変化
「え?」
「殿下が手を打っておられます。この件についてロージアが不利益を被ることのないように。もしもモンティスがロージアを虐げることがあれば、プルーウィスは多方面から圧力をかけるだろうと」
「え、えと……」
それは脅しではないだろうか。主に貿易面だと思うが、プルーウィスは経済規模が大きいだけでなく、貴重な金属類を産出することもあり、モンティスとの取引を制限すると匂わせるだけでも効果が大きそうだ。そんなプルーウィスが味方してくれることは、ロージア人として言わせてもらば、ものすごくありがたい。モンティスが何もしなければ何もないままなのだし、そうあることを願う。
「……正直、すごくありがたいわ。大国の威を借りるようで情けないけれど……」
「頼ってくださって大丈夫ですよ。きっと殿下は、姫様の国を悪いようになさいませんから。それに、ロージアも小国と言うには少し違いますしね」
「? 小さいというのは否定できないけれど?」
フィオーレは首を傾げた。プルーウィスは言うまでもなく、モンティスにも遠く及ばない規模の小ささだ。
だが、侍従は首を横に振った。
「王国と比べるからであって、その中のたとえば伯爵領や子爵領などの貴族の領地と比較するなら話は違うでしょう。そもそもロージア公国は、他の領主たちが寄り集まって王国を形成する中でも自らの意思を貫き、独立を保って公国を名乗って始まったと聞きます。その当時としては別格に規模が大きく、力があったからこそ出来たことですよね」
「…………! そう言っていただけると嬉しいわ、ありがとう……」
あの舞踏会の場でアーグムはロージア公国の小ささを貶したが、モンティス王国内を貴族の領地単位で見ると、ロージア公国よりも面積の大きい場所はない。彼はモンティスの第一王子という身分にもかかわらず遊び歩いて勉学をおそろかにしていたから、そのことをもしかしたら知らなかったかもしれない。そうした知識が必要な実務はフィオーレに投げっぱなしだった。
フィオーレにも、矜持があるのだ。一国の公女であるという矜持が。
アーグムに捨てられ、笑いものにされた矜持だが……ロージアのために。ロージアを助けてくれるプルーウィスのために。できる限り務めていこう、と誓う。
フィオーレは立ち上がった。
「姫様? どうなさいました? なんだか雰囲気が変わられたような……」
「ヘルバ」
「え!? 私の名前をご存知でいらっしゃったのですか?」
「もちろん」
フィオーレは頷いた。接した人の名前はなるべく早く把握するようにしている。だが、まだまだこれからだ。
「使用人たちの名前を全員分、把握したいの。まずはリストが欲しいわ。職務別に記されたものがあるはずよね?」
「それはもちろん、ありますが……あることすら姫様はご存知なくていいことだと思うのですが。それに、いったい何にお使いになるんですか?」
首を横に振り、フィオーレは言う。
「知らなくていいはずなんてないわ。それは足元をおろそかにするのと同じだもの。まずは人員を把握して、指揮系統を確認して、配置の妥当性を確認したいわ。自分が住まわせてもらっているところだし、わたくしも気を配りたいと思うの」
「は、はあ……」
ヘルバは目を白黒させた。戸惑ったように聞く。
「確かに、姫様のご希望をなるべく叶えると申しましたが……そんなことでよろしいので?」
「そんなこと、がいいの。甘やかしていただくばかりではなく、わたくしからもお返しをさせてちょうだい」
「はあ……分かりました……?」
ヘルバが戸惑って頷いた、その一週間後。
「……最近なんだか、城内の雰囲気が明るくないか? 私の気のせいかな?」
廊下を足早に歩きながら、ソルクスは何気なく侍従のヘルバに話しかけた。そう話す横でも掃除係のメイドがソルクスたちに道を譲って壁際で頭を下げているが、垣間見えた表情が明るかった気がする。心なしか動作も溌溂としているような。
ヘルバはなぜか奥歯に物が挟まったような口調で言った。
「それはおそらく、姫様のご影響かと……」
「フィオーレか!」
ソルクスは名前を聞いただけで上機嫌になった。ずっと想ってきた彼女を救い出せただけでなく、自分の手の届くところに置いておける。そのことが驚くほどソルクスの精神を上向かせていた。
(彼女がモンティスで暮らしている間……本当に、毎日どれほど気を揉んだことか。様子を報告させるにも限界があるし、自分で行きたくても頻繁には時間が取れない。その間に彼女が理不尽なつらい目に遭っていると思うと、焦燥感でどうにかなってしまいそうだった……)
だが、もうそんな日々は終わったのだ。これからの日々、手の届くところにフィオーレがいる。そのことを思うだけで唇が緩む。
「私が婚約者を連れ帰ったことが周りに安心感を与えたのかな。彼女がいるだけで場が華やぐのもあるが……男どもの視線をあまり集めさせたくはないな」
「それもありますが……」
「なんだヘルバ、物言いたげだな。彼女に懸想したらいくらお前でも容赦はしないぞ? まあ分からなくもないけどな。あんな可愛い存在がいたら目で追わずにはいられないが……」
ヘルバはぶんぶんと首を横に振った。
「そんな命知らずな真似なんてしませんって! 飢えた犬の前からご馳走を取り上げたら手を噛まれるだけでは済まな……いえ何でもありません!」
ソルクスは軽く睨んでヘルバを黙らせた。二つ年下のこの侍従は可愛い弟分だが、いささかそそっかしいところがある。
「たとえが不適切だぞ。ご馳走などとは」
「飢えた犬、の方は否定なさらないんですね……」
ヘルバは溜息をつき、少し躊躇ってから言った。
「そうではなく、もっと具体的で直接的な影響です。姫様が、何というか……使用人たちの働き方を大きく改善させられたようで」
「…………何だって?」




