいは足場から雪を払う作業に時間を取られますが、午後からは工事を再開できそうです」


 レヴァ川の東岸の街に新設される国営病院の建築現場で、積雪の状況と工事の進行への影響をたずねたモナシェイラは、現場監督から心配いらないという返事をもらって胸をなでおろした。


 せめて春には外来の診療だけでも始めたくて、病院の開設にたずさわっているモナと仲間たちは頑張ってきたのだ。


 病院の建物がすべて完成するまでは診療を始めるべきではないと主張する官僚たちを説得するのは、大変だったけれども。


 官僚たちは、事業の概要を整えることや、病院の建物を国家の事業にふさわしい立派なものとすることにこだわったのだ。彼らが納得する形で病院をつくっていたら、診療の開始は3年も先になってしまう。王都プレブナンには、高額の治療費を請求するお偉い開業医先生に診てもらうことができなくて、こまっている人があふれかえっているというのに。


 ぐずぐず言う官僚たちを黙らせるために自分が口にした台詞を思い出すと、今でもモナは、恥ずかしさのあまり赤くなってしまう。


「あなた方は立派な仕事にこだわるあまり、今現在こまっている王都の民へ、何年も待っていろとおっしゃるのですね。

 よくわかりました。

 では、わたくしはこれから王宮へまいりまして、ここで話し合われた結論と、そこへ至る過程を、黒の宮へ報告いたしますので」


 それを聞いた官僚たちの慌てぶりは、すさまじいものだった。


 席を立とうとするモナを数人がかりで引き留めようとし、出口の扉の前に人垣を築き、モナの身体にふれるなと怒る護衛隊士とこぜりあいをくりひろげ……。


 ああ恥ずかしいと、モナは顔を伏せた。


 ―― あれじゃあ、まるっきり『虎の威を借る狐』よね。

 もっともっと頑張って、わたしも、ああいう席でリアンの名前を持ちださなくても済むように、力をつけないと。


 焦ってもしかたがないことくらいは、わかっているつもりだ。


 あの非凡な才能を持つ王子のローレリアンでさえ、政治的な影響力を持つようになるまでには、何年もの月日が必要だったのだから。


 ひとつひとつ丁寧に、結果を積み上げていくしかない。


 積み上げたものが、大きな山となるまで。


 工事現場の囲いの外へ出ると、あちこちから聞こえてくる槌音が耳に響く。国営病院の敷地は東岸の街に新しく作られた環状道路の内側にあり、その周辺では公官庁や王立学問所の工事も始まっていた。いずれは新設されたばかりの産業省や、旧市街の手狭な建物にこまっている官庁のいくつかが、こちらの街へ移ってくることになっている。


 5年もたてば、このあたりは立派な建物が建ち並ぶ、素晴らしい街に生まれ変わるだろう。


 ―― さあ、いつまでも下を見ていてはだめ!


 そう思ってモナが顔をあげた瞬間、目の前に飛び出した男の胸に何かがあたり、パシャッという音とともに、白いものが崩れ散った。その破片はモナのほほにも飛んできた。冷たい感触が、肌の上でしずくになる。


「なに?」


 びっくりしたモナの前には、護衛隊長のレミ・スルヴェニール卿が壁のごとく立っていた。


「いま、雪玉を投げたものは誰であるか!

 こちらの方が、ローザニア王国第二王子ローレリアン殿下の婚約者ヴィダリア侯爵令嬢モナシェイラ様であらせられると、知ったうえでの狼藉か!」


 赤毛の大男が発した大音声は、工事の槌音をかき消すほどの咆哮だった。おまけに、モナのまわりには護衛官たちが集まってくる。どの男もモナの希望通り普通の街着を身につけているが、優秀な近衛護衛隊の隊員だ。つまり、立派な体格と、ものものしい雰囲気を持っている。


 スルヴェニールの大きな背中のせいで、前が見えない。


 モナは身をかがめて、雪玉が飛んできた方向をのぞいた。


 あらまあ、どうしましょうと、思う。


 国営病院建築現場のむかいの空き地では、雪合戦をして遊んでいた子供たちが、おびえて立ちすくんでいた。


 あたりの空気は冬の寒さ以上に冷え込み、凍りついたかのようだ。


 通りすがりの大人や工事現場の周辺にいた作業員までが、その場で動けなくなっている。


 王族に連なる人物へ危害を加えた者には、厳罰が課せられる。たとえそれが子供であろうと、例外はないのである。


「雪玉を投げた者は、前に出よ!」


 容赦なく、スルヴェニールは断罪を続けようとする。


 これをそのままやらせれば、とんでもないことになる。


 モナは背伸びをして、赤毛の偉丈夫の襟首をつかんだ。


「レミ! やめなさいったら!」


「は!? しかし、姫君」


「あの子たちは、遊んでいただけでしょう」


「ですが」


「レミちゃんは、子供のころ、雪が降ったら遊ばなかったの?」


「遊びましたが」


「楽しかったでしょ? 夢中にならなかった?」


「それとこれとは、別の話で」


「別の話であるもんですか! 子供には、雪を楽しむ権利があるの!」


「権利、でごさいますか?」


「そうよ!」


「あっ、あっ、あああ――っ! 姫さま、後生です! その手を、お放し下さい!」


 スルヴェニールの襟首をつかんだまま、モナは道を渡っていった。


 哀れな護衛隊長は敬愛する姫君に力づくで逆らうわけにもいかず、ひきずられるようにして、従っていく。スルヴェニールの部下達も、こまりはてた様子で、あとに続く。


 空き地で棒立ちになっていた子供たちにむかって、モナは明るく言い放った。


「ごめんなさいね。

 この小父さんは、ちょっと頭が固くて古いのよ。

 野暮なことは言うなって、もうちゃんと、言い聞かせたから。

 だから、わたしも、雪合戦に混ぜて!」






     **   **






 10分後、空き地での雪合戦は白熱の戦いとなった。


 最初は子供達も戸惑って右往左往していたのだが、モナが張り切って雪玉をポンポン投げるもので、しだいに遠慮などなくなってしまったのだ。なにしろ、モナが投げる雪玉には勢いがあるし、命中率もすばらしい。


 彼らのルールでは、雪玉に5回当たってしまったら戦線離脱する約束になっていたが、モナに雪玉が当たることは一度もなかった。


 姫君をお守りする忠実なる騎士スルヴェニールが、棒切れを刀のように振りまわして、とんでくる雪玉をことごとく空中で打ち砕いてしまったからだ。


 その手並みは鮮やかの一言につきた。


 夢中になった子供たちは、複数で連携してモナを狙ったが、どの雪玉も見事に空中で砕け散る。


 しかも、自分が投げた雪玉の行方を、うっかり立ちどまって確かめようとしようものなら、容赦なく飛んでくるモナの雪玉に、自分のほうが仕留められてしまうのだ。


 こんなに楽しい雪合戦は、そうそうあるものではなかった。


 そのうえ雪合戦を楽しんだのは、子供達だけではなかった。


 周辺からはぞくぞくと見物人が集まってきて、戦場となった空き地のまわりには、ぐるりと黒山の人だかりができたのだ。


 スルヴェニールは、情けない声をあげた。


「姫さまーっ! そろそろゲームを終わりにいたしませんか!?」


「もうちょっと、やらせなさいよ! 4回当てて退場寸前まで追い込んでる子が、あと3人いるのよ!」


「しかし、よろしいのですか! 人が集まってきておりますが!」


「楽しいから、いいのっ!」


 そのやり取りのあいだも、3方向から飛んできた雪玉を、受け、払い、切り込みの動作で、スルヴェニールは叩きつぶした。


 その動作は、大きな彼の体つきからは想像もできないほど、俊敏でしなやかだ。


 見物人の大人たちは、「おお!」と感嘆の声をあげ、いっせいに拍手がわきおこった。


 空き地の周縁部に立ち、人だかりの中に不審人物がいないか警戒していたスルヴェニールの部下たちは、密かに愚痴を言いあった。


 いつも姫君に振り回されている隊長殿は、まるで飼い主に絶対服従を誓う大型犬のように見えるのだ。あまり物事を深く考えず、部下を声の大きさだけで従わせてきた、あの怖い隊長殿は、どこへ行ってしまわれたのだろうか。


 近ごろは、いつも疲れていて、鉄拳制裁で部下を叱り飛ばすこともしなくなった、レミ・スルヴェニール卿なのである。


「わー、なんか、楽しそうなことをしてますねえ!」


 人垣の外からかけられた声を聞いて、警戒任務中のスルヴェニールの部下たちは、いっせいに顔を赤らめた。


 恥ずかしいところを、見られたくない男に、見られてしまったのだ。


 人垣をかき分けるようにして雪合戦の会場へ入ってきたのは、ローレリアン王子の護衛部隊を率いるアレン・デュカレット卿の副官、バルトゥオーロ・シムス卿だった。


 スルヴェニールの部下たちは武闘派の上官にそれなりの敬意と親愛の情を抱いていたから、あとから現れて、あっというまに先任のスルヴェニールを追い越して出世していったアレン・デュカレット卿に対して、すこしばかり苦手意識を持っている。


「おーっ、おーっ! すごい!」


 そして、雪合戦で大活躍中のスルヴェニール卿を見て感嘆の声をあげ、見物人の拍手にも参加してしまう、この陽気な副官も苦手だ。


 きっと彼は情け容赦なく、ここで見たことを、上官や同僚たちにしゃべりまくってくれるにちがいないのだ。面白おかしく、芝居っ気もこめて、臨場感たっぷりに。

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