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会話

 だが、違和感はすぐに掻き消えてしまった。捕まえようと思っても霞のようで掴めない。

 気にかかるが仕方ない。フィオーレはこの場で突き止めることを諦め、ひとまず頭の片隅に留めておくことにして切り替えた。

「しつこいようだけど、本当にわたくしの自由にしていいの? 婚約者として知っておくべきことを学んだり、殿下の周りの方たちにご挨拶に伺ったりしなくていいの?」

「そのあたりのことは殿下が調整しておいでですので、少なくともすぐに必要になることはないかと。殿下の周りの方々も姫様には興味津々のようですが、こちらに来たばかりで疲れたり緊張したりしているだろうから、今は呼び出したり押しかけたりしない方がいいだろうと大方の意見が一致しているようです。その……逃げられたら困るから、と」

「まあ。逃げたりしないのに」

 フィオーレはくすりと笑った。侍従も少し困ったように笑い返した。

「殿下は本当に、かたくななまでに相手を作ろうとなさいませんでしたので。その殿下が婚約者を連れ帰られたということで、皆さま安堵したり歓喜したり悲嘆にくれたりなさっておいでですので……お互い落ち着かれるまでこのままでいいのではと思いますよ」

(それって大丈夫なのかしら……特に最後のひとつ……)

 たぶんソルクスに思いを寄せる女性たちのことなのだろうが――男性もいるかもしれないが――、それでもフィオーレは着いた当初から敵対的な視線を向けられることもなかったし、そうした人たちも本心からソルクスの寵を願っていたというより、遠目に見て憧れていたということだろう。ソルクスが特定の相手を作らずに誰とも付き合う気はないという意思表示をしていたことで、フィオーレは助かっているのだ。

 頷くフィオーレの様子を見た侍従が苦笑を深めた。

「姫様がお美しすぎたので、これは相手にならないと諦めた方も多かったと思いますよ?」

「モンティスで軽んじられていたわたくしに、大国プルーウィスの方々がそんなことを思われるかしら。そうだとしたら、隣のソルクス殿下のご威光のおかげかもしれないわね」

 謙遜なさって、と侍従は言うが、これはフィオーレの偽らざる気持ちだ。外見と能力を買われてモンティスに連れて来られたのは幼い頃のことで、今の自分だったら同じように見出されたかと思うと分からない。だが、そんなフィオーレから見ても、ソルクスは光り輝くように美しいと思う。隣に立つフィオーレがあやかれるほどに。

(プルーウィスでは美容も進んでいそうよね。ルミの手にかかればわたくしも自分が誰か分からなくなるくらいに変身できたし……)

 そんなふうに考えるフィオーレに侍従が物言いたげな様子になっている。それに少し首を傾げ、フィオーレはさらに考え続けた。

(本当に、どうしてだか分からないけれど……ソルクス殿下はわたくしに本当によくしてくださっている。モンティスから連れ出して、プルーウィスで立場を与えてくださって。その御恩を考えれば逃げ出すなんてとてもできないし、それに……逃げたところで行くあてもないもの)

 モンティスには居場所がないし、母国ロージアはほとんどモンティスの持ち物のような扱いだから、そちらに帰っても同じだ。むしろモンティス側からの誹謗中傷を持ち込んでしまうかもしれない。当事者がいれば非難もしやすいだろう。……とはいえ、フィオーレがどこにいても状況が変わるわけではない。ロージア公女がモンティス第一王子に婚約破棄をされた恥さらしだという状況は。

「どうなさいました?」

 フィオーレが顔を曇らせたことに気付き、侍従が気遣ってくれる。フィオーレは目を伏せた。

「少し母国のことを考えてしまって。わたくしのことでモンティスから言いがかりをつけられたりしていないかと……どうにもできないのだけれど……」

 ロージア公国は国として成り立ってはいるが、特に国境付近の地域では公共の建物をモンティスと共有しているなど、生活面で分かちがたく結びついている。

 たとえばモンティスが、ロージア人には水道設備を共有しないとか、粉挽き小屋を使わせないとか、あるいは使わせる代わりに高額を要求するとか、そういった横暴をしようと思えばまかり通ってしまう可能性が否定できないのだ。だからこそフィオーレは人質だったのだし、蔑まれながらもモンティスのために、そしてロージアのために動いてきた。

(その頑張りも……無駄だったけれど……)

 結局アーグムは、面白みのないフィオーレではなく、色気に溢れたあの女性を選んだ。フィオーレをアーグムの婚約者に定めたモンティス国王や王妃はそのことをどう考えているのだろうかと気になるものの、国王夫妻には第一王子アーグムだけでなく第二王子イリストもいる。アーグムがどうしても問題を起こすならイリストに王位を譲る判断もあるだろう。

 もしもフィオーレがソルクスに声をかけられなかったら、プルーウィスへと招かれることがなかったら、自分がどのような選択をしたのかちょっと想像がつかない。アーグムに平身低頭して許しを乞うたのか、それとも国王夫妻に嘆願して身分を保証してもらおうとしたのか。

 アーグムは問題が多かったが、国王夫妻もフィオーレが頼みにできる者たちではなかった。彼らはロージアのことを自分たちの所有物みたいに思っていることを隠しもせず、フィオーレをもそのように扱った。そうした人たちに囲まれて心をすり減らしながら過ごしてきた日々を思い出すと、いったい自分はどうやってあの中で生きていられたのだろうと他人事のように驚いてしまう。まだソルクスと行動を共にして一か月も経っていないのに。

(わたくしはここで厚遇されているけれど……母国は……)

 考えると涙が滲みそうになるが、侍従はあっさりと言った。

「ああ、それについては大丈夫です」

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