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求婚

(……?)

 差し出された手は男性のものだ。誰だろうかとそちらを見上げ、フィオーレは固まった。

(嘘でしょう……!? プルーウィス王国の第一王子、ソルクス殿下…………!?)

 プルーウィス王国は大国だ。ロージア公国はもとより、モンティス王国でさえ比較にもならない。そんな大国の王子が、どうしてフィオーレに手を差し出すのか。

「姫君、お手を」

 ソルクスの声は深く響きがよかった。

 声だけではない。容姿も人目を奪うもので、長身で均整の取れた体格、少し橙がかった色の濃い金髪、金色に煌めく琥珀色の瞳、すべてが輝かしい。周りの女性たちが陶然としている。

 アーグムを含めて、この場で誰一人、彼には敵わないだろう。立場も……立ち居振る舞いも。

 場の主役がアーグムたちからソルクスへと一瞬のうちに移り変わったのを肌で感じた。そんな彼が自分に手を差し出していることに、ひたすら戸惑う。

 どうして、と思いながらもフィオーレは彼の手に手を預けた。半ば機械的な動作だ。理由がなければ殿方に恥をかかせてはいけない。まして親切に手を出してくださった方に。

 裏があるのではないか。手を取った瞬間に振り払われるのではないか。そんなことを考えて恐々としつつも手を預けたのだが……別の意味で悲鳴を上げそうになった。

 手の甲に、唇を押し当てられたのだ。挨拶のような軽いものではなく、しっかりと。

 手袋をしていないから、直に肌と唇が触れ合う。

(…………!?!?!?)

 恥ずかしさか怒りか居たたまれなさか、自分でも分からないままに頬が少し赤くなる。そんな時でも表情はさほど変わらない。目を見開いて唇が少し震えたくらいだ。

 そんなフィオーレの榛色の瞳をまっすぐに見つめ、ソルクスは……とろけるように甘く、微笑んだ。

 その瞳の奥には、フィオーレの知らない熱が宿っている。

(…………!? 何!? どういうこと!?)

 訳が分からない。それは、顔と名前くらいしか知らない相手に向ける表情では断じてない。軽んじられたと怒るべきところかもしれないが、そんな視線を向けられてしまっては何も言えないではないか。

 混乱しているフィオーレを愛おしげに見つめ、ソルクスは言った。

「フィオーレ姫。どうか、私の国へ来ていただきたい」

「………………!?!?」

 先ほどから混乱が収まらない。こんなときにどう返事をすべきかなど、王妃教育は教えてくれなかった。

 そこへアーグムが嘲る声がした。

「は! そんな女でよければいくらでもくれてやるぞ! 俺のお下がりでよければな!」

 その途端、辺りの温度が一気に冷え込んだような錯覚に陥った。底冷えのする冷気がソルクスから立ち昇っているように見える。

「言葉には気を付けた方がいいのではないかな、モンティスの第一王子?」

 ソルクスの言葉は一応の礼節を保っていながら、その語調からは憤怒と軽蔑が滲み出ていた。名前ではなく第一王子呼びをしているところからも分かる。

「お下がりだと? モンティスの第一王子は、婚約者に手を付けるような男だという理解でよろしいか? 一国の姫君に、結婚前に手を出したと? それが事実であればロージア公国の反発は必至、第一王子の立場は低下、王位継承も危ういかもしれないな?」

 アーグムが第一王子と呼ばれていることからも分かる通り、モンティス王国には王子が二人いる。人望のない兄と違い、第二王子イリストは人望があり有能と評判だ。本人が一歩引いて兄に譲っているが、彼をこそ王にという声も多い。

 だからこそ、アーグムがここで大きな失敗――ロージア公国の離反を招くようなこと――をしたとなれば、王位継承も危うくなる。アーグムはロージアを小国と腐したが、それでも国は国であり、決して軽んじられるものではないのだ。

 おまけに、なぜか大国プルーウィスの王子がロージアの肩を持っている。フィオーレ一人なら蔑ろにもできたかもしれないが、プルーウィスが後ろ盾につくと話が変わってくる。

「くっ……!」

 アーグムもそれを理解したらしい。悔しそうに顔を歪ませている。

「どうした、口が利けなくなったか?」

 ソルクスはなおも彼を追いつめる。アーグムはしぶしぶといったように認めた。

「……そいつと俺の間には何もない。これでいいか!?」

「結構。婚約関係も解消、もちろん二人の間にも何もなかった、それなら私が彼女に求婚しても構わないだろうね?」

「え…………!?」

 ソルクスは跪き、フィオーレに乞うた。

「姫君、どうか私とともに来ていただきたい。婚約者として」

(ええええ……!? 嘘でしょう!? どうして、こんな大国の……それも王位継承者が、わたくしに求婚なんてなさるの……!?)

 そこにどんな意図や計算があるのだろうか、まったく分からない。ただ一つだけ分かるのは……彼の瞳の奥に、確かな熱がほの見えているということだけ。

 じりじりと焦げ付くような、彼の真意を否応なく信じさせてしまうような、その熱の名前をまだフィオーレは知らない。

 だが、その熱に手を伸ばすようにして、フィオーレの手は彼の手を取っていた。再度の口付けを許していた。

 大国の王子に求められて否など言えないというのもある、アーグムに捨てられた自分がロージアのためにできることが彼の手を取ることだというのもある、だが、それ以上に……その熱が、自分を庇った彼の態度が、フィオーレに彼のことを信じさせたのだ。

 彼は絶対に、フィオーレを裏切らない、と。

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