深夜
「ソルクス様……」
フィオーレは思わず呟いた。助けてと言う資格などないのに、会いたい。知らずに彼を傷つけてしまっていたことを謝りたい。
そして……確かめたい。フィオーレのことをどう思っているのか。本当に利用しようとしたのか。
モンティスの第二王子イリストを即位させるために、第一王子アーグムを追い落とすために、フィオーレのことを婚約者にしたのではと疑ったのだが、彼が「彼女」であるなら……フィオーレの友人であるなら、そうではないのかもしれないと思える。
(ソルクス様に聞いて確かめようとは思えなかったのに、「彼女」になら……聞いてみたいと思うわ……)
ソルクスに聞けなかったのは、今にして思うと、怖かったからかもしれない。肯定されてしまうのが。
だが、ここに閉じ込められて、最悪の場合は彼に二度と会えなくなるのではないかと思ってしまうと、そちらの怖さの方がずっと上回った。また会えるなら、確かめたい。
見知らぬ場所に閉じ込められ、一人きりで暗い夜を過ごすと、その思いが不安とともに膨らんでくる。無理やりにでも何かを考えないと不安でたまらない。明かりとなるものなど手元に何もなく、高い窓から星明かりが申し訳程度に差し込むだけ、かろうじて手元がぼんやりと見えるだけだ。こんな夜を過ごした経験などない。嵐の夜だって、雷が轟く夜だって、真っ暗な中で一人きりということはなかった。
そうした夜を過ごし……夜もだいぶ深まった頃、不意にがちゃりと戸の鍵が外れる音がした。
ろくな寝具もなく、もちろん寝台もなく、棚から拝借した布を引き被って――なぜかアマータが整えていった寝床めいた場所は使う気になれずに――うとうととしていたフィオーレは飛び起きた。ばくばくと心臓が早鐘を打つ。
(何……!? いったい何なの……!?)
何かが起こっても逃げ場なんかない。こんな時間にエルサが来ることもないだろう。
身構えるフィオーレは、部屋の外から差し込む光に目が眩んでとっさに手をかざした。誰かが明かりを持って入ってきたようだが、誰なのか見えなかった。
だが、声で分かった。
「辛気臭い部屋だな」
(アーグム殿下……!?)
声自体だけではなく、馬鹿にするような言葉の調子も、彼でしかありえない。しばらく離れていた程度で忘れられるようなものではない。
パルセノという餌を使って、アーグムが糸を引いていたことは分かっている。彼がフィオーレを利用しようとしていること、手元に戻そうとしていることはイリストから聞いている。イリストの説明を鵜呑みにするわけではないが、そう考えるのが今のところ妥当だと思っている。
分からないのは、彼がなぜフィオーレを監禁するという手段を取ったのかということだ。アマータが言っていたように、プルーウィス王子の婚約者をいつまでも監禁し続けられるはずもない。立場の弱いロージア公女というだけなら揉み消しもあり得たかもしれないが、今のフィオーレの立場はそれだけではない。
アマータがここに来たのもアーグムの意向か、少なくとも許しを得てのことのはずだから、アーグムもそのことは分かっているはずだ。その上で、彼はいったい何をどうしたいのだろうか。
(お酒の匂いがする……)
声だけでなく、酒精の匂いも漂ってきた。今日に限ったことではないが、アーグムはお酒が相当入っているようだ。
「辛気臭いが、まあそれも一興か。生意気なお前に、今日こそ分からせてやる。……俺が呼ぶまで入ってくるなよ!」
部屋の外に向かって命じ、アーグムが近付いてくる気配がした。酒精の匂いが濃くなる。だんだん光に目が慣れてきたが、何が起こっているのかが分からない。
「殿下……? ……っ!?」
遠慮会釈もなしに腕を掴まれ、フィオーレはとっさに振り払おうとした。しかし腕を掴む力は緩まず、頬に衝撃が走る。頬を張られたのだと理解したのは、手を振り下ろした彼の姿がおぼろげに見えたからだ。
「やめて! 近付かないで!」
声がほとんど悲鳴のようになってしまった。これから何が起きるか、彼が何をしようとしているのか、ようやく悟る。
「ああ、そうやって怯えられるのは悪くない。アマータの反応にも最近は少し飽きてきたしな」
「…………!?」
そういえばアマータは言っていた。フィオーレがそこにいれば、アマータも助かるのだと。……アーグムのはけ口の身代わりになれと、そういう意味だったのだ。
「……わたくしはもう、殿下の婚約者ではありません! 婚約者であったとしても無体な真似をなさっていい理由などありません!」
「……こざかしい口は相変わらずだな。見てくれは少しはましになったと思ったんだが。あまり喋られると興ざめだ」
それなら、とフィオーレは必死に考えて言葉を続けた。どうにか興ざめさせたい。




