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王妃

(殿下……?)

 気のせいだろうか。フィオーレを手放してモンティスは大丈夫だろうかと案じてみせるソルクスの口元に、かすかな笑みが浮かんだように見えたのは。

 フィオーレがそれを再び確かめる間もなくソルクスは言った。

「ところで、急だけど今日の午後はドレスの採寸をしてもらおうと思うんだ。こちらの仕事も急ぎのものはないし、大丈夫だよね?」

「え!? ドレスはこの前たくさん作っていただいたばかりですよ!?」

「この前は取り急ぎでいろいろ作らせたから、一着に集中する余裕がなかっただろう? 今日はそういうものを作ってもらおうと思って。……きっとそのうち必要になるだろうし」

(ええええ……)

 付け加えられた言葉がなんだか意味深な気がするが、気のせいだろう。それよりも、また高価なドレスを作らせるのかと思うと腰が引けてしまう。

 ソルクスは少し眉を下げて言った。

「私を助けると思って頼むよ。母がうるさいんだ。君を思い切り着飾らせてみたいし、君とちゃんと時間を取って話したいんだって。今日の午後が空いたから是非にと」

「王妃殿下が……?」

 プルーウィス王妃が外遊から戻ってきてから半月以上が経つが、フィオーレは王妃とまだきちんと会っていない。挨拶はしたし、晩餐の席などで少し話をしたことはあったが、そのくらいだ。他にも多くの人がいる場で彼女と長々と話し込んでしまうわけにもいかず、軽いご機嫌伺いくらいしかできていない。王妃はいつも忙しそうで、なかなか機会が作れなかったのだ。

(ソルクス殿下の婚約者になったのだし、いずれきちんとご挨拶をしないとと思ってはいたけれど。でも、どうして婚約者に選ばれたのかとか聞かれたらどうしよう。わたくしにも分からないし……。そもそもわたくしがお眼鏡にかなうかどうか……)

 緊張した面持ちになったフィオーレに、ソルクスは安心させるように頷きかけた。

「君が何を考えているかだいたい分かるけれど、大丈夫だよ。私が婚約者を連れ帰ったことに一番喜んでいるのは母なのだから。うるさい姑になるような人でもないし……いや、ある意味うるさいかな?」

「…………?」

 それはどういう意味だろう。かすかに不安だが、会わないわけにもいかない。フィオーレは頷いて了承した。


「まあ、よく来てくれたわね! 急なお話でごめんなさいね。どうぞ座って、くつろいで」

 王妃の私的な空間に招かれたフィオーレは大歓迎のもてなしを受けた。王妃はソルクスに似た美貌の明るい雰囲気の女性だ。笑顔で迎え入れられ、フィオーレも笑顔を返した。

 メイドたちは控えているが、客人はフィオーレだけだ。これまで王妃とは他に人が大勢いる場でしか言葉を交わしたことがなかったが、人が少ないからといって態度が豹変したりすることはなかった。裏も表もなくフィオーレを歓迎してくれていることに安心する。

 部屋には瑞々しい生花がふんだんに飾られており、勧められたお茶からも花の香りがした。なんでも東国から持ち帰ったものらしく、茉莉花という花の香りがつけられているのだという。薔薇とはまた違った華やかさで、飲みやすく美味しかった。

「お茶菓子も出したいところだけど、まずは採寸をしないといけないから後でね」

 お茶を頂いて少し挨拶をした後、王妃は待ちきれない様子でうきうきとお針子やデザイナーらしき女性たちを呼んだ。採寸はこの前も……と言いかけたが最後まで言えず、あれよあれよという間に手際よくあちこちを測られて、慣れた様子で細かく記入されて、ちらりと見えた感じではこの前の採寸結果も併記されているようだったのでフィオーレは口を挟むのを止めた。

 だが、一通り終わったらしいタイミングで、フィオーレはぽろりと疑問を口にしてしまった。

「成長期ではないのだし、そんなに頻繁に測らなくてもいいように思うのだけど……」

「何を仰いますか!」

 デザイナーらしき女性は丁寧に、しかし断固として反論した。

「人の体は日々変わっていくものです。正確に測るに越したことはありません。少しくらいという甘えが大きな差を生むのです。もちろん余裕を持たせたドレスもお作りできますし、その上でなるべく美しいシルエットを作ることも私たちの腕の見せ所ですが、今回の王妃殿下からのご依頼はそういったものではございません。可能な限り、否、それ以上に美しくとご要望を受けております。それに姫様のお体は前回の採寸時よりも少し変化しておいでです。こう申し上げてよいのかどうか……より健康的になられたと……」

 淀みなく語っていた女性が少し言葉の調子を鈍らせた。フィオーレは苦笑して助け舟を出した。

「そうね。わたくしはここで本当に良くしていただいているから、体型も変化したかもしれないわね。ストレスから解放されたし、睡眠は充分に取れるし、頂くものはどれもとても美味しいし……」

 モンティスでも食事は最上級のものを出してもらっていたが、時間がなくてあまり食べられなかったり、仕事の一環としての晩餐では味どころではなかったり、たまにアーグムが同席するときは食が進まなかったり、かといって自分ひとりで取る食事が特別に美味しいと思うわけでもなく、食が細い方だった自覚はある。

「まあ……」

 反応したのはデザイナーだけではなく王妃もだった。彼女は何やら決意を込めた表情になり、お茶菓子の種類を増やすようにとメイドに言いつけた。

「採寸の後はデザインを決めながらたくさんおしゃべりしましょうね。たくさん召し上がってね」

「ええ、……ありがとうございます」

 また採寸をやり直すことにならないだろうかと案じながら、フィオーレはお礼を述べた。

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