第十五話 『お姉様ばっかりずるい!』と妹に責められましたが、欲しいのがちょっとおかしいです
「ずるいずるい!お姉様ばっかりずるいですわ!」
朝一番に聞こえてきたのは、妹の声だった。
まだ寝台から起き上がってすらいない私の目の前で、十二歳のミシェルが頬を膨らませている。
その隣には、申し訳なさそうな顔をしたリタが立っていた。
「……なぜ、王宮に?」
「お父様にお願いして、リタと一緒に来たんですの!」
「旦那様から、お着替えと身の回りのものをお届けするよう申しつかりまして」
「それは分かります。なぜミシェルまで?」
「ずるいからです!」
答えになっていない。
「私だって王宮に来てみたかったんですもの!」
「あなたはまだ社交界デビュー前でしょう」
「だからですわ!」
どうやら、それも不満らしい。
私は寝台から起き上がり、リタが用意してくれた上着を羽織った。
「それで、何がそんなにずるいのです?」
「全部です!」
「全部?」
「お姉様ばっかり、最近ものすごく楽しそうなんですもの!」
「……楽しい?」
どこの話だろう。
婚約者の浮気現場を目撃した辺りから振り返ってみたけれど、あまり楽しかった記憶がない。
「まず、王太子殿下!」
ミシェルがびしっと指を立てる。
「殿下?」
「そうです!お姉様、最近ずっと王太子殿下と一緒なのでしょう!?」
「ずっとではありません」
「でも昨日も一緒だったんでしょう?」
「まあ……」
夜市には一緒に行った。
その後、病弱な幼馴染の買い物を手伝い、殿下の異母弟妹を拾い、最終的に王宮へ泊まることになった。
そして夜には、殿下がハダカデバネズミになった。
普通のデートだった時間は短く、そしてずいぶん遠く感じる。
「ずるいですわ!」
「王太子殿下と一緒にいることが?」
「もちろん!」
やはり、そういうことなのだろうか。
物語ではよく、姉の持つものを何でも欲しがる妹がいる。
ドレスも宝石も婚約者も、姉が持っているからという理由だけで欲しがり、最後には姉の婚約者まで奪おうとする。
まさか。
「ミシェル」
「はい!」
「殿下が欲しいのですか?」
「え?」
「ですから、王太子殿下を」
「お姉様、何をおっしゃっているんですの?」
妹がきょとんとした。
その顔を見る限り、違うらしい。
「王太子殿下なのでしょう?」
「ええ」
「だったら、すごいスパダリなんでしょう!?」
「……すぱだり?」
「何でもできて、ものすごく強くて、お金持ちで、独占欲が強くて、お姉様に近づく男性を全員睨みつけるような!」
「……少し違いますわね。殿下は、そこまで独占欲が強くありません」
「違うんですの!?でも、何でもできるんじゃないんですの?」
「数字が大きいと、わりと簡単に感動なさいます」
「王太子なのに!?」
「王太子でもです」
ミシェルが何やら考え込んでいる。
「では、闇属性で、普段は冷たいけれどお姉様にだけ甘いとか」
「違います」
「実は最強の魔術師」
「聞いたことがありませんし、精神干渉系の耐性が低いので、違うと思いますわ」
「嫉妬すると監禁したり、お姉様に触れた男性の家を潰したり……」
「そんな王太子は困ります」
「思っていたのと違いますわ……」
思い込みが酷い。殿下は一体、何を期待されていたのだろう。
「でも、夜は皇帝なのでしょう!?」
「ミシェル!」
どこで覚えたのだろう。
アドリアン殿下は、皇帝ではなく童帝ではあるけれど。
その時、客室の扉が叩かれた。
「セシリア、起きているか?」
「はい」
「昨夜のことで少し――」
扉が開きかけたところで、ミシェルがものすごい勢いで振り返った。
「王太子殿下!?」
「……うん?」
アドリアン殿下が立ち止まる。
ミシェルは初めて間近で見る王太子を、頭の先から足元までじっくり見つめた。
「本物ですわ……」
「偽物がいるのか?」
「殿下。この子は妹のミシェルです」
「ああ。君の妹か」
殿下が笑いかける。
「初めまして。王太子のアドリアン・レオポルド・ヴァルディエールだ」
「ミシェル・アースキンと申します」
ミシェルは急いで淑女らしく礼をした。
十二歳なりに頑張っている。
けれど、顔を上げた途端。
「殿下は、いつ破滅なさるんですの?」
「しない!」
返答が早かった。
「王太子なのに?」
「王太子だからって全員破滅するわけじゃない!」
「廃嫡は?」
「されない!」
「国外追放!」
「されない!」
「断罪!」
「されない!」
「でも、托卵されかけて婚約破棄はされたんですよね?」
「……なぜ知っている」
ミシェルの目が輝いた。それはもうキラキラと眩しいほどに。
「やっぱりずるいですわ!!」
「何が!?」
今度は殿下まで困惑している。
「お姉様は、それを間近で見たのでしょう!?」
「見ましたけれど」
「『真実の愛』って言ったんですよね!?」
「……言った」
殿下の顔が死んだ。
「『おもしれー女』とも!」
「それ以上はやめてくれ」
「ずるい!!」
「だから、何がずるいんだ!?」
ようやく分かった。
この子が欲しがっているのは、殿下ではない。
「一度でいいから、生で見てみたいですわ!」
「生で」
「それに、王太子殿下がハダカデバネズミになったんでしょう!?」
「待て」
殿下が止めた。
「昨日の今日だぞ。それも聞いているのか?」
「はい!」
「誰から!?」
ミシェルがリタを見る。
殿下も見る。
私も見た。
「……申し訳ございません」
リタが目を逸らした。
「リタ!!」
「わたくしが王宮へ到着した際には、すでに侍女の間で話題になっておりまして……」
「もう広まっているのか!?」
「殿下、王宮内だけならまだよろしいのでは?」
「よくない!」
「それに、元に戻ったら全裸だったとか!」
「そこまで!?」
殿下が頭を抱えた。
昨日の夜、忘れてほしいと言っていた気がするけれど、どうやら私が忘れるかどうか以前の問題だったらしい。
「ずるいですわ、お姉様!」
「どこがですの?」
「私なんて、婚約者もいないし、夜会にも行けない!」
「社交界デビュー前ですから」
「私だって一度くらい、『お前との婚約を破棄する!』って聞いてみたいですわ!」
「夜会とセットではありませんわ」
本気で分からない。
私はもう二度と聞かなくてもいい。
「では、次に起きたら呼んでください!」
「間に合いません」
「すぐ走ります!」
「あなたまで走るのですか……」
最近、走る令嬢が多すぎる。
「それに私、邪魔しませんわ!何をするつもりもございませんし、壁際で静かに見ています!」
「見世物ではありません」
「ただ、メモを取ります!」
「なおさら駄目です」
ミシェルは不満そうに頬を膨らませた。
「やっぱり、お姉さまばかりずるいですわ……」
「ならば、今度何か起きたら代わって差し上げますわ」
「本当ですの!?」
「できるものなら」
私としては本気だった。
一度くらい妹が対応してくれるなら、喜んで帰宅したい。
しかし殿下が首を振る。
「十二歳の子供を修羅場へ送り込むな」
「殿下も最初は、修羅場に巻き込まれる予定ではなかったでしょう?」
「そうだけど!」
「今ではすっかり慣れましたわね」
「慣れたくなかった!」
それは私も同じである。
「それで殿下。昨夜のことで、何か?」
「ああ……」
殿下がちらりとミシェルを見る。
「また今度でいい」
「そうですか?」
「この状況では無理だ」
「私、聞きませんわよ?」
「ペンを持って、説得力がない!」
ミシェルはにこにことしている。
「ところで、お姉様。今日も殿下とどこかへ行かれるんですの?」
「今のところ、その予定はございません」
「では私も王宮を見て回っていいですか?」
「勝手に歩き回ってはいけません」
「それなら、ミシェル嬢も食堂で朝食はどうだろう。僕も一緒だが構わないか?」
「やった!」
先ほどまでの不満はどこへ行ったのか、すぐに機嫌が直った。
朝から疲れる。
それでも、妹が楽しそうなので追い返す気にもなれなかった。
着替えを終え、四人で部屋を出る。
廊下を歩きながらも、ミシェルはまだ昨夜の話を聞きたがった。
「本当にハダカデバネズミだったんですの?」
「本当です」
「可愛かった?」
「独特の可愛らしさが」
「その言い方やめてくれ」
「撫でました?」
「少し」
「セシリア!」
「羨ましい!私も触りたかったですわ!」
「もう二度とならないからな!」
殿下の声が廊下に響く。
その時だった。
中庭へ続く窓の向こうから、女性の声が聞こえてきた。
「私ってサバサバしているから」
感想欄でいただいた案を一部アレンジして使わせていただきました。ありがとうございました!
感想欄から修羅場が増殖しております。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





