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服飾

 そんな一幕があり、そのせいで時間が押したりもしたのだろうか、朝食を終えるとソルクスは急ぎ足で部屋を出て行った。その際にもフィオーレへの笑顔と挨拶は欠かさない。こちらも笑顔で――だいぶぎこちなかった自覚はあるが――送り出し、フィオーレは途方に暮れた。

(今日これから……何をすればいいのかしら)

 婚約者として連れて来られたのだから、何かしら求められるのだと思っていた。フィオーレはこのプルーウィスのことを専門的に知っているわけではないから学習も必要だろうし、婚約者として周知されているようだから各方面への挨拶も必要だろう。モンティスでの時のように体よく雑事を押し付けられるかもしれない。いろいろと想像していたのだが、まさかの放置だ。

 本当なら、何をすべきか朝食の席で聞くつもりだった。昨晩のうちに聞いておきたかったのだが、そういうことを考えずに眠るといい、とソルクスが配慮してくれたのだ。だから朝へと持ち越したのだが、さっきのことで全部がうやむやになってしまった。

 とはいえこのまま座っているわけにもいかない。何をすべきか自分で判断するなら、まずは周りの人員の把握から始めるのがよさそうだ。名前と顔と職務を一致させよう、と動こうとしたところで、侍女がフィオーレを別室にいざなった。この侍女は昨夜からついてくれているので名前を知っている。ルミという名前で、フィオーレと同年代、十代後半だ。

「お食事がお済みになりましたら、どうぞこちらへ。お召し物を作らせますので、ご希望を伺いながら採寸をさせていただきます」

 フィオーレは頷いた。やることがあるなら否やはない。

「分かったわ。服は必要だものね。モンティスから持ってきたものがあるけれど、こちらにはこちらの流儀があるものね」

「いえ……流儀というより、ソルクス殿下の心情の問題というか。なるべく早くモンティスのものを処分してこちらのものに置き換えるようにと言いつかっております。特にお気に入りの一着や二着くらいは仕方ないが、それでもいずれは置き換えていただけたらと……」

「…………? いえ、そういうものは特にないけれど……? モンティスの服ってそんなに駄目かしら……」

 首を傾げると、ルミは首を横に振った。

「質がどうという問題ではなく、フィオーレ様が身に着けられるものを自分がすべて手配したいという心情です。言ってしまえば、独占欲ですね」

「…………!?」

 フィオーレは顔を赤くして口をはくはくと動かした。言葉が出てこない。

(独占欲……!? 独占欲って……!?)

 立場が弱い小国とはいえ一国の公女であり、モンティス第一王子の婚約者という立場もあったフィオーレは、かなりの数のドレスを持っている。装飾品まで含めると相当なものだろう。それらすべてを入れ替える? 独占欲のためだけに? ……ちょっとそれは、想像がつかない。

(……なんだか、ものすごく気持ちを向けていただいている感じがするのだけど…………)

 にわかには信じられないが、ルミに促されるままに部屋を移動し、採寸をしてもらい、途中でソルクスが合流して注文を進めていく段階でじわじわと実感してきた。――彼は、本気だ。本気でフィオーレの身につけるものをすべて入れ替えようとしている。半ばフィオーレの頭越しにやり取りされる服の数と種類が尋常ではない。忙しさの合間を縫って自ら足を運び、あれこれと要望を出しながら内容を詰めていっている。

「――さて、こんなものかな。あとはデザインの細かいところを具体的に決める必要があるけれど……彼女の好みを聞きながら進めていってほしい」

「承知いたしました」

 数人のお針子を従えて注文聞きをしていた女性が、ソルクスの言葉に対して恭しく頷いた。ソルクスはフィオーレに言った。

「私は途中までしかいられなくて残念だが、君の好みを彼女たちに伝えて、相談しつつ進めていってほしい。もう君はモンティスとは関わりのない一個人だ。私の婚約者だ。モンティスの王妃教育とやらに縛られる必要なんてないから、好きなデザインで作らせて着ればいい。どんなものが好みだろうか」

「…………ええ、と…………」

 値段を考えるだけで目を回しそうなだけでなく、好きなデザインを聞かれたことにもどうしていいか分からない。自分はいったいどんなデザインが好みなのだろうか。

「すみません、分かりません……」

「謝ることなんてない。それならまず、私に見立てさせてほしい。それと、専門家に見てもらおうか。君は淡い色合いが似合いそうだ。青みの強いものよりも黄みの強いものの方がよさそうだ。そういったことを徐々に確かめていこう。その中で何か気付きがあったら遠慮なく言ってほしい」

「ありがとう、ございます……」

 何が好きなのか。何が似合うのか。そんなことを確かめられた経験などなかった。今まではずっと型に嵌められていて……モンティスの王妃になるのだからこうあるべきだ、という型から抜け出すことなど思いもよらなかった。

 モンティスにいた頃、ドレスの用意は単なる確認作業だった。採寸をしてもらい、これでいいかと聞かれ、体に合っているかと確かめられる。事務的な作業のどこにも、フィオーレの意見が挟まる余地などなかった。

 だが、今回は違う。いちいち好みを聞かれる。意見を求められる。選ばせられる。今までの経験にない頭の使い方で、お茶休憩の時間には放心しそうなほど疲れていた。

 疲れたが……決して、嫌ではなかった。それどころか、驚くほど楽しかった。自分のことを自分で決めていいというのは、こんなにも……自由なのだと初めて知った。

 そして、忙しいソルクスも途中まで楽しげに参加していた。フィオーレにはあれが似合う、これはどうだ、などと熱心に提案し、比較し、当然のようにフィオーレの意見をも求めていた。まだ自分の好みがよく分かっていないフィオーレよりも彼の意見の方がずっと的確なはずなのに、それでも尊重してくれたのだ。

 最後の方にはもう、今まで着てきたモンティスのドレスに違和感さえ覚える始末だった。自分に合わせて、自分のために用意されることの豊かさとありがたさが身に染みる。

 出来上がりが楽しみですね、と笑ったルミに、フィオーレも心から同意して笑顔を浮かべた。

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