疑念
フィオーレの心配をよそに――というか心配を軽々と飛び越えるように――二人のやりとりは続いた。口調は気安いが内容は気安いどころではない。ひたすら、はらはら、ひやひやしながらフィオーレは置物に徹していた。
そんなフィオーレの胸中を知っているかのようにイリストがこちらを振り向いたので、思わずびくりとする。彼は微笑したまま言った。
「自分が聞いていて大丈夫なのか、という顔をしているね? でも、これは貴女にも関わりのある話だ。僕が兄を追い落とさなければ……貴女も危ういのだから」
「え……? ええ、それはもちろん、わたくしはソルクス様の婚約者ですから……」
そのソルクスがイリストと結んでいるのだから、アーグムがこのまま王位に就いたらフィオーレにとっても間接的に不利益になる。フィオーレは頷いたが、イリストは首を横に振った。
「そういうことじゃないんだ。兄は貴女を自分の手元に戻そうとしている。貴女個人の能力を利用しようとしているのみならず、貴女を通してロージア公国への影響力を強め、それを自分の功績として喧伝しようとしている。自分が、王にふさわしいと示すために」
「本当に、ふざけた話だ」
ソルクスが吐き捨てるように続けた。
「君を手放しておきながら、失ってはじめて失ったものの大きさに気付いたらしい。君がいたから周りの物事がうまく回っていて、王位継承権も持ち続けられていたのに」
「……わたくし、そんな重要な立ち位置では……」
フィオーレは言いかけ、ふと言葉を止めた。
(ちょっと待って……? ソルクス様はイリスト殿下と前々から繋がっていたのよね。イリスト殿下を王位につけたいというお考えだったのよね。そのソルクス様が、アーグム殿下の婚約者だったわたくしを……捨てられたところを拾ってくださった……見方を変えれば、横取りのようなタイミングで……)
フィオーレが彼らの言うような重要な立ち位置にあったのなら、アーグムの王位継承を阻止するためにフィオーレを奪うのは必要な行いだったはずだ。そう、気付いてしまった。
(……そもそも、おかしかったじゃない? 捨てられたわたくしを、大国の王位継承者が婚約者に求めるだなんて……)
それが、隣国の王位継承問題に干渉するためだったのだと言われれば、確かにと納得してしまえる。フィオーレ自身を求めたのだと言われるよりもよほどしっくり来る。
(わたくし、目が曇っていたのかも……)
ソルクスと初めてまともに顔を合わせた舞踏会の時、彼は絶対に自分を裏切らないと根拠もなく思ってしまった。モンティスに来る馬車の中で、ソルクスがなぜフィオーレを好きになったのか説明できなかったことに不審を覚えながらも、彼の気持ちそれ自体は疑わなかった。……盲目だったのかもしれない。
その可能性に思い至ると、思いがけず胸が強く痛んだ。これでもかというソルクスの愛情表現を本物だと信じて……嬉しく受け取ってきてしまったせいだ。慣らされてしまっていたのだ。……偽りだとも知らずに。
(なんだ、そういうことだったの。分かってよかった。すっきりしたわ。……)
「フィオーレ?」
心の痛みを押し殺そうとするフィオーレの様子がおかしく見えたのだろう、ソルクスが案じるように声をかけた。フィオーレは努めて笑顔を返した。
「すみません、ちょっと考え込んでしまって。お話の邪魔をしてしまってごめんなさい。どうぞお続けになって」
「……? まあ、君がそう言うなら。とにかく、モンティスの第一王子には注意してほしい。私ももちろん注意するが、君をあんな男のもとに返すなんて絶対に承服できないからね」
(アーグム殿下の王位継承を阻むために、せっかく奪った駒だものね)
そう思ったが、もちろん声には出さない。心の中に留めておく。
その後もソルクスとイリストは話を続けていたが、フィオーレは内心で物思いに沈みながら言葉だけを追いかけていた。アーグムがどうの、既得権益層がどうの、どの家の誰がどんな考えだの、モンティスで長く学んでいたフィオーレの脳内では情報が勝手に引き出されて結びついていくが、それがどこか他人事のようだ。王妃教育を施されたフィオーレは一貫して政略の駒で、最初はアーグムの手にあり、それがソルクスの手に渡った。それだけのことだったのだ。
やがて二人は話を終えたらしく、ソルクスは辞去の言葉を述べて立ち上がった。フィオーレもそれに倣う。
イリストは微笑で二人を見送ったが、その際、フィオーレにこんな言葉を投げかけた。
「くれぐれも、ソルクスには気を付けてね。こう見えて……というか見た目通りかもだけど、重い男だから」
「おい、聞こえてるぞ。フィオーレに余計なことを吹き込むな」
「……ご忠告、ありがとうございます」
このやりとりもきっと、フィオーレをソルクスに繋ぎ止めるための茶番なのだろう。そうと分かっていても乗らざるを得ない。あのアーグムの元に戻るよりは、まだソルクスのところにいる方がましだ。……心の痛みを無視さえすれば。
言葉が上滑りするような感覚を覚えつつ、フィオーレは礼をして部屋を出た。




