復讐は果たされた
父の裏切りに母が心を病んでそのまま亡くなった。
私が8歳の時の話だ。
父には結婚前からの恋人がいたが、身分の差により結ばれることはなかった。政略に伴う結婚ではあるが、母は父に尽くしていた。
それなのに、父は恋人と別れることはなく、剰え子供を作っていた。
少しだけ心の弱かった母はその事実を知り心を病んでしまい、体も弱って亡くなった。
葬儀の日、父は愛人と子供を連れて屋敷に戻ってきた上、結婚する。後継者は二人の間に生まれた子供とする。
と、母の親族のいる前で宣言した。
その結果、父と愛人は処刑され、子供は国が管理する孤児院に入れられた。
父は途方もない馬鹿だったようだ。
自分が入婿であることを理解していなかったようである。
正当な後継者は母の血を持つ私だけで、父がいくら愛人と子を作っても権利は存在しない。
ご丁寧に母が亡くなると直ぐに愛人との婚姻届を出したので、二人とも平民となっていたのだ。
母と結婚しているから父には貴族の権利があった。けれど、再婚すれば我が家とは無関係になる。再婚届を出した時点で我が家の籍からは自動的に外れる。
けれど、生家の籍は婚姻の時点で外れているので、どちらの貴族籍もなければ平民になるしかない。
父が我が家の籍を維持したまま再婚はそもそも有り得ないのだ。そんなことも分からないで堂々と愛人と子供を連れて葬儀を損ねるようなことをしたものだと呆れ返った。
お家乗っ取り宣言をこちらの一族の前でしていたけれど、所詮入婿は他人だ。誰一人として父を庇う者はいなかった。
父が生家に出戻りを受け入れられたら違ったのかもしれないけれど、順番を間違えた上に、母をとことん蔑ろにした挙句、死の要因になったことを責め立てられれば受入などするはずもない。
それに、宣言した時点で平民なのだから、平民の処刑方法である絞首刑を命じられた。証人はありえないほど沢山いたので誤魔化すことも出来なかった。
それから7年。
侯爵家の跡取りであった母が亡くなったので私が後継者に繰り上がり、祖父の庇護の元で多くの学びを受けていた。
15歳になったため、貴族の慣例として王都の学園に通うことになり、領地を守る祖父から離れて子供の頃のように王都屋敷で生活することになった。
家令として働くジョシュア、その妻で家政婦長のマリアのお陰で王都屋敷の居心地はとても良い。ジョシュアは祖父の妹の子供で、母にとっては従弟にあたる。私もよく知っている人達だ。
ジョシュアは子爵位を有していて、母が亡くなっている私のシャペロンをマリアが子爵夫人として担うことになっている。
ジョシュアとマリアの子供である兄のガレオは家令見習としてジョシュアに、弟のレオンは執事見習いとして、執事のロランから様々なことを教わっている。
領地と王都では関係する貴族が異なるため、それぞれに家令と執事がいる。
ジョシュアは私が不在の7年間でもしっかりと他家との縁を繋いでくれていたので、私が戻ってきて早速招待されたお茶会などの選別などもしてくれた。
家令と執事は仕事が異なる。
家令は屋敷や領地を含めた家全体の運営を統括し、政務や財産管理、他家との折衝など、家の外側に関わる仕事を主に担当する。
一方、執事は主人一家の私的な生活を支え、身の回りの世話や来客対応、衣服や贈答品など、主人個人に近い部分を担当する。
お茶会の場合は貴族の社交になるので、どこに出るかを選ぶのは家令に相談することだ。しかし、ドレスの色や手土産などになると執事の領分になる。
幼い頃はわからなかったことも、祖父の元で徹底的に扱かれたお陰で理解出来るようになってきた。
私は女なので本来は侍女しか付けないものだけど、後継者であるため侍従もつけている。
私一人に付けられているだけでも侍女は七人、侍従は三人だ。
侍従は外向きの用の際に連れて行くので普段は別の仕事をしているが、侍女は私の日常に寄り添うため、交代で休めるようにしているそうだ。
学園に入学するにあたり、私付きの侍女の中で歳が同じリンダが供をすることになっている。
分家の一つ、男爵家の娘のリンダであれば学園内でも私の傍にいることが出来る。彼女の母のケイトが元々私の母付きの侍女で、今は領地で祖母付きになっている。ケイトの夫でリンダの父は税務官をしている領地無しの男爵で、我が家の忠実な家臣でもある。
リンダの忠誠心は高く、亡き父が愛人を連れてきた日、悲しむ私を慰めながら銀のフォークを握りしめ殺意を込めて亡き父を見ていたほどだ。
彼女に裏切られたならば、きっと私が何か悪いことをした時なのだと思う。
「シャーロット様、制服がとてもお似合いです」
「あら。リンダも似合っているわ」
「そんなことはありません。ですがシャーロット様と同じデザインの服を着用出来る幸運を賜れたことは望外の喜びです」
「あなたって本当にわたくしのことが好きね」
「はい!」
学園の制服は、身分の違いによって生徒が恥をかくことのないよう、基本となるデザインを統一している。
男女ともに白を基調とした制服で、令嬢は立ち襟の白いブラウスに、身体の線を美しく整える短めのジャケットを合わせる。ジャケットには細い縁取りが施され、胸元には家紋を模した学園章が飾られていた。腰から下は細かな襞の入ったロングスカートで、丈はふくらはぎの中ほどまである。歩くたびに裾が静かに揺れ、上品で落ち着いた印象を与える。足元には白い靴下と、制服に合わせた革靴を履くことになる。
なお、令息は同じく白いシャツに、立ち襟のジャケットと細身の長ズボンを合わせる。令嬢と同じくジャケットには縁取りと学園章が施され、全体の意匠を揃えることで男女どちらが着ても王都学園の制服だと一目で分かるようになっている。
制服の中で唯一、家の爵位によって明確に色が変わるのが胸元だ。
女子は大きめのリボン、男子はネクタイを身につけ、その色によって家格を示す。
公爵家は紫、侯爵家は青、伯爵家は紺色、子爵家は深緑、男爵家は赤。
そのため、同じ白い制服を着ていても、胸元に結ばれたリボンやネクタイを見れば、その生徒がどの家の者なのか、おおよその身分を知ることが出来る。
ただし、同じデザインだからといって、すべての制服が同じ品質というわけではない。
制服は貧しい家の子供であっても、学園内で服装によって恥をかかないために定められたものだ。そのため、仕立ての形は統一されていても、使用する布地や糸、縫製の丁寧さ、襟や袖口などの細かな仕上げには家ごとの差がある。
上位貴族の子女ともなれば、上質な布地を使い、身体に合わせて仕立てた制服を着る。遠目にはどれも同じ白に見えても、生地の光沢や柔らかさ、布の重なり方、縫い目の美しさに違いが現れるのだ。
反対に、裕福ではない家でも学園指定の制服を着ている限り、粗末な私服で通う必要はない。
制服を着たからと言って身分の差が無くなるわけではない。
けれど、少なくとも衣服そのものによって、生徒が家の財力を晒して肩身の狭い思いをしないようにするためのものだった。
私の制服は侯爵家の令嬢に相応しく、上質な白い布地を使って仕立てられている。生地には控えめな光沢があり、身体を動かすたびに柔らかく布が揺れた。胸元には侯爵家を示す青いリボンが結ばれている。
その隣に立つリンダもまた、同じ学園の制服を身につけている。
本来なら男爵家の娘である彼女の制服の生地は厚手のウール素材のはずだった。
けれど、侯爵令嬢である私の専属侍女として学園に同行し、その後見を担う立場にあるため、彼女には特別に伯爵家相当の制服が用意されていた。これは私の祖父からの入学祝いだ。
そして、学園内で必ず私を守れという圧力でもある。
その証拠に、祖父からリンダへの入学祝いは他にも、最近他国から入ってきた万年筆や懐中時計があった。舶来品のそれらは高価な品物で、男爵家の娘が持つには高価な品だが、どちらも役に立つものだ。
リンダよりも更に品の良い高級品を私も贈られていて、お揃いねと笑いかけるとリンダは感激のあまり泣いていた。
「わざわざ通学用に馬車まで新調したのは甘やかしだと思うわ」
「シャーロット様の安全の為です。当然のことかと」
屋敷から学園までそう大した距離でもないのに、最新の型の馬車を用意されて驚いたものだ。万が一のことを考えて、と言いながら安全最優先でかなり頑丈な車体。
座席は開閉が可能で中にストールやクッションが納められ、座席自体も座り心地を追求したものらしい。
家紋が扉に付けられているし、ステップも従来より幅広で安全性を優先している……一体私は誰から命を狙われているのかと思うほど頑丈な馬車だ。
「今はまだシャーロット様に婚約者はおりません。ですが、だからこそ危険なのです。レスリア侯爵家の婿は魅力的ですから、無体なことをされる可能性もあります。少しでも多くシャーロット様の身の安全を守るものは必要です」
真顔のリンダが少し怖かったけれど、中身は納得出来るものであったので警戒は怠らないようにしなければ。
「私の他にオスカーも共に入学します。シャーロット様の護衛騎士から訓練を受け、護身術は修めておりますので肉壁にしてください」
「あなたの双子の弟でしょう?厳しくなくて?」
「弟だから厳しくしているのです」
リンダの双子の弟であるオスカーは体を動かすことが好きなのもあり、侍従よりも騎士の道を選んで騎士見習いをずっとしている。
団長に話を聞くと、筋は良いし学園内での護衛にも良いとの事でリンダと共に私付きとして入学となった。
レスリア侯爵家の醜聞は一時こそ話題になったけれど、現役当主の祖父は権力があるため、執拗に突き上げをしようとした家はことごとく没落寸前まで追い詰められた。
堅牢なるレスリア侯爵家は国防を担う軍事系統の統括者だ。
魔獣という恐ろしい生物を圧倒的な力で制圧する役目を持つ家を怒らせるとどうなるか。防衛の対象外となり、魔獣被害を受ける。それだけ、と言えない程の被害になる。
領民にはこう語るだけで良い。
『これまで守ってきてくれたレスリア侯爵家をお前達の領主が貶めた。だから守りを解かれた。誰が悪いか分かるだろう?』
事実、全軍引き上げが起きたわけではない。
レスリア侯爵家を貶めようとしたところだけが被害に遭っているともなれば、恨みは全て領主の元へ行く。
私は祖父の苛烈さを尊敬している。
守られていることに慣れすぎて忘れているのだ。だから、母の死後の出来事はレスリア侯爵家の力を知らしめるには十分だった。
鍛え上げられた騎士や兵士、傭兵団などを国内各地の領に派遣して魔獣から守る役割を担っている。彼らの忠誠はレスリアにあるのに、それらを忘れるとどうなるか。
まだ7年しか経過していないのに忘れている愚か者はいないだろう。
そう思っていた。
「シャーロット・レスリア! 何故君は異母妹のメリーを孤児院に入れたまま放置したんだ! 彼女は君の半分とは言え血が繋がった妹だろう!? レスリア侯爵家で育てる義務があるはずだ」
誰だこいつ。
学園に入学したその日は式典とその後、学園生活での説明を受けるだけだったので、昼を前に帰宅となった。
馬車止まりは大変な賑わいだけれど、高位貴族には専用の場所が宛てがわれているため、そちらに向けてリンダとオスカーを従え歩いていたら、いきなり声を掛けられた。
姿を見て、そのネクタイが黒に金糸の刺繍なのを見て、あー面倒だと内心でため息をついた。
第三王子アルファミオ。兄二人とは歳が離れているのもあり、国王から可愛がられて育ったのか、言動が幼い、という評価だったはずだ。しかも側室の子供、ね。
その周囲には同じ年頃の令息、そして一人の少女。
何となく亡き父に似た要素があるかな、と感じるだけの女が私を見て「怖い」とアルファミオにしがみついた。
茶番か?
「お断り申し上げます。我がレスリア家とそちらの方は無関係です。それでは失礼致します」
相手にするのも馬鹿らしく拒否を示した後、すたすたと馬車へ向かう。
甘やかされて育ったにしても、レスリア侯爵家の醜聞の当事者を連れてくるなど馬鹿では無いのか。
オスカーほどではないけれど、リンダも護衛を務められる程度の腕前はある。
二人は護衛として学園に申請を出し、許可が出ているので短剣を所持している。制服のデザインのおかげで分からないようにしているけれど、私が害される方が学園としても困るのだろう。
王子にも関わらず護衛がいないし、側近もいない。甘やかされてはいるけれど、見る限り王族としても期待されていないのではないか。
王族であれば護衛騎士を伴うことは許可されているはずだ。なのに、いなかったのは、そういうことに他ならない。
可哀想な王子。
溺愛されてはいるけれど、まるで愛玩動物としての可愛がりなのね。王族として扱われているならばきちんと守られているはずなのに。
それとも王妃様の手配かしら、同じ年頃の友人しかいないのは。
まあ、真意は分からないわね。
後ろで喚く声を無視して馬車に乗り込むとさっさと出発してもらう。
帰宅した私に家令のジョシュアが差し出してきたのは、大変優美な装飾の施された手紙。封蝋は白百合に王冠。
これを使えるのは王妃のみだ。
自室に戻りドレスへ着替える。王妃様の手紙を軽い気持ちで読むわけにはいかない。
封を開けて手紙を読む。恐らくは直筆のはずだ。中身があまりにも他言無用なものすぎる。
流麗な筆致で書かれた手紙は、すぐに処分すべきだろうか。
いや、これだけならば入学を言祝ぎ、レスリア侯爵家の後継者として邁進して欲しいという激励になるだろう。
文章に問題はほぼない。
これは男性が見ても分かりにくいだろうなぁ、と思う。
むしろ、王妃様は私が理解出来ると思って寄越したのだからそれはそれで凄い。
大事なのは文章ではなく、手紙そのもの。
四隅に飾り模様が描かれているが、左上、右上、右下、左下と見ていくと、飾り模様の中に花や鳥が含まれていることに気付く。
飾りとしてはおかしいことも無いので見のがすだろうけれど、これは『ナルネーロ英雄譚』の中に出てくる一篇の詩を題材にしている。
その詩は、賢王と言われた王が王妃や王子がいるにも関わらず、ある娘に出会い狂って行ったもので、寵姫としてその娘を愛した王との間に子が生まれた。
寵姫は欲深い魔女で、己の子を王にするためにあらゆる手を使う。
だが、王妃の子、正しき王子は英雄であり魔女は倒された。
魔女の子もまた愚か者であり、おのれが玉座を狙っていたため、遂には全てを剥奪され、不毛の地に追放され死ぬというものだ。
それに纏わる花や鳥が含まれている。
古典に造詣がないとすぐには分からないだろうに。
これから読みとれるのは、王妃は側室から生まれた第三王子アルファミオを処分したい。
国王が溺愛しているので手を出すことは難しい。
恐らく、父と愛人の娘を王領の孤児院で引き合わせたのではないだろうか。我が家の醜聞に対して祖父はその話が出ると圧を掛けるから。
あの娘の動向を抑えていないはずはない。
となると、この一件には祖父も関与しているのだろうか。
「シャーロット様。ご当主様より贈り物が」
許可を出すとリンダが部屋に入ってきた。葯を取り除いたローズリリーを手に。
「ありがとう。飾ってくれるかしら? 」
「はい。美しいですね」
祖父もやはり承知の上だ。
ローズリリーは見た目こそ可愛らしいが、『ナルネーロ英雄譚』の先程の詩を踏まえると別の意味になる。寵姫にして魔女をローズリリーに喩えている。
葯は雄しべを内包していて次代に続ける大切な場所だけど、花粉の飛び散りを抑えるためにそうそうに切り落とすものだ。
今回の場合は、王子ごと側室を始末する、ということ。
国王は側室にのめり込んでいる。
国政も疎かにし始めているのに、王太子殿下に譲位することはしない。権力は握ったまま堕ちていこうとしている。
もしかしたら、側室がアルファミオを王にしたいとでも言ったのだろうか。
「王妃様にお返事をしなければね」
恐れ多くも言祝ぎのお手紙を頂いた。故に、お礼の手紙を書いた。
近日中に呼び出しがあるかもしれない。
今回の件は意思統一させておいた方が良いかもしれない。
「リンダ。ジョシュアとロラン。ガレオとレオン、オスカーを執務室に呼んでちょうだい」
「畏まりました」
この屋敷の執務室を使う権利が私にはある。実際に、ここに移動してきてから執務室で書類仕事もしていた。
紙とインクの匂いは好きだ。
母も元気な時はこの部屋で仕事をしていた。
あの男が夫でさえなければ今も生きていたのだろうか。
私が執務室に着いた時には既に呼び出した者が揃っていた。
リンダにも話を聞いてもらわなければならないので部屋に留める。
私は執務机の椅子に座っているので、彼らにはソファに座ってもらう。話は長くなるし、立ったままだと圧が強いので嫌だ。
「今日、学園で亡き父と愛人の娘と顔を合わせました」
「オスカーとリンダより報告を受けております」
ジョシュアの返事に頷く。
向かいあわせのソファは三人がけで、ジョシュアとロランはそれぞれ私に近い端に。ジョシュアの隣はガレオ、そしてオスカーが並び、ロランの隣はレオン、そしてリンダが座っている。
彼らの役割的にも自然とそうなるのだろう。
「王妃様からのお手紙、そしておじい様からのお花より、わたくしは第三王子アルファミオ殿下に致命的な失態を演じさせ、側室諸共引き摺り下ろします」
思えば『ナルネーロ英雄譚』を読むように言ったのは祖父だった。
古典文学の中でもかなりマイナーと言われる作品で、これがあまり人気がないのは、ページ数がとにかく多い上に言い回しに癖があるからだ。古典文学は時代によって言い回しに特徴があるけれど、『ナルネーロ英雄譚』はくどいし勿体ぶっていて読みづらい。
だからこそ、暗号に使うには便利でもあった。
王妃様とおじい様の関係は少し複雑だ。
おじい様の妹が嫁いだ侯爵家で嫡男を産んだ際、妹は亡くなられた。その後、夫人がいないと家が回らないのもあり侯爵は後妻を娶り、その方が産んだのが王妃様である。
嫡男はおじい様にとって甥だが王妃様は姪ではない。後妻になったのは妹付きの侍女でレスリア侯爵家の分家である伯爵家の方。
己が主の子を傍で守りたいという気持ちから後妻になることを受け入れた。
遠縁ではあるが王妃様もレスリアの子だからとおじい様は表立っては控えていたけれど、幼い王妃様にも贈り物をしたりしていたと聞いたことがある。
王妃様の生家としてムーシラ侯爵家があるが、そのムーシラ侯爵家の当主は代替わりして甥になっている。
ムーシラ侯爵家の支援をレスリア侯爵家は行っている。
家系図をきちんと見ていれば家同士の繋がりは見えるのだけれど。
まあ、アルファミオ殿下はそんなことをしていないだろう。
「既に殿下の周りは王妃様の手で剪定されているわ。本来、わたくしもそうだけど大切な存在には茨が張り巡らされているはずなのに、殿下には棘を落とされた見せかけの茨だけよ」
「愛人の娘もその一環でしょうか」
「恐らくは。犯罪者の子供は監視の意味でも王都から離れた王領の孤児院に引き取られるわ。王族と出会う機会なんてないはずなのよ。基本的に出入りを禁止しているもの。でも、立ち入れたということは手が回っていたはずよ」
ロランの問い掛けに答えると納得したように頷いた。
「側室は子爵家の生まれで、学園に在学中から家の爵位が高い男を籠絡してきた女よ。国王に見初められて側室となり贅沢三昧。もしかしたら、アルファミオ殿下を王にしたいのかもしれないわ。とにかく害にしかならないということよ」
「どのようになさるご予定で?」
「リンダとオスカーには耐えてもらうけれど、しばらくの間、あれらを自由にさせるわ。わたくしに妹として接しろなんて場所も弁えずに言ってくるに違いない。わたくしは頑なにそれを拒否するの。それを見せられた周りの子女は当然、家に報告するわ。その家は説明するはずよ。レスリア侯爵家の醜聞。乗っ取りを企てた犯罪者の娘。レスリアと血の繋がりは一切ない。それなのに、王子はそんな娘をレスリアとして遇せよと喚き続ける……大人は覚えているわ。祖父が怒った結果、軍関係を引き上げ、魔獣により深刻な痛手を負った者がいたことを」
我が子が余計なことをして、レスリア侯爵家から派遣されている魔獣退治どころか一流の戦闘力を持つ彼らがいなくなればどうなるか。
何がなんでも私の味方についておけ、と言うでしょう。
我が家は軍事を抑えている代わりに政治には積極的に関わらないようにしている。政敵というものを作らない代わりに、全ての領に生命線となる軍事力を派遣して命を握ったのだ。
「間違いなく孤立するわ。理想は追い詰められた殿下かあの娘がわたくしを害そうとすることね。後は、王になるのは自分であの娘は王妃になる、という言葉を引き出せたら最高だわ」
「お嬢様。こちらの手の内に王子を持ち上げて気分よくさせられるような者がいます。誘導出来るかと」
「そうね……時間はあまり掛けたくないわ。出来そう?」
ガレオが提案してきたことは悪いものでもなかったので了承する。
「なら、こちらは愛人の娘を調子に乗らせるような商人を手配します」
レオンも負けじと提案してきたのでそれも了承する。
王子だけでなく、あの愛人の娘も処分していいだろう。あれは私を貶めたいという欲を持っていた。
嘘を吹き込んで同情を集めてお姫様気分、ってとこかしら。
王妃様に利用されたのは可哀想だけれど、私の母を間接的に殺したのは父と愛人であり、あの娘の存在がトドメになった。
子供だったからと温情で命は取られなかったけれど、王妃様としてはおじい様に恩があるのだろう。綺麗に始末するために巻き込んだのだろう。
孤児院の管轄は王妃様で報告は受けていたはずだし。
あの妄言を常に垂れ流していたとしたら。
「父の残した塵を始末しましょうか。王家の膿と共に」
▽
アルファミオと愛人の娘メリーは面白いほど滑稽なまでにこちらの掌の上で踊っている。
レスリア侯爵家とは無関係であること。
面倒を見る義務はないこと。
これだけを徹底して伝え続け、後は相手にしなかった。
こちらの狙い通り、それを毎日見せられていた子女達は家に報告し、レスリア侯爵家、異母妹の単語で七年前を思い出した当主達は「レスリアを貶めるな。必ず味方になれ。間違えるな」と説いたそうだ。醜聞の真実と共に。
中には家に報告せず、王家に阿る者もいた。
第三王子の味方をして王子妃狙いの者も。
学園は二分された。
私は予め学園に王妃様の意図を隠した上で説明をしていた。
教師が関与すると王子に致命的な傷がつきかねないし、何よりも私がこれを収めるだけの手腕がないと祖父に咎められる。
穏便に済ませるためにも余程がない限りは見守っていて欲しい、と。
学園からの報告は王妃様が管理しているので、握り潰すのも簡単だ。
入学式から三ヶ月。
ついにその日が来た。ここまで粘りに粘った王子はかなり馬鹿だと思うけれど、大半は見守り体制になっているし、誰かしらが必ずこの光景を見ている。
階段の上で呼び止められた私は振り返る。
既に先に降り始めていたリンダとオスカーは階段半ば辺りで動かない。
これも全部計算通り。
ガレオが手配した気分を良くさせる者や、レオンがけしかけた商会の者はアルファミオとメリー、そしてその取り巻き達にある物語を聞かせていた
健気なヒロインと冷酷な悪役令嬢の物語。
悪役令嬢はヒロインの邪魔になるから排除しなければならない。階段から突き落として物語から退場させ、ヒロインは悪役令嬢の家を継ぐ。
そんな馬鹿げた物語。そんな本存在しないけれど、さも存在するように作り出した彼らのためだけの本。
異国から取り寄せた物語は彼らの希望に沿ったもの。普通なら信じるはずもないのに、国王の溺愛を受け、勉強が嫌いな王子と学ぶ機会もなかった娘はのめり込んだ。
「シャーロット! いい加減にメリーを認めてレスリア家に迎え入れろ!」
「それは出来兼ねます。そちらの方はレスリア侯爵家とは無関係です」
「お姉様、酷いわ! あたしは妹なのに!」
「いい加減にしろ!メリーは未来の王である僕の妃となる!王妃になる女性だぞ!」
物語通りに行けば侯爵家の娘になれる?
そんなわけないのにね。
メリーが駆け寄りお願い、と言いながら私を突き飛ばした。
それを見掛けた者は多い。
人の目があることすら忘れて、自分たちの目的のことしか考えていなくて。
レスリア家を恐れた各家の当主が学園の許可をとって護衛や従者を子供達につけていた。成人済みの目撃者も多くいる中で、誤魔化しようのない「犯罪」。
ふわりと浮く体。リンダとオスカーが私を抱きとめるために動き、先に私を抱えたオスカーごと階段を転がり落ちる。
「きゃああああああ!」
「シャーロット様が、シャーロット様が殺されかけたわ!」
「先生を呼んでっ!」
オスカーの腕の中にいたからかなり衝撃は抑えられたけれど、代わりにオスカーの怪我がどうなっているかが分からない。
「シャーロット様っ! 痛いところはありますか!?」
「わたくしは、大丈夫……リンダ、オスカーは……?」
「っ……お嬢様、俺は、大丈夫……っ」
「背中は間違いなく打撲でしょう。骨が折れた感覚は?」
「左腕」
「よくやったわ、オスカー。きっとジョシュア様に褒められるわよ」
骨が折れたかもしれないのに会話しないで欲しい。
階段の上を見るとアルファミオやメリーはいなくなっていたけれど、目撃者は多数。もみ消しなど出来ないしさせない。
教師だけでなく医師も駆け寄り、オスカーは担架に乗せられた。骨は折れてないかもしれないけれど、打撲しているのは間違いなく、歩かせるのは無理だと判断されたのだ。
「訓練では受身の取り方も叩きこまれますし、無防備ではなかったのでおそらくは想定よりは軽いかと……」
「そう……」
周りに人がいるのでこれ以上は語らず、学園警備の騎士に全てを報告した。隠せないほどの醜態。
何よりもアルファミオは言葉にしてしまった。
己が王になる、と。
第一王子殿下が既に立太子され、ご結婚もされて子供もいる以上、アルファミオが国王になれるはずもないのに、口にした。
それは即ち、今の王太子殿下と御子を排除するという宣言だ。
いくら国王が側室に溺れていようとも、国政を疎かにしようとも、決して個人の独断でしてはならないことがある。
それが議会の承認のない王太子の変更である。
王妃陛下はムーシラ侯爵家、レスリア侯爵家という二侯爵家を抑えている。レスリア侯爵家は王太子殿下を支持している家門のため、第三王子に変更を許すことはない。
そもそも、第三王子の母である側室が子爵家出身の時点で王位継承権はかなり低い。側室生まれの子供の価値は政略の駒として外に出すことであり、王になろうと考えること自体が過ちなのだ。
「第三王子殿下……王になるって、言ったよな……」
「しかも、平民の……親が罪人で処刑された娘を王妃にとか……」
「おい……確か、親が罪人でまだ子供だからと処刑を免れても、罪を犯したら……」
「平民は確かそのはず……」
見ていたもの達は話をする。そして彼らは気付いてしまう。親が言い含めていたことを。
寵愛されている側室の生家は、寵姫になったからと調子に乗っていた。それを不服に思う家は当然ある。
燻っていた火種はあっという間に燃え上がった。
オスカーは左腕の骨を折ったし、全身打撲だがそれで済んだ。
私も殺されかけたため、念の為学園を休むことにした。私が休むならリンダも休むよね。
被害者がいない間も加害者は学園に来たそうだけど、それは一日だけ。
多くの家からレスリア侯爵家の私を殺しかけたことへ何の処罰も下っていないことはおかしい、との無数の手紙や公爵家の当主などが国王の元に詰めかけたことで謹慎処分となった。
一日でも自由にしていた方がおかしい。
そしてメリーは当然だけど、捕縛され地下牢に入れられた。
メリーは平民だ。どこかの貴族の養子になってはいない。
どこの家でもメリーは迎えたくないだろう。レスリア侯爵の娘を間接的にでも殺した子供だ。どんな怒りをレスリア侯爵家から向けられるかわかったものではない。
平民が貴族の私を殺そうとした、それだけで処刑出来るくらいの罪だと分からなかったのだろう。
メリーはレスリア侯爵家を乗っ取ろうとした。殺そうとするのはそういうことだろう。
親子2代、レスリア侯爵家を簒奪しようとしたのだから間違いなく死刑が適用される。
私の体の半分にもあのクズ男の血が流れているのね。
母が死んだ要因は死んでしまえ、って思うの。
▽
「なんで!あたしは、レスリア侯爵の娘よ! パパは侯爵だったのに! 家を奪われたの! あの女の方は偽物よ!!」
地下牢の鉄格子を掴んで喚く女が一人。メリーは必死だった。
彼女はつい三日前に前世の記憶が蘇った。
ここは恋愛Web小説『星降る夜の誓い』の世界で、自分はヒロインのメリーだと思い出した。
メリーは八歳までは平民街で母親と暮らしていた。父は月に半分は仕事で帰ってこないけれど、いる時はいつも母と仲良しだった。
ある日、母親とメリーを連れて大きな屋敷に向かう途中に、父親は『自分は侯爵だ。妻が死んだからようやく迎えられる』と言ったのだ。
正妻の葬儀の日に屋敷に二人を連れて帰ったところ、正妻の両親が怒り狂った上、冤罪を掛けられメリーの両親は処刑された。
一人になったメリーは貴族に命を狙われているため、遠く離れた孤児院に身を寄せてひっそりと生きることになった。
正しいレスリア侯爵の血を持つのはメリーで、あの家にいたシャーロットは本当は正妻が浮気して出来た子供だと父親は語っていた。
だから、メリーはレスリア侯爵家を取り戻すために動くことになった。
孤児院の慈善訪問をした第三王子アルファミオはヒーローで、メリーの話を聞いてくれた。
彼もまた悩みがあった。
王妃が産んだ王子は実は国王の息子ではない、というのだ。国王の子供はアルファミオただ一人だけ。
この国はおかしい。正しく戻さなければ。
そうして二人は多くの妨害を乗り越え、アルファミオは国王に、メリーはレスリア侯爵家の後継者の座を取り戻し、アルファミオの王妃となる。
そんな物語だった。
だから、レスリア侯爵家はメリーが正しい血を持っている!パパの子は私だけよ!
そう叫ぶメリーの相手など誰もしない。
レスリア侯爵家の正当な後継者は亡くなったレベッカであり、現侯爵の娘だ。爵位継承をしていないのだから、その入婿が侯爵を名乗れるわけがないのだ。生きて現役なのだから。
頭がおかしい娘だ、と牢屋番は耳に詰め物をして食事を運び、まともに声を聞かないようにしていた。
メリーは今のままだと物語がおかしくなると本気で思っていた。
王妃の産んだ王子は国王の子供ではないと言わなければならないし、シャーロットだってレスリア侯爵家の血を持っていないのだと。本当のレスリア侯爵家の娘は私なのだと。
本気でこの世界を物語の世界だと思い込んでいた。
そもそも、物語の世界というのがあるのならば、強制力というものがあるのならば、何一つとして自由な行動が出来るわけはないし、ストーリーに変化が起きるわけもないのだ。
決められたプログラムを実行するように行動するだけ。
メリー自身が物語と違う行動をしているのに同じ流れになるわけがない。
第一、何故この世界がその物語の世界だと断定出来るのか。
名前が同じだから?
しかし、その物語と関係性が全部違うのだから前提が破綻している。
そのことにメリーは気付いていなかった。
だから。
メリーは、引きずり出された先で、必死に自分が前世で読んだ小説通りの身の上を話した。間違いないとして。そして、アルファミオが国王唯一の子供で、上の王子二人は不貞の子だと、そう言ったのだ。
流石のアルファミオも自分の兄二人が王妃の不貞の子供だと言われ、初めてメリーをおかしいのではないかと思い始めた。
この王子が不貞の子というのは物語の中にしか出ていないもので、アルファミオが語ったことはない。だって、どこをどう見ても兄二人は国王そっくりの子供なのだから。
謹慎させられている間にアルファミオはレスリア侯爵家の家系図を見せられた。間違いなく、現侯爵の娘であった女性が後継者で、シャーロットだけしか子供がいない。
シャーロットの父親は入婿にもかかわらず結婚前からの恋人と不倫し続け子供もいた上、多くの人の前で家の乗っ取りをすると宣言したことで処刑された。
メリーはその入婿の父親と愛人の子で、レスリア侯爵家とは関係の無いところからの入婿だったから資格は皆無だった。
調べればわかることなのに、アルファミオはしなかった。
しかも、唆された挙句に国王になり、メリーを王妃にすると宣言した。
今思えば有り得ないのに。許されるはずはないのに。
そうやって悔やんでいたところに、メリーのとんでもない発言だ。
アルファミオは甘やかされてきたことで愚かではあったが、それでも王妃が産んだ子供を疑うなんてありえないことは分かる。
国王と王妃は常に誰かに見られているし、閨事も記録されるのだ。間違いなく国王の子であると証明するために。
常に使用人と騎士を複数従え、一人になることはない。だから、間違いなく国王の子だと断言出来る。
むしろ、アルファミオの方が国王の子ではない可能性もあるのだ。国王がアルファミオの母と懇ろになったのは夜会で、母が純潔だったかどうかの確認もないのだ。
誰かの子を孕んでいてもおかしくない中で、アルファミオは月足らずで生まれている。側室が言い張るから第三王子として遇されているだけだ。
妄言を喚き散らすメリーに誰もが唖然とする中。
怒りに満ちたレスリア侯爵がメリーの正面に立った。
「おじいさま!わたしが、あなたのほんとうの」
「儂の子は娘だ! お前の父親はよそから婿に来た他人だ! レスリアの名をこれ以上汚すことは許さん!」
元よりメリーは既に処刑が決まっている身だった。
シャーロットを殺しかけた時点で貴族を害した平民に未来はない。
ただ、あまりの頭のおかしい女に引っかかったアルファミオに現実を見せてやるべく、王の前で申し開きの場を設けたのだが。
気が狂っているとしか思えない妄想を語るメリー。それが少しでも現実に掠っていたならば疑惑が生まれていたが、王妃は間違いなく国王の子を産んでいるし、レスリア侯爵家はシャーロットの母が血筋で父親は無関係であった。
そもそもの話、メリーが読んでいた小説でさえきちんと読めばおかしいことがわかるのだ。
仮に父親が血筋なのだとしたら、正妻の両親によって糾弾されても処刑まではされない。貴族に愛人がいたからと処刑出来るわけがないのだ。
作中でも正妻がレスリア侯爵家の血筋で、メリーは父親が出来なかったお家乗っ取りを成功させたのだ。
メリーの前世はこの続きを読んでいない。
メリーがレスリア侯爵家の血を引いていないと証明され、正しい後継者を害した。レスリア侯爵本人は病で亡くなり、夫人も後を追うように亡くなっていたので、シャーロットが爵位を継いで忙しない中で、アルファミオの力を使ってメリーが強奪した。
ありえないほどの罪である。
アルファミオは犯罪者を王妃にしたこと。そもそも侯爵家の血筋を何故確かめてないのかと糾弾され、シャーロット付きの臣下に殺されるのだ。
メリーは強欲の悪女として火刑に処されたところで、場面はシャーロットが回帰するところから始まり、前作はバッドエンドしかないのを読者が知った上で、シャーロットを主人公として正しい物語が始まるのだ。
つまり、『星降る夜の誓い』のヒロインはシャーロットで、メリーがヒロインだったことはない。
彼女が読んでいたのは、いかにメリーの思考が可笑しいのかを読者に突きつけるための序章部分でしかないのだ。
メリーの言葉を聞いていると頭がおかしくなる。
誰かがそう言うと、メリーは地下牢に再び戻された。
アルファミオはメリーのおかしさをようやく理解すると同時に、ふと気付いたのだ。
母親も似たようなものだな、と。
アルファミオが咄嗟に王となる、なんて言葉が出たのは母が常日頃から歌うようにそう刷り込んでいたからだ。
「僕は愚か者です。もはや王家にいてはなりません。ですが、その僕が王になると無意識に言葉にしたのは、常日頃から母がそう言っていたからです。僕だけでなく、母もその一族も王家にとって害でしかない」
シャーロットは驚いた。彼はずっと言動がおかしかった。メリーと同類なのかと思っていたけれど、洗脳されていたのだろう。
どの道、王妃のために排除する予定だったがアルファミオの告発はかなり有利になった。
側室は否定していたけれど、侍女達は見ていた。
側室が歌うように洗脳するように、アルファミオが王になるのだと語りかけていたことを。
子供にとって幼い頃から刷り込まれた言葉は消えない。発言は取り消せないし、メリーという平民に唆されたことは間違いなく。王妃の手のひらの上で踊らされたにしても、王族としては不適格ゆえに彼は離宮のひとつに幽閉されることになった。
それに対し、側室はアルファミオの洗脳だけでなく、王太子やその子供の命を狙って何度も毒殺しようとした証拠が見つかった。
国王の寵愛があっても王太子殺害を何度も試みたことは無罪には出来ない。
国王の意見など誰も聞くことはなく、法に従い側室は妃の位を剥奪され、生家は爵位を取り上げられ、アルファミオを除く三親等内の血縁者は連座で処刑となった。
実は、王太子の子供の中で末の王子が毒の影響で盲目となっていたのだ。
国王の妨害のせいで罪を問えなかった王太子夫妻は、やっと罰をくだせたと涙した。
国王が側室を自由にさせたことが原因でもあるため、責任を追求され、生前退位を余儀なくされた。
退位後はアルファミオとは別の離宮に送られ、しばらくして『病死』することになる。国王が側室に溺れていた結果、政務は滞ったし、側室を自由にして庇い立てをしたから、間違いなく血の繋がった孫の体は損なわれた。
それなのに側室だけを大切にしたことを王太子は決して許さなかった。
王妃のお茶会に招かれたシャーロットは優雅な微笑みを浮かべてこう言った。
「正妻を蔑ろにする男は最後に破滅するのが道理ですわね」
アルファミオに関して思うところはない。声掛けが煩わしいとは思っていたけれど、彼の管轄は王妃なのでどう扱おうが構わなかった。
シャーロットが心から始末したかったのはメリーだけなのだから。
母の心が弱かったにせよ、それでも母は亡くなったのに、生まれたこと自体が間違いの娘は子供だからと見逃されていたのだ。
目の前に現れなければ良かったのに現れた以上、始末する以外ないだろう。
シャーロットが責められることなく、まあ処刑されて当たり前だよね、という展開に導いたのはメリー自身だ。
アルファミオが幽閉、メリーが処刑、取り巻き達が退学して表舞台から去って以降、学園に平穏が戻った。
腕を折ったオスカーは利き腕でなくて良かったと言いながらかなり元気だし、リンダは決して傍から離れないけれど概ね平穏な生活に戻っている。
即位式を間近に控えた中で王太后になる王妃は穏やかな顔をしていた。
「協力してくれてありがとう」
「いえ。わたくしはわたくしの目的がございましたから」
「そうね。ふふ。おじ様への恩は大きいの。私の母はね、お嬢様を尊敬していたから、お兄様を誰よりも何よりも優先していたわ。それはそれで構わなかったの。けれどね、私などいないものとして扱われたの。お父様もお兄様も気にかけてくださったのに。完璧な家族の中でお嬢様の血を持たない私は母にとって異物だったのよ」
「……陛下のお母様が一番の異物なのでは?侯爵家の血をお持ちでないのは……」
「そうね。でも違うの。母にとって大事なのは『お嬢様』なの。結婚しても『お嬢様』と呼び続けていたのよ。可笑しいわよね。おじ様は母に蔑ろにされている私を目に掛けてくれたの。デビュタントのドレスはお父様が用意してくれて、パリュールは母が用意する物のはずなのに、母が私のために動くことはなかったわ。だから、おじ様はお兄様のお母様がデビュタントの時に使ったパリュールを貸して下さったの」
しかし、それは王妃の実母にとって許せることではなかった。
大切な『お嬢様』の使った思い出の品なのに。
「おじ様の目の前で私を何度も殴りつけて、パリュールをお返ししますわ、と言った母は控えめに言っても狂っていたわ。おじ様は怒りと軽蔑を込めた目で母を見ながらこう言ったの」
『我が妹付き侍女にサリナという女はいなかった』
それは『お嬢様の専属侍女』を誇りに思っていた母にとって全てを否定されるのも同じだった。
『お前はどの立場で私に逆らった。お前のような女は我が妹の名を汚す以外何者でもない。二度と我が妹の侍女であったなど宣うことを許さん』
「流石におじ様の前で暴力をふるったことをお父様は許さなかった。お兄様のために良いだろうと後妻として娶ったけれど、行き過ぎた忠誠心が実子を拒絶したことは許してはいけなかった。兄の心にも悪すぎた。離縁された母はその後、修道院に行ったみたい」
王妃は穏やかに微笑んでいる。その微笑みに悲しみが混じっているようにシャーロットには感じられた。
「お父様とおじ様のおかげで私は王子妃に選ばれたわ。おじ様は結婚が遅くて、レベッカはかなり歳が離れていたし、血も繋がっていなかったけれどお姉様と懐いてくれたの。だからね……あの可愛いレベッカが死んだ原因が一人でも生きていることが許せなかったのよ」
だから王妃は排除したい側室の王子に目をつけて仇とも言えるメリーに出会わせた。諸共始末するために。
側室が息子や孫を殺そうとしたから、側室の命を奪うと決めた。
王妃は二つの怒りを抱えていたのだ。
いや、裏切った夫への復讐もあったのだろう。
とはいえ、王妃に罪は無い。ただ二人の子供を出会わせただけだ。
愚かな子供がどう転ぶかをただ見ていただけ。
シャーロットもそれに合わせて何も手出しをしなかった。
自滅することがわかっていたからだ。
「レベッカは確かに心が弱かったのかもしれないわ。でもね、偉大なおじ様の跡を継ぐために頑張っていたのを知っているわ。おじ様は身内にとても優しくて、血の繋がりのない私にも親切だった。レベッカはとても愛されて育てられたから、夫の裏切りに心を痛めた……それだけでなく、あなたと同じ歳の子供がいることが受け入れられなかった。あの子はね、本当に可愛くて……一人娘だから、私を本当の姉のように慕ってくれて……私が男ならレベッカの夫になりたかったわ」
王妃のこぼす本音を聞いているのはシャーロットだけだった。
復讐は果たされた。
「シャーロットはこれから大変ね。婚約者探しをしなければならないのだもの」
「ええ。けれど焦らずに時間をかけて探しますわ。けっして妻を裏切ることはない男性を」
「それが当たり前なのだけれどね」
王妃らしからぬ口調で肩を竦めるのを見てシャーロットは笑った。
過去の因縁は全て清算された。
これからは未来へ向けて進むだけだ。
積極的に手出しをしないまま、ただ「何もしない」ことで自滅させた話。
すっきりした終わりでは無いけれど。
メリーは「原作に拘りすぎた転生者」をイメージしています。
しかも、その原作も途中までしか見ていなかったタイプの。
捕まった時はこの世界のメリーで、捕まって地下牢に入れられた後に記憶が蘇ったタイプ。中身が何も知らない系で真っ当だったらあまりの違いに様子見になったかもしれないけれど、悪化してたから処刑コース。
シャーロットを殺す気満々で突き落とした平民だから処刑。
アルファミオが本当に国王の子かどうかは分からない。もしかしたら違うのかもしれない。
まだ15歳の少年で、口出ししたり、失言したりしたけどある意味で洗脳被害者なので幽閉。本来なら側室と共に処刑予定だった。
彼を処刑すれば良いのに、という言葉は不要です。
取り巻きたちは家で怒られます。
何してんだ!と。レスリアに手を引かれたらお前が魔獣討伐しろ!と言われてます。




