国務
ソルクスの言葉に、フィオーレは瞬いた。国務に、関わる? ……モンティスから来たばかりの自分が?
「その……大丈夫なのでしょうか……?」
「大丈夫とは?」
「自分で言うのも何ですが、わたくしが裏切るかもしれない可能性とか、能力が足りているかとか、周囲の反対とか……」
「全部大丈夫だ」
ソルクスは断言した。
「まず、君が裏切る可能性はないよ。裏切る人はそんなことを言わないというのもそうだし……君には私たちを裏切ることなんてできないから」
「……ずいぶん確信がおありなのですね?」
フィオーレの性格をよく知っているということなのか、それとも能力的にフィオーレには不可能だと思っているのか、どちらかだろうか。
そう思ったのだが、少し違った。ソルクスは言った。
「私は君のことをずっと見ているから。そのついでに、もしも君が不審な動きをするようなことがあったら分かるからね。君の性格的にそんなことはしないとも思っているけれど」
「え…………」
斜め上の返答が来た。不審な動きを監視することがついでというなら、主目的は何なのだろうか。……まさかフィオーレを見ることそれ自体が目的だなんて言わないと思うのだが。
だが、こちらをじっと見つめるソルクスの視線の熱さを見るに、あながち的外れな考えではないのかもしれない。……あまり考えすぎない方がいいのかもしれない。
「その他のことも大丈夫だろう? モンティスの第一王子の立場を保たせていたのは君の力だし、能力的には充分すぎるほどだ。周囲にも反対させない。そのくらいの力はあるよ。足元が不安定なまま君を呼んだりできないからね」
「わたくしを呼ぶ……?」
フィオーレは婚約破棄されたところを拾われたのだが、その言い方はまるで、最初からフィオーレをプルーウィスに呼び寄せることを前提としていたみたいだ。首を傾げたフィオーレに、ソルクスは一呼吸置いて答えた。
「君が婚約破棄されていなくても、いずれ君を呼びたいとは思っていたよ。あまりこういう言い方はしたくないが、交渉材料は色々持っているし、モンティスのやらかしに付け込んだりすることも考えてはいた」
交換条件としてフィオーレを貰い受ける、というわけか。こういう言い方はしたくないとソルクスは線を引いたが、フィオーレは特に抵抗を感じなかった。公女の身分を持つ自分が計算ずくでやり取りされることは考えうるからだ。
(引き換えに得るものが国益ではなくて、いわば私欲なのでしょうけれど……それでもきっと引き合ってはいるのよね。プルーウィスの繁栄にはソルクス殿下のお力も大きいでしょうし……)
納得したフィオーレに、ソルクスは少し苦笑した。
「君は物分かりが良すぎるよ。もっとわがままになってもいいとは思うけれど……そういう君が好きだよ」
「!?」
さらりと口説かないでほしい。心臓に悪い。
ソルクスは上機嫌に言った。
「君を国務に携わらせる話だけど、君の能力を買ってのことなのはもちろん、私の都合も大いにある。君が傍にいてくれれば仕事の能率は間違いなく上がるし、君と一緒にいられるし、君を見ていられるし……」
「……能率、下がりませんか……?」
「下がらないよ。君に会いに行くために重要な予定を中断したり、君と過ごす時間を捻出するために予定を詰め込んだりしなくて済むようになる」
「えっ……!? そもそもがそんなふうだったのですか……!?」
慌てるフィオーレを面白そうに眺めてソルクスは笑った。
「冗談ですよね!? 冗談だと思いたいのですが!?」
「さあ、どうかな」
そんなふうにして、なし崩しにフィオーレはプルーウィスの国務に携わることになった。
そして、さらに半月ほどが経った。
「……その橋の補修についてですが、予定を早めた方がよさそうです。そのままだと地域のお祭りの時期にかかってしまうので、橋が使えないと観光収入がおそらく二割ほど減ってしまうかと……」
「……そちらの道路の整備については、農繁期にかからないように調整する必要がありますね。確かに小麦の収穫期ではないのですが、その地方の農家は特産の豆も育てていることが多くて、そちらの収穫期にかかってしまいそうです。道路の整備のように現地で人を募る場合は特に、農繁期にかかると収穫減に直結しますし人件費も上がって……」
「……その件はそのまま通して大丈夫だと思います。申請金額が前回の三割増しになっていることが懸念点だと思いますが、石材が高騰しているので妥当かと……」
次々と案件を捌いていくフィオーレに、ソルクスが瞬いた。
「……何度も思ったけど、君、すごいね?」
「お役に立てているなら嬉しいです」
フィオーレは淑やかに頭を下げた。ソルクスはもちろんフィオーレ以上の速度で書類を捌いていっているのだが、競っているわけではないので気にならない。むしろ……
(……女性が出しゃばるなとか、殿下は絶対に言わないものね)
アーグムからはよく言われた。そもそもこちらに何でも丸投げをするなという話なのだが、なるべく表立っては目立たないように、アーグムの顔を立てる形で進めるようにする必要があったので、そのぶん効率は落ちていた。ここではそんなふうにする必要もない。
王妃教育で詰め込まれた知識のおかげで、資料をあれもこれもと参照しなくても大体のことが分かる。フィオーレがざっと判断した内容に沿って他の人が確認をしてくれるのだが、段違いに効率が上がってやりやすくなったと喜んでもらえている。
「すごいし助かるけど……くれぐれも無理はしないでね?」
心からの心配がのぞく表情に、フィオーレは感謝を込めて微笑み返した。
「無理はしていませんし、大丈夫です。殿下やこの国のお役に立てるのが嬉しくて」
「それならいいのだけど……」
言葉を切り、ソルクスは少し首を傾げた。
「……こんなに優秀な君を手放して、モンティスは大丈夫なのかな?」




