招待
庭でのそんな一幕があって、ソルクスは具合が悪いのではないかとフィオーレは案じたのだが、彼の足取りはしっかりしていた。顔の赤みはなかなか引かなかったが、それ以外は問題なく元気そうだった。
プルーウィスよりもモンティスは少し暑いので、そのせいかもしれない。本人が大丈夫だと言うので、そして無理もしていないようなので、本当に大丈夫なのだろう。フィオーレは胸を撫で下ろし、長い話をしてしまったことを反省した。
モンティスへ来るまでの馬車の中で、フィオーレは自分の中のもやもやとした思いを彼にぶつけて空気をぎこちないものにしてしまったが、それも薄れてきた。ソルクスの側はなにやら言うに言えないというもどかしさがあるようで、フィオーレも彼の想い自体は疑っていない。想われている理由が分からなくて不安なのだが、それは自分の側の問題でもある。フィオーレの弟を助けるためにモンティスへ一緒に来てくれたことを心からありがたく思うのも本当なので、もやもやはいったん考えないことにする。
考えるべきことは、他にもっとある。
「招待状、ですね……」
庭の散策から戻った二人のところへ、舞踏会の招待状が届いていたのだ。しかも差出人が、あのアーグムだ。
「行くしかないだろうな。これは返答なのだろう」
ソルクスが言った。フィオーレも同感だ。
モンティスに着いてアーグムと顔を合わせてから、フィオーレはさっそく彼に要求をしていた。パルセノの無事を確かめたいから会わせろと、言葉を選びながらそのようなことを求めたのだ。おそらくはこれがその返答だ。
招待状の形式や文面はごく一般的なものだ。それを確かめながらフィオーレは言った。
「ソルクス様やわたくしを私的な場でパルセノに会わせるわけにはいかないけれど、会わせないわけにもいかないという判断なのでしょうね。あまりひどい扱いを受けていないといいのだけれど……不自由していないかしら……」
彼を案じるフィオーレに、ソルクスは腑に落ちない表情になった。
「君はそんなに弟と親しかったの? 君がひとりでモンティスで頑張っていたときに、何も助けてくれなかった家族なのに? 君の方は、家族を、ロージアを救おうと一人で戦っていたのに……」
彼が不快感をあらわにするのはフィオーレのためだ。そうやって見ていてくれる人がいるということがすごく嬉しい。認められたくて頑張っていたわけではないが、認められると、心が温かくなる。
フィオーレがモンティスで孤立無援だったことを、ソルクスは知っているのだ。まあ、あの舞踏会の様子を見たら一目瞭然ではある。フィオーレの味方と呼べる者は使用人たちばかりで、その彼ら彼女らもロージア人だというわけではなかった。舞踏会のような場で当てにするわけにもいかず、孤軍奮闘していた。
「親しかったとは言えませんが……そもそも弟は、わたくしの顔すらほとんど覚えていないはずです。わたくしがロージアを出たとき、弟はまだ物心がつかないような幼子でしたから。そんな彼に、しかも年少の弟に、助けてほしいなんて求めませんし」
「それにしても……成長したら姉の心配をしたりするものだろうに……」
ソルクスは納得いっていないようだが、フィオーレは苦笑して首を横に振った。本当に、そこまでのことは求めていない。彼はロージア公国の世継ぎとして成長しているのだし、健やかでいてくれればいい。その彼を早く本来の居場所に戻してあげるためにも、アーグムとの間に片をつけなければ。
招待状を見下ろして、フィオーレは決意を新たにした。
そして舞踏会の日。
(なんだか、既視感にめまいがしそうだわ……)
会場は、フィオーレがモンティスで最後に出席した舞踏会と……婚約破棄された舞踏会と、同じホールだ。フィオーレはまたしてもそこで、アーグムと対峙することになる。
だが、フィオーレもあの時とは異なる。無力な、味方のいない自分ではない。傍らにはソルクスがいてくれるし、フィオーレの頑張りはプルーウィスで認められた。自分が学んで行ってきたことが間違いや無駄ではなかったのだと認められて自信になった。
ソルクスが微笑んで手を差し出す。その手を取って、フィオーレは会場へと足を踏み入れた。
「プルーウィス王国第一王子ソルクス殿下、ロージア公国第一公女フィオーレ殿下、ご入場です!」
名前を読み上げる声が会場に響くと、一瞬、しんと沈黙がおりた。しかしその直後、どよめきが沸き起こる。
フィオーレは王妃とソルクスが見立てたドレスを纏っている。咲き乱れる花々をモチーフにしたものだ。プルーウィスで生活が改善し、侍女のルミたちに磨き上げてもらったこともあり、フィオーレの様子は婚約破棄されたみじめな時とは天と地ほども違っている。自分に似合うドレスに身を包み、髪もゆるやかに靡かせるようにして化粧も初々しく控えめに施したフィオーレは、会場の人々の目を奪っていた。
傍らのソルクスは言わずもがなだ。フィオーレの暖色を散らした華やかな色合いとは対照的に、彼は深い緑を基調にした宮廷服に身を包んでいる。だが、その落ち着いた色合いがかえって彼の華やかな美貌を際立たせていた。
まるで二人が場の主役であるかのように、周りの人々が自然と道を開ける。ソルクスはフィオーレをエスコートし、堂々とその中を進んでいった。




