表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/92

「2046年の日米による国際措置」から「2051年の連邦成立」「2070年代の安定化」まで の“長期40年スパン”の流れ

2046〜2051年:北中華の崩壊と“連邦成立までの5年間”

■ 2046年3月

日米による国際法上の重大措置(大量破壊兵器の無力化・国家主席の身柄確保)が実

施。

北中華は国家不全に突入。

■ 2046年4〜12月

北中華は完全に分裂:

• 満州自治評議会

• 内モンゴル自治評議会

• 河北臨時政府

• 山東臨時政府

• 回族地域の自治評議会

• 北京特別管理区(国際管理)

中央政府は消滅。

■ 2047年

民族運動が激化し、

「北中華のバルカン化」 が現実味を帯びる。

• 満州は独立志向

• 内モンゴルは自治要求

• 回族地域は宗教自治を要求

• 河北・山東は経済再建を優先

• 北京は国際管理下で孤立

国連・日米・中華民国(華南国家)は

「分裂を防ぐための連邦制」 を提案。

■ 2048年

自治国間の対立が激化し、

一時は「連邦構想」が頓挫しかける。

• 満州 vs 河北

• 内モンゴル vs 山東

• 回族地域 vs すべての周辺地域

中華民国(華南)が調停役として台頭。

■ 2049年

中華民国が「連邦基本法草案」を提示。

しかし自治国間の不信感が強く、交渉は難航。

■ 2050年

国連が「北中華の恒久的国家不全」を宣言。

これにより、自治国側も連邦制を受け入れざるを得なくなる。

■ 2051年1月

ついに

「中華連邦(Federal Union of China)」成立

(華南=旧中華民国が中心)

ただし、これは**“名目上の成立”** にすぎず、

実態はバラバラの自治国の寄せ集め。

---

2051〜2070年代:連邦の“実質的安定化”までの20年

連邦成立後も、すぐに安定するわけではない。

むしろここからが本番。

---

2051〜2055年:連邦内部の対立が続く

• 満州は「高度自治」を要求

• 内モンゴルは連邦軍の駐留に反発

• 河北・山東は経済再建で連邦政府と衝突

• 回族地域は宗教自治をめぐり緊張

• 北京特別区は国際管理が続く

連邦政府はほぼ機能しない。

---

2056〜2060年:中華民国(華南)が“連邦の軸”として台頭

華南は

• 経済力

• 行政能力

• 国際的信頼

• 海洋国家としての安定性

を背景に、連邦の中心として機能し始める。

2058年

連邦議会がようやく安定的に開催される。

2059年

連邦軍(実質は自治国軍の寄せ集め)が再編開始。

---

2061〜2065年:自治国間の“水平統合”が進む

• 満州と河北が経済協力

• 山東と華南が港湾連携

• 内モンゴルと回族地域が交易協定

• 北京特別区が連邦政府の正式所在地に

連邦が“実体”を持ち始める。

---

2066〜2070年:連邦がようやく“安定国家”へ

2066年

連邦憲法の改正が行われ、

自治国の権限と連邦政府の役割が明確化。

2068年

連邦軍が統合され、

治安維持能力が向上。

2070年

国連が

「中華連邦は安定国家として機能している」

と公式に認定。

---

**最終総括:

この世界線では、連邦成立から安定化まで“20年以上”かかるのが自然。

**

• 連邦成立:2051年

• 実質的安定化:2066〜2070年

• 完全安定:2070年代後半

これは

北中華の巨大さ・民族問題・国家不全の深刻さ

を考えると、むしろ“最短の安定化”と言える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ