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牽制

「以前に、少しね」

「…………?」

 フィオーレは違和感に首を傾げた。ラーラの側はソルクスと面識があるような様子がなかった。大国の美貌の王子と前々から面識があったならひけらかしていただろうと思うのだが。

「ソルクス様、わたくしには最初から優しくしてくださいましたよね? わたくしにも面識はなかったと思うのに。それに……そもそもどうして、わたくしを婚約者に選んでくださったのですか……?」

 優しくされるたび、疑問が募っていった。彼との温度差に戸惑ったりもした。そうしたことが積み重なって、フィオーレの口を開かせている。

「それは…………。でも、君が好きなのは本当なんだ。それだけは信じてほしい」

 ソルクスは言葉を濁した。後半の言葉の真摯さは疑う余地もないが、どうして肝心なところを教えてくれないのだろう。

 フィオーレはソルクスの過去について多くを知らない。プルーウィスで成果を積み上げてきたという、誰でも知っているようなことしか知らない。

 王妃が言っていた、良い出会いというのも。小さい頃は人間不信だったというのも。ソルクスはそのあたりのことも、何も語ってくれない。語りたくないのだろうとは思うが、何も教えてくれないのは……疎外感が募る。

 かすかな疑念。少し感じたことのある違和感。そうしたもやもやとしたものが少しずつ蓄積していく。モンティスに近付いていくにつれ、心が沈んでいくにつれ、それらが顔を覗かせていく。

 フィオーレのもの問いたげな視線に、ソルクスは言葉に窮したように押し黙った。

 馬車の中に、気詰まりな沈黙が流れる。


(大丈夫……わたくしなら出来る。わたくしはもう、以前の自分とは違うのだから……)

 フィオーレは自分に言い聞かせて馬車から降りた。ソルクスとの間の齟齬は結局そのままで、喧嘩とまではいかなくてもよそよそしくなってしまったのだが、それを外に見せてはいけない。馬車を降りればもう、ここはモンティスの城なのだ。

 ソルクスのエスコートを受けながら馬車から降りたフィオーレに、ざわりと辺りの人々がざわめいた。あれが本当にロージア公女なのかと疑う声に混ざって、感嘆の声までもが聞こえてくる。

(良かった……きちんと装っておいて……)

 フィオーレは頭を上げて微笑みつつ、心の中でこっそりと胸を撫で下ろした。

 プルーウィスの王城でラーラと偶然に出くわしたとき、仕事に夢中であまり身なりに構っていなかったことを反省したのだ。プルーウィスで磨かれ、自分に合うドレスを整えてもらったフィオーレは、ソルクスの婚約者として隣に立っても見劣りしないどころかお似合いの一対だとルミたちから言ってもらえている。

 今のフィオーレは、モンティスにいた時とは違って軽やかな印象のドレスを纏っている。髪も一部を解いて風に遊ばせており、堅苦しい以前の印象とは真逆だ。それが自分に似合うことは王妃に太鼓判を押してもらっている。

「……驚いたな。お前、フィオーレか?」

 ソルクスと目を合わせて微笑み合うフィオーレに、不躾な声がかけられた。声だけで分かる。モンティス第一王子、フィオーレの元婚約者、アーグムだ。

 フィオーレがそちらに目を向けると、目が合ったアーグムはにやりと表情を崩した。

「やっぱりお前か。見違えたな。そういう格好も悪くない。以前のお前には手を出す気が起きなかったんだが、今のお前なら……」

 まだフィオーレを自分の婚約者だと……自分の物だと思っているのか、アーグムが馴れ馴れしく肩を抱こうとする。フィオーレは固まった。

(こんなふうになるなら、元のままにしておいた方がよかった……!?)

 後悔しかけたが、アーグムの手が届く前にソルクスが割って入って振り払った。

「手を引っ込めろ。それと口もな。痛い目を見たいか?」

「ちっ……」

 アーグムは舌打ちし、しぶしぶと手を引っ込めた。その代わりのように、こちらを攻撃するように言う。

「ところで、この城にフィオーレの弟が来ていることは知っているな? 滞在が楽しいものになるかどうかはそちらの態度次第かもしれんぞ?」

「モンティス側がその者をどうもてなそうが勝手だが、私の婚約者の身内であることは理解しておいていただきたい」

 ソルクスはアーグムを牽制した。フィオーレの弟パルセノも、ソルクスにとってまったくの他人ではないのだと言ってくれている。後でお礼を言っておこうとフィオーレは心に決めた。

 実際、パルセノが駆け引きの材料として連れてこられていることは互いにとって隠すまでもないことだ。その彼の扱いはモンティスにとっても難しいはずで、すぐに身の危険があったりということはないだろう、とフィオーレは自分に言い聞かせた。

 フィオーレはロージアを幼い頃に出たきりで、あまり戻る機会もなく、パルセノとも疎遠だ。とはいえ大事な家族であることは確かなので、自分のせいで彼がロージアから連れて来られたのだと思うと申し訳なさが募る。彼はフィオーレの弟ではあるが、ロージア公国の世継ぎという立場でもあるのだ。無事に国に帰してあげなければ。

 こちらを牽制できたからだろうか、アーグムは渋々といった様子で引き下がった。しかしその際、フィオーレに物欲しげな視線を向けたので、思わずフィオーレは身震いした。

 ソルクスとはぎこちなく、アーグムも態度を変化させ……滞在は、前途多難だ。

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