姉弟
「聞いた? 私たちのことを肩書だけで呼んで、婚約者とは説明しなかったね。間違ってはいないけれど、意図も感じられるな……」
歩きながら、ソルクスが独り言めいて小さくフィオーレに囁いた。フィオーレは瞬いて頷いた。
「確かにそうですね。どういう意図があるのでしょう? わたくしがまだプルーウィスと縁が浅いのだということ強調しているのでしょうか。わたくしや弟はモンティスの手のうちだと……」
「ちょっと近いような、ちょっと違うような気もするかな。そういう発想にしかならないのは……君は本当にいい子だね」
「え!?」
ソルクスがとろけるように甘く微笑みかけた。破壊力抜群の笑みを直視してしまったフィオーレは思わず顔を赤くしたが、それで済んだのはまだましな方だったらしい。周囲にいた女性たちが、自分に向かって微笑みかけられたのではないのに、悲鳴を上げて倒れていったのだ。もはや凶器にも等しいが、本人は涼しい顔だ。
それどころか、ソルクスはフィオーレの手をも取った。
「私たちが婚約者どうしだということを、きちんと示しておかないとね」
指を絡めてしっかりと手を繋ぐ。周りに見せつけるように。婚約者どうしなのだと声高に主張するように。
(ソルクス様なりの意図があるのでしょうけれど……ちょっとやりすぎでは……!?)
そうは思いつつも、まさか振り払うなんてことはできない。抗議を込めて視線を送ると、先ほどよりもさらに甘い笑みが返ってきた。そしてまた周囲で悲鳴が上がる。
その視線から逃げるようにして顔を横に向けると、少し離れたところからこちらを見ていたらしいアーグムと目が合った。彼は忌々しげな表情をしていたが、フィオーレと目が合った途端、対象を物色するような表情でにやりと笑った。フィオーレは思わずソルクスの手を握り締めた。
(こちらに欠片も関心を向けられていなかった頃とは全然違うけれど……歓迎すべき変化とは言えないわ……)
怖気をふるいながらつくづくと思う。王妃教育の忙しさや、堅い格好、そういったものにある意味で守られてきたのかもしれない、とふと考える。
そのアーグムの横には、赤みを帯びた金髪が美しい小柄な少年がいた。ほとんど初対面のようなものだが、すぐに分かった。あの少年が弟のパルセノだ。姉の贔屓目かもしれないが、気品のある顔立ちをしている。
パルセノは表情が硬い。アーグムからあまり離れられないらしく、嫌そうにしながらもそこにいる。しかし体調には問題がなさそうな様子ではあるのでフィオーレは安堵した。
「あの子が君の弟だね。君に似ている」
ソルクスも気付いた。そしてソルクスとフィオーレが気付いたことに、アーグムも気付いた。わざとらしくパルセノの肩を抱くと、パルセノの表情が分かりやすく歪んだ。
フィオーレははらはらしながら思った。
(やっぱり、待遇はよくなさそう……それはそうよね、モンティスはロージアを蔑視する気風が強いのだもの……)
その筆頭がアーグムだ。その両親たる国王夫妻もロージアを自分たちの持ち物のように捉えており、周囲に集う人々もその価値観を共有している。ロージアの世継ぎである彼がそうした人々の間で揉まれているのかと思うと気が気ではない。自尊心も愛国心も心配だ。パルセノはまだ、その心を固められるほどの年齢になっていない。
(お願い、もう少しだけ頑張って……! なるべく早く、助けてあげるから!)
どうやればいいのか見通しすら立っていないが、とにかく相手の意図を見極めたい。こちらをどうしようとしているのか、なぜフィオーレを呼び戻したのか、ということだ。呼び戻して終わりということは考えにくいから、パルセノをだしに次の要求をしてくるだろうと思う。それに対応できるように、心構えをしておかなければ。
焦りを押し殺し、フィオーレは今一度パルセノに目を向けた。
静かにゆっくりと流れていた音楽が変わり、ダンスの時間が始まった。壁際に並ぶ楽師たちが楽しげな音楽を奏で始めた。
その途端、ソルクスは大勢の令嬢たちに囲まれてしまった。フィオーレが弾き出されるほどの勢いだ。
(ここまでとは思っていなかったけれど、納得はできるわ……)
フィオーレは苦笑しながら思った。
ソルクスは大国の次期国王で、立場や身分だけでなく容姿も優れており、頭脳も明晰ですでに自国で色々と結果を出している。モンティスの第一王子アーグムとは比べるのも申し訳ないほどだ。フィオーレという婚約者がいようがいまいが、彼に近づきたがる令嬢たちは後を絶たないだろう。
しかしソルクスは令嬢たちの誘いを丁重に断り、フィオーレの方に来ようとした。
(わたくしは大丈夫だから、彼女たちの相手をしてあげて)
フィオーレは首を横に振って彼を止めた。
そもそも彼は、この舞踏会にはフィオーレの付き添いで参加してくれているのだ。パルセノと会いたい、彼を助ける糸口をつかみたいというフィオーレの都合で出席してもらっているのだ。
その彼を、必要以上に自分の傍に留めておくのは申し訳ない。舞踏会は人脈を広げる機会でもあるのだし、その邪魔はしたくない。彼にとっても利益のある機会になってほしい。
だからフィオーレは遠慮した。
(わたくしは大丈夫、だからどうぞ踊っていらしてください)
フィオーレは彼に目線を送った。




