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過去

 ソルクスは人間不信だった。大国プルーウィスの第一王子という立場、幼い頃から抜きんでた美貌、この二つは人々を否応なく強力に惹きつけた。

 ソルクスを自らの手の内に取り込もうと高位貴族の家がいくつも動き、まだ幼いソルクスに無理やり娘を近付け、弱みを握ろうとし、甘言で釣ろうとした。

 また他の家はソルクスを排除しようとし、誘拐騒ぎや毒殺未遂も稀ではなかった。

 大人たちばかりではない。子供たちもソルクスの味方ではなかった。男児はソルクスを遠巻きにしたり媚びへつらったりしたし、女児は我先にと寄ってきた。この顔と立場が心底鬱陶しかった。

 ソルクスを庇護する立場である王妃だが、その頃は彼女の力が弱かった。まだ王妃になりたてだったからだ。

 元々、王妃は別の女性だった。だが世継ぎができず、王の手がついた侍女が懐妊したことを機に王は妃と離婚して新たな妃を得た。現在の王妃だ。その元王妃と現王妃の対立関係があり、王妃たちや生まれてくる子供にまで影響力を及ぼそうとする周囲の思惑もあり、現王妃は大変な舵取りを迫られていた。元々が侍女であった彼女は中流貴族の出で後ろ盾も弱かった。

 ソルクスはそんな状況の中で生まれ、育った。

 元王妃はのちに病を得て亡くなるのだが、それまでソルクスの立場は安定せず、周囲の人々の悪意にこれでもかと曝された。王妃はなんとか息子の立場を守ったが、傷ついたその心を救うところまではとても手が回らなかった。

 一時的にソルクスを国内の混乱から避難させるために、王妃は、プルーウィス王族が他国との交流のために国外に出ていく慣習を利用した。ソルクスの立場を伏せて、傍系の王族の姫君としてモンティスに行かせたのだ。大人が身分を偽るのは不審を呼ぶが、子供の場合はそこまでではない。偽った身分よりも実際のそれが高い場合、ばれても問題になりにくい。謝罪をして多少の便宜を計ればそれで済む。

 そうしたわけで、ソルクスはモンティスに送り出された。王妃付きの侍女が世話係として付き添い、少女の装いもその侍女の手によって整えられた。

 女装することも、可愛いだの美しいだの言われることも、ソルクスにとってはどうでもよかった。女装すれば煩わしいことが減るというのならそれで構わない。侍女の目を盗んで少年の姿で少し歩いていたときに会った少女たちは鬱陶しいくらいにすり寄ってきたのに、女装して会ったときはがらりと態度を変えた。他国の誰だか知らないけど、アーグム様に近付こうなんて考えるんじゃないわよ、と牽制され――ラーラというその令嬢にプルーウィスで会ったときはつくづく奇縁だと思ったが――その二面性に辟易した。

 人のいないところへ、人の少ない方へとふらふらとさまよって、庭に出て、生垣の抜け道を偶然見つけて――そこで、彼女に出会った。


 また少女か、と鬱陶しく思わなかったと言えば嘘になる。せっかく人のいない場所を見つけられたと思ったのにと。煩わしい、放っておいてくれ、そんな思いを態度に出していた。

 少女はたじろいだ様子だったが、果敢に話しかけてきた。また容姿や立場のことを言われるのかとうんざりしたが、彼女はそうした話題に一切触れなかった。ここにいていいでしょうと言われた時に追い払いまではしなかったのは、その態度に面食らっていたからだ。

 その後も少女はこちらに構わず、座り込んで本を読みふけっていた。こちらが少女の存在を歓迎していないことを悟りつつも、少女も他に行き場がなかったのだろう。まだ幼いのに、他者を気遣いつつ距離を取ることができる少女の存在が眩しかった。

 少女は完全にこちらの存在を忘れていたようで、本を横に置いてバスケットを開け、水筒などを取り出したところでこちらのことを思い出したらしく驚いた顔をした。まだいたのか、と思ったのかもしれない。ソルクス自身も何故だか分からないが、少女の傍を離れがたかった。彼女の妖精めいて可憐な顔を、花のような薄紅の髪をぼんやりと見つめていた。

 その彼女はおやつのクッキーをソルクスにも分けてくれようとしたが、とっさに体が拒否反応を示した。おやつで毒殺されかけたことが記憶に新しく、それからろくにものを食べることができなくなっていたのだ。それもあって母はソルクスを他国へ行かせたのだが、モンティスに来ても状況はあまり改善していなかった。

 無理に勧められたら気分が悪くなったかもしれないが、少女はソルクスに強いることをしなかった。でも、ソルクスがものを食べたいのに食べられない状態であることは何となく感づいていたのだろう。冗談めかした物言いに紛らせてクッキーの缶を置いて行ってくれたのだ。行かないで、という思いは声になりきらず、少女に首を傾げさせただけだった。

 煉瓦の塀の隙間に、まるで妖精が隠したかのように置かれたそれを、ソルクスはおっかなびっくり取り出した。

 その頃のソルクスはジュースやスープや薬などを飲んでなんとか栄養を取っていた状態だった。飲み物であればまだ喉を通ったからだ。そんな彼にとってクッキーは石とほとんど変わらないくらい食べられないものに見えていたのだが……少女のそれは、自分でも驚くことに抵抗なく喉を通った。一枚、二枚と確かめるように口にして、いつの間にかなくなっていた。

 そのことをきっかけに、ソルクスは再びものを食べられるようになっていった。少女に、心も体も救われたのだ。

 純粋で優しい少女と過ごす時間は楽しくて、でもいつまでも続くわけはなくて……

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