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提案

「報告をありがとう。次はこれらを確認しておいて」

 頭を下げる使用人に書類を渡したフィオーレは、急ぎ足でこちらに来るルミの姿を認めて顔をそちらに向けた。

「まあ、何か急ぎの用?」

「用というか……ソルクス殿下がいらっしゃいます。すぐに」

「えっ!? この格好で大丈夫かしら……」

 最近ソルクスは忙しいらしく、昼間に顔を合わせることがなかったので油断していた。衣類はすでにソルクスに用意されたものに総入れ替えされているので、どれを着てもそういった意味での問題はないのだが、そもそも場にふさわしいかという問題が残る。今のフィオーレは動きやすさを重視して装飾性を抑えた実用的なドレスを纏っており、婚約者を迎えるのに適切とは言い難い。かといって着替える時間もなさそうだ。

 ほどなくやって来たソルクスは困惑した表情をしていたが、フィオーレを認めるとぱっと笑顔になった。

(……逆ではないかしら? いえ、この格好が気にならないならありがたいけれど……)

 瞬くフィオーレを、ソルクスはいきなり抱きしめた。

「!?」

「ああ、落ち着く……。忙しくて君と食事をする時間すらなかなか取れなくて、君が足りなかった。ずっとこうしたかった……」

「殿下……お疲れ様です」

 そんなことを言われてしまっては振りほどいたりできない。フィオーレはソルクスの腕の中で大人しくしていたが、ソルクスはこんなことを言い出した。

「どうしよう。落ち着くのは確かなんだが、なんだか落ち着かない気持ちにもなってきた。物足りないと言うか。……どうしよう?」

「とりあえずどうもなさらないでください……!」

 そんなことを言われてもフィオーレとてどうしたらいいか分からない。彼の腕の中は落ち着くのだが、それだけでは物足りない気持ちというのが分かりそうになってしまって動揺する。

 フィオーレはとにかく落ち着こうと努めた。

「お忙しいのはもう大丈夫なのですか?」

「ああ。落ち着いた。じつは母が外遊から戻ってきて、それに伴うあれこれで忙しくしていたのだが、あらかた片付いた。その間は城の中のことに目配りができなかったし、君のこともヘルバたちに任せきりにしてしまっていたのだが……これは本当に君が望んだことなのか?」

 これ、というのは部屋の中の様子を指しているのだろう。フィオーレの応接間には優雅なテーブルとソファーではなく執務机と背もたれ付きの椅子が置かれ、ドレスや宝飾品の御用聞きの商人や楽人や貴婦人たちではなく書類を持った使用人たちが足しげく出入りしている。……確かに、一国の姫君の応接間らしくはない。

「すみません……。でもわたくしは、こちらの方が落ち着きます。私室にまでお招きしたい方もいませんし。……あ、殿下は別ですよ!?」

 見る間に悄然としたソルクスに、フィオーレは慌ててフォローを入れた。

 モンティスでのフィオーレの交友関係は、ほとんど仕事の延長だった。個人的に友誼を結ぶ者はおらず、私的な空間にまで招いておしゃべりを楽しむといったこともなかった。代わりに日夜、アーグムの尻ぬぐいをして城内のあれこれを捌いていた。

(急ぎで認可が必要な書類が溜まっているのにアーグム殿下が捕まらないとか、日常茶飯事だったものね……)

 思い出すと遠い目になってしまう。そうした書類はフィオーレに届くことがやがて当たり前になり、その他のこともアーグムではなくフィオーレのところに相談されるようになっていった。かくしてフィオーレの応接間は優雅にお茶を飲んで歓談するところではなく、眠気を覚ますためにお茶を飲んで奮闘するところになったのだ。

「モンティスでもこんな感じだったのです。ですがこちらでは、執務を押し付けられることもありませんし、夜はゆっくり休めますし、皆様とても良くしてくださいますし……それならわたくしもむしろ、自分のできる範囲でお役に立ちたいと思うのです」

「本当に済まない。君をそんな状況に置かれたままにしてしまって……」

「殿下がお気になさることではありませんよ!?」

 フィオーレは一応、楽器の演奏や詩作などの嗜みは一通りこなせる。でも求められているのは、素人にしては上手い程度の演奏をすることではなく、使用人たちを指揮して適所に配すること。無駄を減らすこと。特にフィオーレ付きの人員がかなり多めに取られていたようだったので、希望と適性に応じて各所に振り分けるなどした。直接の上司には言いにくい要望などもフィオーレが聞くことにした。

 そして、詩を作るよりも大事なのが、マニュアルを作ること。誰が行ってもある程度のレベルのことはできるように、その道筋を作っておく。使用人には字が読めない者もいるので、詩ではなく教材を作ったりもしている。

 モンティスでは、ロージア人のフィオーレは蔑まれていたが、使用人と親しくなっていくと偏見を持たずにフィオーレを見てくれる人も増えてきた。アーグムの横暴と気まぐれで人が増えたり減ったりする城内をなんとか健全に保てていたのは、ある程度はフィオーレのお手柄だろうと自賛している。その時に得た知見をこのお城にも適用することで、働きやすくなったと使用人たちから感謝してもらえた。

「託児施設も本格的に用意できるといいですよね。小さい子供がいる人の技能が必要な場面も多いですし、子供のためにも働きたいという要望もありますし……」

 プルーウィスでは人材が豊富だと思うが、少ない人員で回してきたモンティスでの経験は生きてくれている。フィオーレがあれこれと挙げる案にじっと耳を傾け、ソルクスは言った。

「……それなら、国務にも関わってみるか?」

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