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少女

 人影を認めて、フィオーレは思わずぎくりとした。自分だけの秘密の場所が侵されたように思ってしまったのだ。人影は小さく、庭師ですらなかった。

 しかし、戸惑いも一瞬のことだった。すぐに驚きに塗りつぶされた。そこにいたのは花の精かと見紛うような美しい少女だったのだ。フィオーレよりも少し年上と見えた。

 表情がほとんど動かないことも少女のその印象を強めていた。妖精か、それとも人形か……非現実的な、作り物めいた美しさだった。

 少女もこちらに気付いた。表情はほとんど変わらなかったが、向けてくる視線だけが雄弁だった。それは世辞にも友好的とは言い難いもので、こちらを拒絶する意思だけは明確だった。来るな、黙って立ち去れ、そんなふうに言われていると錯覚するほどだった。

(この場所をゆずるのは構わないのだけど……)

 フィオーレは少し迷った。出て行けと頭ごなしに怒鳴られたりしたら反発を覚えただろうが、少女の態度はまるで人を威嚇する猫のようで、自分の身を守ろうとする野生動物のようで、怒る気になれなかったのだ。

 しかも少女はなぜか、ひどく張り詰めたような様子だった。緊張していて、いまにも壊れそうで、このまま放っておくのが躊躇われた。

 フィオーレは迷って、口を開いた。

「わたくしがこの場所を見つけたのは二年前よ。あなたはいつ?」

 少女は戸惑ったように瞬いた。名前も聞かず、怒りもせずに話し始めたフィオーレに対応しかねたようだった。

「きっと最近なのでしょう? もしかしたら今日なのかも。とにかく、わたくしの方が先にここを見つけたのだから、わたくしもここにいていいでしょう?」

 少女の姿をモンティス城内で見かけたことはない。こんなに目立つ容姿なら印象に残っているはずだし、話題に上ったりもしていたはずだ。だからごく最近ここへ来たのだろうと見当をつけた。

 少女は歓迎しない様子だったが、フィオーレを無理に追い払うこともしなかった。面倒だと思ったのか、そこまではしないということなのか、それとも他の理由があったのかもしれない。

(追い払われなかったのだから、いてもいいということよね)

 都合よく解釈し、フィオーレは少女から適当に距離を取って座り込んだ。煉瓦塀に背中を預け、持ってきた本を広げる。勉強のためのものではなく、娯楽用の読み物だ。少女のもの言いたげな視線を感じたが、気にせずに読み進めていくと、そのうち視線も気にならなくなった。

 しばらく夢中で読み進め、章が終わったところでフィオーレの意識が現実に戻ってきた。喉の渇きも感じる。バスケットから水筒のお茶とクッキーの缶を取り出すと、視界に見慣れないドレスの色が映った。そういえば人がいたのだとようやく思い出す。

 そちらに目を向けると、先ほどよりも更にもの言いたげな様子になった少女と目が合った。琥珀色の瞳がこちらを見返している。

「あなたも食べる?」

 クッキーを差し出すと、少女は強張った顔になった。食べたいのかと思ったのだが違うらしい。

「人間のものを食べないのなら、もしかしてあなたって本物の妖精なの? でも、妖精ってミルクやクッキーなら食べるって聞いたこともあるし……」

 よく分からないが、無理強いはしない。一緒に食べられないのは残念だが、一人でさくさくと食べ進める。こくりと喉が鳴る音が聞こえた気がしたからもう一度勧めたが、少女はやはり首を横に振った。

(もしかして……)

 フィオーレはふと思い出した。庭師が猫に餌をやろうとしているのを見たことがあったのだが、用心深い猫は彼の見ているところでは餌を食べず、彼がいなくなってから美味しそうに食べていたのだ。なんとなく、その時のことを連想する。

 フィオーレは独り言のように言った。

「クッキーはまだ残っているけれど、缶のふたをしっかりと閉めておけば長持ちするし、ここに置いていこうかしら。れんがの塀のすきまにうまく入れれば雨が降っても大丈夫だしね。でも、置いていったものだから、妖精さんに食べられてしまっても仕方ないかもね」

 少女が何者なのか分からないが、妖精であっても、そうでなくても、この美味しいクッキーを分かち合いたいと思ったのだ。厨房で仲良くなった料理人がおやつにと作ってくれたもので、少し柔らかめの生地がさくさくしていてフィオーレのお気に入りだ。庭師の猫の時のように、フィオーレの見ていないところなら少女もクッキーを食べてくれるかもしれない。

 持たされている懐中時計を見れば、もう自由時間の残りが少ない。少女のことは気になるが、そろそろ戻らなければならない。フィオーレは中身の少なくなったバスケットを持って立ち上がった。

「あ……」

「なあに?」

「…………」

 少女が何かを言いかけたので聞き返したのだが、少女は再び黙ってしまった。言葉の続きが気になるが、それを待っている時間がない。

 フィオーレは後ろ髪を引かれる思いをしながら立ち去った。

 後日、空になっていたクッキーの缶の中に、美しい筆跡の手紙が入れられていた。

「ありがとう。また会える?」

 フィオーレはその手紙を大切に仕舞い、返事をしたためるべく自室へと急ぎ戻った。

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