正体
エルサが笑顔で頷き、肯定する。
(え、えーと、えーと……)
じわじわと、フィオーレにも呑み込めてくる。厳しい王妃教育の励みになっていた友人が、会うのが楽しみだった彼女が……幼少時のソルクス殿下だった、ということが。違うところを探そうとするが、髪色くらいしか思い浮かばない。
(彼女はわたくしよりも少し年上で、大人びたところがあって、背が高くて……ドレスが完璧に似合っていたから少女ではないなんて考えもしなかったし……声変わりだってまだまだの年齢だったし……)
口数が少なくはあったが、子供らしい高い声だった。ドレスが似合っていて、完璧な美貌で、あれで少女ではないなんて、そんな。
(でも……頷けるわ。成長された今でもお美しいソルクス殿下だもの。ドレスでも着こなせそうなくらい。子供の頃はさぞやと思うもの……)
ぐるぐると考え続けるフィオーレに、エルサは思い出すように言った。
「フィオーレ様とお会いになるようになって、ソルクス殿下は明るくなられました。子供らしく、と申し上げてもよろしいかもしれません。その変化が殿下のお世話係の目にも明らかだったのでしょうね。プルーウィスの王妃殿下との書簡のやり取りでは、王妃は大切な息子に良い出会いがあったことをたいそうお喜びで、心を閉ざした息子が良い方向に変わってくれて本当に嬉しいと書かれていたようです」
「……ええ、それは……そうなるわね……」
母親としても王妃としても、息子の第一王子が立ち直ってくれたことを非常に喜んだだろうことは想像に難くない。王子には選び抜いた世話役をつけていただろうし、その者も王子の心を開かせるように心を砕いていたことだろう。それが、フィオーレとの出会いによって変わっていったのだとしても、子供同士の他愛ないやり取りで変化がもたらされたのであっても、喜ばしいことに違いはない。モンティスとプルーウィスの間で報告がやり取りされ、王子の変化は王妃の知るところとなったのだ。
問題は……その話に、なんだか心当たりがあることだ。部分的に既視感があることだ。
(王妃殿下は仰っていたわ。王子に良い出会いが……人生を変えるくらいの出会いがあったのだと……)
それはもしかして女性なのだろうかと思ってもやもやしてしまったのだが……そして女性というのは合っていたのだが……まさか、フィオーレ自身だったとは。
(そんなの……分かるわけがないわ……)
いや、必死に調べたら彼女の――彼の――正体に辿り着けたのかもしれない。そうしてほしくなさそうだからと、彼女の意向を尊重するかたちで調べずにいたのだが、それならそうと教えてくれてもよかったのに。
「でも、エルサ。わたくし、ソルクス殿下からその頃のお話を何一つ聞いていないの。そういえばわたくしが彼女の話をしたときは何かご様子がおかしかったけれど……名乗ってくださってもよかったと思わない? わたくしは彼女を探していたのに。ずっと会いたかったのに」
フィオーレが訴えると、エルサは困ったように応じた。
「フィオーレ様はお気づきではなかったのでしょう? でしたら、ご自分からはお話しになりにくいかと。でもいつかは明かしたいと思っておられたでしょうし、ご正体に繋がるようなヒントは出していらっしゃったのではないでしょうか?」
「ヒント……」
フィオーレは考え込み、ほどなくして結論を出した。
「あった、かもしれないわ。わたくしは彼女とお手紙のやりとりをしていたのだけど、その筆跡が……ソルクス殿下のご署名が……似ているような気がしたことはあったわ……」
言われてようやく思い出すような、ささいな引っかかりだ。書類の文章に、筆跡に、流麗なそれに彼女と似たものを見てはいた。だが、さすがに結びつかない。小さい女の子の――と思っていた――筆跡と、大国の第一王子の筆跡となんて。
(そういえば……彼女のイニシャルはSだったけれど……まさかソルクス殿下だとは思わないじゃない……!)
頭を抱えたくなる。長年探してきた彼女が、こんな近くにいてくれたなんて。
(近くに……ううん、違う。近くに……来てくださったんだわ。わたくしを助けてくださったんだわ……)
彼女がソルクスであるのなら、なぜほとんど初対面のフィオーレを助けようとしてくれたのかということの説明がつく。納得がいく。それなのに助けたフィオーレが自分の正体にいっこうに気付かないのなら、それは明かすのを躊躇いもするだろう。
「わたくしが鈍かったのね。申し訳ないわ。殿下はずっと傍に居てくださったのに……」
フィオーレの独白に、エルサは少し妙な表情になった。
「鈍かった、と仰る意味が少し違うような気がするのですが……」




