心境
(まずい……)
アーグムは焦っていた。舞踏会でアマータを相手にひたすら踊ったが、一時の気晴らしにしかならなかった。アマータの美しさを見せびらかし、彼女を手にした自分をこれ見よがしに見せつけようとしたのだが、周りの反応は芳しくなかった。
どれもこれも、フィオーレのせいだ。
あんなにつまらない女はいないと思っていた。自分の妃には到底ふさわしくないと。だから舞踏会の賓客たちの面前で振り、貶め、嘲笑った。それでもどうせあの女に行くところなどない。ロージアに戻るわけにもいかない。だからこちらに頭を下げてモンティスに居続けるだろう。そうした低姿勢でいればこちらも置いてやらないこともないし、面倒事を任せてやってもいい。王子の用を果たせるなら光栄だろう。……そんなふうに思っていた。
だが、なぜか横槍が入った。プルーウィス第一王子ソルクスが、捨てられたフィオーレを拾ったのだ。
まったく訳が分からなかった。だが、あの場の成り行きでフィオーレを手放さざるを得なくなった。
別に構わない。その時はそう思っていた。手駒が減るし、自分の思い通りにいかなかったのは癪だが、あのお堅いなりのつまらない女の顔を見ずに済むようになるのならそれはそれで結構なことだと。
しかし、それが大間違いだった。あの時を境に、アーグムの立場は、評判は、未来は、暗いものになっていった。煩わしくつまらない作業ばかりが増え、しかもそれらがアーグムの評判をどんどんと落としていく。フィオーレがいた時なら彼女に押し付ければ話はそこで終わったのに。
だから、アマータの助言を受けてフィオーレを呼び戻した。再び自分の手駒として利用するために。
もちろん、ただ呼んだだけで来るとは思っていない。癪なことだがあの女はプルーウィス第一王子の婚約者として、プルーウィスに滞在していたのだ。モンティスからは手の出しようがない。
だから彼女の家族を……弟を利用した。血の繋がった弟で、ロージア公国の世継ぎという重要な立場にある少年。フィオーレを動かすのにこれ以上ない餌だ。家族としても、ロージア公女としても、彼を動かされたら黙ってはいられないだろう。
目論見は当たった。フィオーレは弟という餌につられて、まんまとモンティスへと戻ってきた。……戻ってきたらこちらのものだ。プルーウィスには返さない。教育を施された彼女の能力と、彼女の背負うロージア公国、どちらもがアーグムの王位継承の踏み台になるのだ。
(しかしあの王子も、脇が甘い。婚約者の家族に目配りをしていないなど……底が知れる。それともやはり、フィオーレは本命ではないのか? ……今のあの女なら、悪くはないと思うのだが……)
アマータを見せびらかそうとして上手く行かなかったのは、フィオーレがあの場にいたせいだ。プルーウィスで磨かれた彼女は見違えるように美しくなっていた。最初からああだったら自分も彼女を手放そうなどとは考えなかっただろう。
プルーウィスで何があったのか、それとも何もなかったのか、それはアーグムの知るところではない。女性は美しければそれでよく、フィオーレがあの王子のものになっていようがいまいが、奪い取るだけだ。
(しかしあの王子も……分からん。ラーラを遣わしたし、二人の間に疑念を植え付けろと言いつけておいたのだが……どの程度うまくいったのやら。まあラーラのことは保険だ。本命は、あいつの弟の方だ)
ロージア公子パルセノは、いささか生意気な少年だった。自分の立場を分かっていないわけではないだろうに、こちらに反抗的な眼差しを向ける。その生意気さが姉に似ていないようで似ていて、よけいに神経をささくれ立たせる。気に入らないが、役割のある駒だから傍に置いているのだ。生意気な少年の鼻っ柱を折ってやるのも退屈しのぎにはなる。
パルセノを使ってフィオーレを動かそうとした矢先……イリストが、表舞台に出てきた。
これはまったくの計算外だった。今まで万事控えめで兄を立てていた弟が、目立つ形で舞踏会に出席したのだ。しかもフィオーレとソルクスに近付くという大きすぎるおまけ付きで。
アーグムが失墜した立場から返り咲こうとしているところに、思い切り水を差す形で弟王子が出てきてしまった。しかも、アーグムが呼び寄せたフィオーレと、ついでにソルクスに近付く形で。これでは彼女を何のために呼び戻したのだか分からない。自分の手駒になるはずの彼女が、なぜか対抗馬に接近しているという状況だ。
そう、対抗馬だ。大人しかったイリストは徐々に存在感を増し、今やアーグムの王位継承を脅かしている。
(まずい……)
アーグムは焦っていた。




