筆談
「珍しいね、君が一緒に来ないなんて。もしかして具合が良くないのかな?」
ソルクスがフィオーレを心配そうに覗き込んだ。
翌日の朝食の席で、ソルクスが今日の予定を話したのだが、フィオーレはそれに同行しないと言ったためだ。ソルクスはアーグムに近しいモンティス貴族のところを尋ねる予定を立てており、いつもならフィオーレも状況打開の手がかりを求めて同行するところだ。彼の不審はもっともだ。
フィオーレはつとめて笑顔を浮かべた。
「具合は大丈夫です。体調は何も問題ないのですが……少し心が疲れてしまって。今日は無理せずゆっくり休もうかと」
体調は問題ないと言ったのだが、ソルクスの表情は心配そうだ。親身に心配してくれる様子に心が揺れる。
彼の心配は心からのものに見える。いつだってそうだ。彼はずっとフィオーレに気持ちを向けてきて……その気持ちだけは本物だと、ずっと信じてきた。そう思ってきたのだが……目が曇っていたのかもしれない。少しずつ積み上がった疑念が、端々で心をよぎった言葉にならない違和感が、彼がフィオーレに黙っているらしい色々なことが、彼とイリストの結びつきが……フィオーレがアーグムの王位継承を阻む駒になりうる状況が、フィオーレに彼のことを疑わせている。
(その心配も……ふり、なの?)
心がぐちゃぐちゃだ。思い出されるのは、パルセノの言葉だ。――彼は信用できない。
その言葉が、さらにフィオーレの心を揺らしている。
ソルクスへの疑念を吞み込めれば、目を背けられれば、これまで通りに何も問題なくソルクスの傍にいられるのだろうとは思う。たとえ表面上だけだとしても、彼がフィオーレを大事にしてくれているのは間違いないのだから。
(でも……それは、できない)
このまま何も知らず、何も気づかないふりで、彼の傍に居続けることはできそうにない。ずっとこのまま、もやもやを抱えたままではいられない。
ソルクスについて、パルセノは何かを知っているのかもしれない。何を思ってあの言葉を書いたのか、それが知りたい。彼を助けるためにも、彼に会いたい。――ソルクスには知らせず、一人で。
「本当に大丈夫です。その……体調は問題ないのですが、毎月のことで……少し、しんどくて」
「……! すまない、気が回らなかった。体を冷やさず、ゆっくり休んでいてほしい」
フィオーレの言葉に、ソルクスは顔を赤らめて追及を打ち切った。
(殿下、ごめんなさい……)
突っ込みづらい嘘をついたことを心の中で謝る。
朝食を終えてソルクスを見送り、フィオーレは行動を開始した。部屋にいたメイドを呼び、尋ねる。
「あの、ちょっといいかしら。肩くらいまでの黒髪で、青い目をした背の高いメイドのことを知っていて? 昨日、わたくしの部屋にハンカチを落としたみたいなの。渡したいから呼んできてほしいのだけど……」
「まあ! きっとアンのことですね。私から渡しておきますので、お預かりいたします」
「いえ、大丈夫よ。ハンカチの刺繍のモチーフについて少し聞いてみたいし、お話ししたいわ。お仕事中だから駄目かしら?」
「いいえ、姫様の御用以上に優先する仕事なんてありませんので。呼んでまいりますね」
「お願いね」
自然な微笑みを心掛けながら、フィオーレは内心で罪悪感と戦っていた。
(うう……嘘を重ねるのってしんどいわ……)
害のない嘘だとは思うが、心に来る。
(もしかして……ソルクス様も、そうだったりする……?)
言えないことを言えないと濁す彼の態度は、嘘をつくよりも誠実なのかもしれない。そういった態度はフィオーレの疑念を招くと分かっていたはずだが、それでも彼はその場しのぎの嘘をつこうとはしなかった。
そんな彼を、こんなふうに嘘をつく自分が疑うことが間違っているのかもしれない。もやもやと考えるフィオーレのところに昨日のメイドがやってきた。フィオーレにパルセノからの伝言を渡したメイドだ。
「ハンカチを拾ってくださって恐縮です。姫様のお手を煩わせてしまって申し訳ありません」
アンという名らしいメイドは頭を下げた。
もちろんハンカチの話は嘘だ。彼女は何も落としていない。だが話を合わせてくれたことで、彼女もフィオーレの意図を察していることが伝わった。
「いいえ。今、取ってくるわね」
「私も参ります」
フィオーレの目くばせに、アンは意図を察した。人の来ない方に移動し、フィオーレは枕元の小さな机の引き出しを開けた。中からハンカチではなく筆記具を取り出す。人払いをするのは不自然だから、筆談で意思疎通をするためだ。天蓋を自然に垂らして人目を隠す。
「この刺繍のお花だけど、モチーフって……」
適当に雑談をしながら、フィオーレはペンを走らせた。色々と聞きたいことは多いのだが、第一はこれだ。パルセノの居場所を知っているのか。
フィオーレの問いに頷き、アンも雑談に付き合いつつ紙に返答を綴った。




