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朝食

 翌日の朝食もソルクスと一緒に取った。

 席の前に出されたのは飲み物とスープくらいで、パンはパン籠に、他のメニューも大皿に用意されていた。昨夜の晩餐で、出されたものを残してしまって心苦しく思っていたことを彼に気付かれていたらしい。必要分だけ取り分けられるようにと配慮してくれている。

(どうしよう……すごく、嬉しい……)

 じんわりと心の中から温かくなる。こんな風に気を遣ってもらった経験など、今までに一度もなかった。モンティスでは出されたものをマナー通りに食べるだけ、仕方なく残すときも心の中で謝りながら表情には出せなかった。マナーに反するし、表情に出したところで無意味だからだ。

 温かいスープを口に含み、美味しさと嬉しさを噛みしめる。ハーブが利いてすっきりとした口当たりのスープは起き抜けに嬉しく、控えめに入れられた燻製肉の塩気も相まって食欲をそそる。焼き立てのパンは香り高く、サラダの野菜は彩りと歯応えがよく、噛むと肉汁の溢れる燻製肉も美味しい。デザートのフルーツポンチまで頂き、フィオーレは幸せな深い息をついた。

 そこでようやくはっと我に返る。ついつい食事に夢中になっていたが、目の前にはこのプルーウィスの第一王子ソルクスがいたのだった。

 おそるおそるそちらへ目を向けると、彼は笑いを堪えるような、それでも愛しさを隠しきれない眼差しを返した。

(…………! 居たたまれない……!)

 夢中になって食べていたところを、たぶんずっと見られていたのだろう。それを思うと今更ながらに居たたまれない。ひたすらきまりが悪い。

「食事を楽しんでくれたようで良かったよ。食後のお茶をどうかな」

「……ありがとうございます。頂きます……」

 顔を赤くしてか細い声で返事をするフィオーレに、なぜかソルクスも少し顔を赤くした。どうしたのだろうかと首を傾げると、彼はとんでもないことを言い出した。

「どうしよう……君が可愛すぎる。しばらくは我慢しようと思ったのだけど、少しだけ味見させてくれない?」

「!?!?」

(味見って!? 味見って何!?)

 ソルクスは席を立ち、混乱するフィオーレの横に回った。座ったまま硬直しているフィオーレの唇の端を、そっと指でなぞる。

「…………!?!?!?」

 フィオーレはぴくりと体を震わせた。顔がいっそう赤くなる。彼の指はそれ以上に進もうとはしなかったが、そんなところを触られるだけで大混乱だ。

「君の唇はどれほど甘いのだろうな。桜桃のような唇がフルーツを食むさまを、シロップに塗れて艶めくさまを、私がどんな気持ちで見ていたかなんて……君には分からないだろうな」

「~~~~!?!?!?」

 切なげな吐息とともにそんなことを言われて、フィオーレの方ももういっぱいいっぱいだ。羞恥心が限界を超えそうだ。彼が何を言わんとしているかを全部きちんと理解しているとは言えないが、それでも伝わってくるものはある。

 自分が食べている最中……彼はどんなふうにこちらを見ていたのだろうか。気付かなくて幸いだったかもしれない。気付いたらその時点で何も喉を通らなくなっていただろうから。

 ソルクスの指は物欲しげにフィオーレの唇の膨らみの端を辿った。こんなことを許していいのかどうか、かなり怪しい……というか、間違いなくよくはないだろう。無理やりに口付けを迫られたり、胸や腰に触れられたりといった直接的で明確な無礼ではないが、それ以上に恥ずかしい。単なる無礼であれば撥ねつけて終わりだが、これは違う。彼の気持ちが、溺れそうなほどの熱が、否応なしに流れ込んでくる。それをどう捉えていいのか、フィオーレには分からない。

 そして……さらに不可解なことに、彼にこうやって見つめられるたびに、触れられるたびに、言葉を交わすたびに、懐かしさを感じるようになってきたのだ。大国プルーウィスの第一王子という身分の高さゆえに一歩引いていたのだが、そうした隔たりが薄れてくると、なぜか、忘れていたものを思い出すような感覚がしてきたのだ。

 フィオーレとソルクスは、あの舞踏会がほぼ初対面のはずだ。もちろん国内外の祭典などで互いに顔を見かけたりしたことはあったと思うが、言葉を交わしたのは――いや、フィオーレはまともに言葉を発していなかったから、交わしたとは言い難いが――あの場が最初だったはずだ。

 それなのに、なぜかソルクスはこんなにもフィオーレを気にかけてくれる。フィオーレの方も、何故だか徐々に何かを思い出すような感覚がしてくる。

(まともに会ったことなんて、ないはずだけど……)

 ソルクスの指が名残惜しげに離れ、ようやくフィオーレもまともにものが考えられるようになってきた。とはいえ、この状況の心当たりを思い出せたわけではない。

 詰めていた息を吐き、動揺を抑えようと胸の前で手を握る。その手が大きな手で上からさらに握られて、フィオーレは悲鳴を上げそうになった。心を落ち着かせるための仕草が台無しだ。

「頼むから、あまり私を煽らないでくれないか? 君のために我慢しているつもりなのだが……そういういじらしい仕草をされると理性が試されて仕方ない」

(わたくしに、どうしろと……!)

 フィオーレは内心で悲鳴を上げた。彼の理性を試すようなことなど何もしていない。そんなことを言ったらもはや手も足も動かせなくなる。

 いっぱいいっぱいなフィオーレと、そちらもそちらでいっぱいいっぱいなソルクスをも見るに見かねたのだろう。咳払いとともに助けが入った。

「殿下。この後もご予定が控えておりますので、そのあたりで……」

「…………ああ、そうだな」

 従者の言葉に救われた形でフィオーレは解放された。朝からとんでもなく疲れた気がして、ぐったりと椅子に身を沈めたくなる。

(朝から……ここに着いた次の朝からこれで……この先やっていけるの…………?)

 前途多難。モンティスにいた時とは別方向の不安に襲われ、フィオーレはしばし瞑目した。

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