旧友
「……どういう意味?」
眉をひそめてフィオーレは問うた。しかしアマータはまともに答える気がなさそうだった。
「そのうち分かるわよ。ああ、これだけは言っておくわ。ありがとう、って。あたし、少しはあなたに感謝しているのよ」
「…………?」
ますます意味が分からない。さらに不可解な表情になるフィオーレに含み笑いをし、アマータは部屋を出ていこうとした。
「あなたがそこにいてくれれば、あたしも、あなたの弟も助かるのよ。だから大人しくしておいてね?」
振り返ってそれだけを言い、今度こそアマータは戸を閉めた。
それからあまり間を置かず、使用人が部屋に入ってきた。フィオーレに水とパンなどを持ってきてくれたらしい。喉がからからで空腹でもあったのでありがたい。
(飲み物や食べ物を取らせずに弱ったところに交渉を持ち掛ける、とかの可能性も考えていたけれど……)
どうやらアーグムの狙いはそこではないらしい。アーグムの近くに置かれているパルセノや、アーグムに近しいアマータがここへ来たことから、この監禁の黒幕がアーグムであることは間違いないだろう。彼の狙いが何かは分からないが、フィオーレが関係していることだけは確かだ。フィオーレに対する駒として留め置かれているパルセノを、フィオーレの代わりに解放してもいいと言うくらいには。
考えつつ水を手に取ろうとして、フィオーレは瞬いた。水と食べ物の盆を持ってきたメイドが被り物を取って顔をあらわにしたのだが、彼女の顔に見覚えがあったのだ。
「あなた、もしかして……エルサ?」
「ええ、そうです。フィオーレ様」
泣き笑いのような顔でメイドは応えた。
フィオーレよりも少し年上の彼女は、フィオーレがまだモンティスで暮らしていた頃に仲良くしていたメイドだ。アーグムから押し付けられるあれこれをこなしていくには使用人たちの協力が不可欠で、彼ら彼女らの労働環境を改善しつつ協力してもらい、持ちつ持たれつの関係にあった。
エルサは声をひそめて言った。
「わたしをここに遣わしたのはアーグム殿下です。でも、殿下のもとにはフィオーレ様がいらした頃の使用人がほとんど残っていません。殿下は人使いが荒くて、人を人とも思っていなくて……。いえ、そういうのが普通なのかもしれませんが、フィオーレ様のなさりようを知っているわたしたちにとってはあまりに違いすぎて……」
そこまで言い、エルサははっと気づいてフィオーレに水を勧めた。話を聞く姿勢になっていたフィオーレは手が止まっていたのだが、喉が渇いているのは確かなのでありがたく飲ませてもらった。
飲みながらエルサの話を聞いていくと、フィオーレが整えた使用人たちの労働環境が第一王子アーグムの元では元に戻ってしまったが、代わりに第二王子イリストがフィオーレのやり方を引き継ぐ形で使用人ごと引き抜いていったのだという。エルサもイリストのところへ行ったが、フィオーレが戻ってくると聞いて、アーグムがなぜかフィオーレに――一度は自分から婚約破棄を突き付けた相手に――関心を持っているようだったので、もしかしたら何かあるのではないか、何もなくてもフィオーレに付けてもらえるかもしれない、そう思ってアーグムのところに一時的に戻っていたのだそうだ。
「フィオーレ様に何事もなく、お世話させていただければと思っていたのですが……こんなことになってしまって……」
「いえ、エルサが来てくれたのは心強いわ。いったいアーグム殿下はどういうおつもりなのかしら」
水を飲み終え、パンをちぎって頂きながら尋ねる。パンは特に良いものでも悪いものでもなさそうで、アーグムはこちらを持て成すつもりはないだろうが嫌がらせをするつもりもなさそうだ。空腹のおかげで単なるパンがすごく美味しい。
エルサは少し沈黙し、慎重に答えた。
「…………明確に聞いているわけではございませんし、勘違いかもしれないのですが……いえ、それはともかく。殿下はなんとかフィオーレ様をソルクス殿下と婚約破棄させたいと思っておられるようです」
「…………また? ……いえ、ソルクス殿下と別れさせられようとするのは初めてだけど……」
婚約破棄、と聞いた瞬間の率直な感想がそれだった。またか、と。そもそもフィオーレがソルクスと婚約することになったきっかけが、アーグムとの婚約破棄だったというのに。しかも彼から一方的に突き付けられたものだ。
(それを、また……今度はソルクス殿下と婚約破棄させたいと? ご自身の都合で周りを振り回しすぎでは……?)
フィオーレ一人なら、モンティスよりも格下の小国ロージアの公女だけなら、彼の意向は何の問題もなく通っただろう。だが、大国プルーウィスも絡んでくるとなると話は別だ。
「……わたくしを説得してソルクス殿下と別れさせようとしているのかしら。そういえば、パルセノが気になることを書いていたの。ソルクス殿下は信用できない、って……」
ソルクスは信用できないから知らせるな、という言葉を鵜吞みにしてしまって、その言葉の意味が気になって、フィオーレはおびき出されてしまった。だからあれはパルセノの方便か、それか誰かの入れ知恵かと思っていたのだが、違うのだろうか。
「ソルクス殿下、ですか……」




