社交
その言葉はもちろん、近くにいる人々にも聞こえていた。この場での会話ではなく、私的な場で話そうという誘いだ。もちろん立ち話ではなく、彼の部屋なりに招かれるということだろう。
今まで表に出てこなかったモンティス王国第二王子が、プルーウィス王国第一王子とロージア公女を招き、繋ぎを作ろうとしている。その状況が、辺りをさらにざわつかせていた。
それはアーグムにも伝わった。踊り終えたらしい彼はずかずかと歩いてくると、弟を尊大に睨みつけた。
「どういうつもりだ、イリスト?」
「兄上の代わりに、モンティス王国のために、お二方と親交を深めておこうとしているのですよ、兄上」
「む……? 俺の代わりに……?」
「そうです。それとも、私ではなく兄上がなさいますか? 兄上に動いていただくようなことではないと思ったのですが……」
イリストは兄の顔を立てながら控えめに述べた。アーグムはそれに納得し、満足したらしかった。
「確かに、俺がわざわざするようなことではないな。良きにはからえ、イリスト」
「承知しました」
アーグムはイリストの言葉に頷き、フィオーレとソルクスに忌々しげな視線を送って立ち去った。
(わたくしたちもむしろ助かったわ……アーグム殿下と私的な場で話したくはないし、話してろくなことになるとも思えないし。それよりもイリスト殿下とお話しさせていただいて、いろいろ伺ってみたいわ。今のモンティスをどう思っているのかとか。ロージアに対する考え方も知りたいし……)
フィオーレは胸を撫で下ろし、イリストにちらりと視線を向けた。彼はそれに気付き、少し笑みを浮かべて礼儀正しく視線を返した。
その振る舞いに、フィオーレは感心すると同時に内心で首を傾げた。
(兄の陰に隠れて、兄を支えている第二王子、と聞いているけれど……こうした場での振る舞いが堂に入っているみたい。あまり表に出てこられなかったはずなのに、緊張したり気後れしたりはしておられないみたい……)
まるでこれまでにも要人たちを相手に場数を踏んだかのようなこなれ方だ。それに、アーグムを相手にしたときの落ち着いた捌き方も。周りの人たちから、兄よりも王位継承者にふさわしいのではと言われながらも舞い上がったりせず、謙虚に兄を立てる姿勢も。
(……噂通りの方ではないのかもしれない……)
内心で身構えたフィオーレに、イリストは底の読めない笑みを返した。
その後の舞踏会では、特に目立った出来事はなかった。ソルクスはずっとフィオーレの近くにいてくれて、二人で少し踊ることもあった。アーグムの近くに侍らされている弟のパルセノがちらちら見えるので心から楽しむとまではいかなかったが、それでもソルクスに引き寄せられるとどきりとしたし、華やかな外見からは想像がつかないくらい力が強くて動揺したりもした。動揺したせいで足がもつれたフィオーレを危なげなく支えてさらに動揺させるところまでが一続きだった。
フィオーレがアーグムの婚約者だった頃はロージア公女としての立場が軽かった――ほとんどモンティスの付属物のように思われていて、アーグムから軽視されていたこともあってフィオーレ個人を見てくれる人は少なかった――のだが、ソルクスの婚約者として戻ってみると、打って変わって尊重されて驚いた。モンティス王子の婚約者としてのロージア公女は国内の一貴族の娘にも劣るくらいの扱いだったが、いちどモンティスから離れてみると、プルーウィス王子ソルクスの立場もあってのことだろうが、ロージア公女を一国の姫君と扱ってもらえているのだ。
そればかりではなく、先ほどのソルクスとのダンスを褒めてもらえたり、フィオーレを個人として見てくれる人も意外なほど多かった。これからはもっと正当に評価されていくはずと言ってくれたソルクスの言葉が、早くも現実のものとなってきている。
モンティスで、フィオーレはきっと本当の意味では初めて、ロージア公女として――モンティスやアーグムのためではなく、フィオーレとして――動けている。賓客と挨拶をして、会話をして、社交ができている。
「ありがとうございます、ソルクス様」
「ううん、こちらこそ。私は何もしていないし、それは君の頑張りだよ。私も驚いているのだけど、私たちの婚約に眉を顰めるような人もいないね。すんなり認めてもらえているのはすごく嬉しい誤算だけど」
プルーウィスは大国だ。その大国の王子が、小国の公女を婚約者としたのだ。それからしばらくプルーウィス国内にいて、また国外に出てきている。このタイミングで、フィオーレに嘲笑や嫉妬などが少なくとも表立って向かっていかないのは、たしかにありがたいことだ。ソルクスはそこまで考えてフィオーレの傍にいてくれて、守ろうとしてくれていたのだということにも、今更ながら思い至る。
「色々と……ありがとうございます」
「どういたしまして、かな? こちらこそ、君にはいろいろと助けられているからね。……本当に、色々と」
「…………?」
その言葉の含みを追及するタイミングもなく、舞踏会は終わった。
イリストの侍従が、二人を案内する。




