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隠家

 モンティスでの思い出も、悪いものばかりではない。この城はフィオーレが人生の大半を過ごした場所でもあるのだ。

 こんな風に戻ってくるとは思わなかったが、戻ってきたからには行きたい場所がある。思い出の庭だ。

 モンティスを出るときは慌ただしくてとてもそんな時間が取れなかったし、パルセノを助け出そうにも相手の出方を待って身動きが取れないので、心を落ち着かせる意味でもそこへ行きたい。

 散歩をしたいと言ったフィオーレにソルクスは難色を示したが、一人で出歩くのではなく自分と一緒なら、と言ってくれたのでありがたく甘えることにした。確かに、この状況であまり不用意なことをすべきではない。ロージアの人質が一人ではなく二人になってしまう可能性も否定できないのだから。

(甘えてしまって申し訳ないけれど……仲直りのきっかけになればいいな、なんて……)

 正直なところまだもやもやした思いは残っているのだが、反省もしたのだ。彼が自分を大切にしてくれていることは確かなのだから、それ以上を求めるべきではなかったのかもしれないと。納得できない思いはフィオーレ側の問題と言えばそれはそうなのだ。

 ソルクスの側も、怒ってはいないようだが距離が遠い。疑念をぶつけたフィオーレに対して遠慮がちというか、以前のように距離を縮めてくることをしない。視線は痛いほど感じるのだが。

 いろいろと考えながら、フィオーレはソルクスを連れて庭を歩く。この城のことは知り尽くしているので、少し寄り道して花を楽しんだり見どころを案内したりしながら目的の場所へ向かった。

「……ここは…………?」

 行き止まりの生垣にしか見えないところに来ると、ソルクスはかすれた声を上げた。確かに戸惑うだろう。フィオーレは説明した。

「大人の目線では分かりにくいのですが、実はここ、通れるのです」

 目線が低い子供にとっては見つけやすい抜け道だ。おそらくは裏から植栽を管理するための道らしく、少し屈めば大人でも通ることができる。庭の奥まった場所を囲む高い生垣のその裏に、生垣と煉瓦塀に挟まれたちょっとした空間があるのだ。

 幼い頃の隠れ家で、遊び場だった。懐かしいその場所に久しぶりに行きたくて、付き合わせて申し訳ないと思いつつソルクスにも来てもらった。

「わたくしはこの場所で、初めての友人を得たのです」

 成長してからはそれなりに言葉を交わす人もいたし、特に使用人たちとは親しくしていた。だが立場の差を超えるほどの友情を結ぶことはできず、心からの友人と呼べるのは今でもその人だけだ。

「……その友人の名前は……?」

 戸惑ったような声で聞くソルクスに、フィオーレは苦笑して首を横に振った。

「分からないのです。彼女はわたくしに名前を教えてくれませんでした。なにか訳があったみたいで……」

 フィオーレは先に名乗ったから、ロージア公女でモンティス第一王子の婚約者であることは伝わっている。だから、モンティス王家とあまり関係の良くない家柄の者だとか、ロージア公家とあまり接近したくない家柄の者だとか、そういう理由があったのかもしれないと思っている。子供ながらに賢かった彼女は、そうした大人たちの事情も充分に理解していただろうから。

「でも、イニシャルだけは知っているのです。手紙の署名にありましたから。S、と」

「…………」

「あ、ソルクス様とも同じですね。偶然ですね」

 飛び抜けた美貌の持ち主というところも同じだ。だが彼女の髪はソルクスの橙に近いような色の濃い金髪とは違い、淡い色をしていた。そもそも性別からして異なる。もちろん確かめたわけではないが、ドレスを纏った立ち姿はどこからどう見ても美しい少女のものだった。

「………………」

 ソルクスは沈黙しているが、それをいいことにフィオーレは話し続けた。久しぶりにこの場所に来て、思い出が溢れてくる。小さい頃のように煉瓦塀に背を預けて座ろうとするとソルクスが上着を敷いてくれた。恐縮したが彼が引かないので、ありがたく使わせてもらうことにする。

 生垣の裏に、取り残されたように奔放に咲く花を眺めながら、フィオーレは思い出を語った。


 フィオーレがこの場所を見つけたのは偶然だった。まだ幼かったフィオーレは、アーグムの婚約者としてモンティスに連れて来られ、王妃教育を施され始めた頃だった。

 その頃はまだアーグムもフィオーレに優しかったが、彼がモンティスの第一王子であるということも、自分がロージアという小国の公女という難しい立場にあることも、フィオーレは重々理解していた。アーグムに頼って甘えるようなことはできなかった。

 アーグムが時々フィオーレに花を摘んできてくれるので、自分も庭に行ってみようと思ったのがきっかけだったように思う。とにかくもフィオーレは、空き時間ができたときに、ふらふらと目的もなく庭を歩き回り、そしてこの場所を見つけたのだ。

 誰の目も届かない、自分だけの隠れ家。庭師もこの場所にはめったに来ることがないようで、生垣の表に咲く花に栄養が行くようにと裏側の花をたまに切るくらいのことしかしていなかったようだ。そんな秘密の場所を、フィオーレはしばしば訪れた。

 つらいことがあった時も、厳しい王妃教育に音を上げそうになった時も。決して役目から逃げだせないフィオーレの、ここは一時の逃げ場になってくれた。

 そして、その日もフィオーレは同じように秘密の場所へと向かったのだ。

 しかしそこには、先客がいた。

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