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家族

 前にもこんなことがあったような、とか、ソルクスは忙しいだろうに呼んで大丈夫なのだろうか、などと考えている時間もなかった。ソルクスは呼び立てに嫌な顔ひとつせずすぐにやってきて、フィオーレを見るなり魂の抜けたような表情になった。

「あの……」

 視線に射すくめられて思わずフィオーレは身じろぎした。瞬きもせずにフィオーレを見つめていたソルクスははっとした表情になった。

「すごく……綺麗だ」

「……ありがとうございます」

「月並みな言葉しか出てこなくて済まないが、花の妖精のようだ。君の柔らかい薄紅色の髪がドレスと溶け合うようで、花びらが綻ぶさまを思わせる。そのはにかんだ笑みがまた何とも愛らしくて……」

(もうやめて…………!)

 フィオーレは耳を塞ぎたくなった。こんな美辞麗句が月並みだとは恐れ入る。褒め殺しかと思った。

「……王妃殿下のお見立てが素晴らしかったからですわ。侍女の方々の手腕も」

 ドレスそのものの美しさもさることながら、どれもフィオーレに似合うようにと考えられていた。自分を客観的に評するのは苦手だが、王妃の選んだドレスを纏った自分は見られるようになっていると思う。自分の外見がモンティスでさんざん貶されたことを思い出すと弱気が頭をもたげそうになるが、未来のモンティス王妃らしくあれと作り上げられた像から離れてみると、自分は良くも悪くももっと普通なのではないかと思うのだ。少なくとも今の装いの自分はお堅いだのつまらないだのと評されるものではないと思う。

 ソルクスが少し口元に笑みを浮かべた。しかし目元が笑っていない。

「君がなんだか余計なことを考えているような気がするのだけど、私の勘違いかな? 君は客観的に見て美しいし、これまでが抑圧されてきただけだ。横暴なモンティス第一王子のせいだけでなく、型に嵌まった厳しい王妃教育によってもね。後者は君の身を守るものにもなったはずだから一概に否定はできないけれど、学びは学びとして、考え方まで凝り固まる必要はないんじゃないかと思うのだけど、どうかな?」

「ええと、そうですね?」

「分かっていない顔をしているね。こうすれば分かるかな?」

「え……え!?」

 ソルクスは後ずさるフィオーレを追いつめ、壁に手をついて閉じ込めるようにした。獲物を追いつめる獅子のような琥珀色の瞳と視線が間近にぶつかる。

「君を眺めて愛でていたいと思うと同時に、この花を散らしてしまいたいとも思ってしまう。君は自分の魅力にもう少し自覚的にならないと危ないと思うよ?」

「!?」

 まったく引く気のないらしいソルクスの顔が近付いてくる。整いすぎたそれに見とれている場合ではない。どうしていいか、何を言われているのか、さっぱり分からない。

(どうしよう……!)

 ぎゅっと目を瞑った時だった。いきなり空気が緩んだ。

「どの口が何を言っているのやら」

 呆れた声とともに、ぱしんと乾いた音がした。驚いて顔を上げると、後頭部を押さえて物言いたげに顔を横に向けているソルクスと、その彼の頭を叩いたらしい王妃の呆れ顔が目に入った。

「私のことを忘れられては困るわね。可愛い娘に狼藉を働こうなんて許しませんよ」

「フィオーレは母上ではなく私のものです。娘呼ばわりは気が早すぎるのでは?」

「……あの……」

 もはやどこから突っ込んでいいか分からない。婚約者ではあるがソルクスのものになったわけではないし、もちろんプルーウィス王妃の娘になったわけでもないし、娘呼ばわりを気が早いと言うのはもはやそれが確定事項ではあると言っているのと同じで……

(……これ以上考えるのは止めよう……)

 フィオーレは困って眉を下げた。だが、同時に口元が自然に緩んでしまう。血の繋がった家族とは疎遠だし、婚約者だったアーグムとはあの通りの関係だったので、こういうふうに、家族の輪に混ぜてもらえるのが……幸せだ。

 睨み合っていた王妃とソルクスが、フィオーレのその様子に気付いた。王妃は少し肩をすくめつつも優しい表情になり、ソルクスは物も言わずにフィオーレを抱きしめた。

「!?」

 不意打ちを食らってフィオーレは硬直したが、ソルクスは婚約者ではなくまるで兄のように、フィオーレの背中を軽く撫でるようにした。とんとんと軽くたたいたり、さすったり、むずかる子供をあやすような手つきだ。

 少なくとも物心ついてからは、家族からもこんなふうにされた記憶がない。覚えがない感覚なのに、なぜか泣きたくなるくらい懐かしかった。

 フィオーレは少しの躊躇いを捨てて、自分からソルクスの胸に頭を預けた。兄に甘えるような仕草だ。子供じみていたかもしれない。

「……っ!?」

 だが、ソルクスの反応は思っていたのと違った。もう少し撫で続けてくれるだろうかと期待したのだが、彼の心臓が急に鼓動を早め、代わりに撫でる手が止まった。

 かすれた声で彼は言った。

「今くらいは兄役に徹しようと思ったのに……本当に頼むから、あまり煽らないでくれないか……?」

「!? そんなつもりではありません……!」

 撫でる手が止まり、両腕でぎゅっと抱き込まれる。こちらの心臓もどうにかなりそうだ。もがいてフィオーレは抗議したがソルクスは微動だにしない。

 文字通り膠着した状況は、溜息と乾いた音とともに再び王妃が破ったのだった。

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