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寝衣

 フィオーレが返事をすると、侍女のルミが戸を開けて提案した。

「フィオーレ様、よろしければ昼にお選びになったナイトガウンをお召しになりませんか? お直しを済ませたものが数着用意できましたので」

「まあ、ありがとう。そうするわ」

 フィオーレは素直に頷いて部屋を移動した。とくに反対する理由もない。ラックに吊られた数着のうちから助言を受けつつ薄紫のナイトガウンを選ぶと、ルミは安堵した様子で言った。

「よかったです。では、そちらの寝衣は処分させていただきますね。これで殿下の機嫌も下がらないでしょうし……」

「…………? どういうこと? ソルクス殿下はこういう寝衣がお嫌いということ? 殿下にこれをお目にかけるような機会なんて……」

(……そういうことなの…………!?)

 察して固まったフィオーレに、ルミは慌てて手を振った。

「違います! いえ、いずれはですが………ごほん、とにかく今はそうではなくてですね……姫様がモンティスからお持ちになったものをお召しになることを、殿下は喜ばれないということです。自分の色に染めてしまいたいということですね。独占欲が強くていらっしゃるったら……」

(独占欲……)

 そういえば昼にもそんなことを言われた。正直なところ、まだぴんと来てはいない。そういう感情をあまり知らないし、戸惑うばかりだ。……気持ちは痛いほど伝わってくるのだが、それを今の自分が受け取れていないというか、理解できていない。

 フィオーレの戸惑いを察しているのだろう。ルミはそれ以上に話を深めることをせず、明るく言った。

「お着替えをお手伝いいたしますね。それと、髪型も変えてみませんか? いつも結い上げていらっしゃいますが、解いてみたりアレンジしてみたりというのはいかがでしょうか」

 確かにフィオーレは、眠るとき以外ずっと髪を結い上げたままにしている。理由がなければ正装で通すのと同じで、いちいち髪型を変える意味を見出せない。髪を結うようにというのはモンティスでの王妃教育で教わったことで、貞淑さを強調するものだ。特に既婚者は髪を結い上げる決まりがある。昨今は既婚者であっても自由になりつつあるが、いずれモンティスの第一王子妃になるはずだったフィオーレは未婚でありながらも貞淑さを求められていた。……当の第一王子があれだったのが皮肉だが。

 今は湯を使って洗って乾かした後なので、さすがに正装の時ほどきっちりと結い上げてはいないが、それでも人目に触れて大丈夫なくらいには纏めて整えてある。

(……そうしたところも、アーグム殿下から面白味がないと評されたところでしょうけれど……)

 露出を極力抑えるドレス、貞淑さばかりを強調する髪型……それらを好んでいるわけではないが、アーグムが他の女性に向ける視線を見てしまうと、これらで身を鎧いたくなっていた面もあった。

 だが、そのアーグムはもう遠くにいるのだ。それなら少しくらい緩めても問題ないだろう。

「ルミに任せるわ」

「待ってました!」

 ルミは張り切り、着替えたフィオーレを椅子に座らせるとあれこれと楽しげに髪を整え始めた。

 ルミが楽しそうなので、自然とフィオーレの唇も綻ぶ。装いは公女としての嗜みでしかなく、楽しむものとしては考えてこなかったのだが、こうやって気を許せる相手とあれこれ言いながら試すのは悪くないかもしれない。

 そう言うと、ルミは訳知り顔に首を横に振った。

「まだまだ、それは楽しみの一部でしかありませんよ。装うことを自分で楽しむのも勿論ですし、私がその楽しみのお手伝いをさせていただけるのは光栄ですが、それだけではないのです。装いは人に見せるものだという観点もありますからね」

「それは、そうね」

 装うことは相手に礼儀を尽くすことだ。公女としてフィオーレはそれを叩き込まれたし、実感してきた。だが、ルミは不服そうに唇を尖らせた。

「この場合、それはちょっと違いますよ! 礼儀云々ではなく、着飾った自分を好きな人に見てもらいたいとか、そういう乙女心の話です!」

「……そういうものなのね?」

「フィオーレ様にはまだ早かったかもしれませんね?」

 いたずらっぽく言うルミだが、その横顔がはっとするほど美しく見えてフィオーレは思わず瞬いた。はにかむような柔らかい表情に目を奪われる。同年代のはずのルミが遠くにいるように思ってしまう。

「さあ、できました。少し立っていただけますか? ガウンのリボンも整えたいので」

 言われるままにフィオーレは立ち上がった。このナイトガウンにはボタンがなく、各所をリボンで締めるようになっている。薄く柔らかな薄紫の生地の濃淡が美しく出るように計算されているのだろう。胸の下や腕の半ばでリボンを締めると、裾や袖の残りの部分が優雅に垂れかかるようになっている。

 リボンを整え、髪に小さな生花を飾り、少し離れて全身の様子を確かめたルミが悲鳴のような歓声を上げた。

「きゃあっ、すっごく素敵です! フィオーレ様、こういう格好がすごくお似合いになりますね! きちんとしていらっしゃる普段とのギャップがまた……」

 我ながら良い仕事をしたわ、と言いながらルミは姿見を示した。そこに映り込んだ自分を見て、フィオーレは思わず目を大きく見開いた。鏡の中の自分と驚いた顔を見合わせる。

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