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彼はエレベーターに乗っていた

作者: 明日朝明日
掲載日:2025/12/19

患者名:佐藤(仮名)27歳 男性


佐藤は2020年6月24日、勤務先「藤原商事(株)」へ向かうエレベーターに乗る。(午前8時45分)

16階建ての雑居ビルの14階にあるオフィスに向かう。


1階から14階までおよそ12秒。それが彼の肉体に染み付いた、社会へ繋がる秒数だった。だが、今日は違った。


彼が言うには、不意に、鼓膜を突くような不協和音が響いたらしい。駆動音が、高熱に浮かされた獣のうめき声のように低く引き延ばされた。


彼が顔を上げると、インジケーターの赤文字が狂ったように点滅していた。


13

14

15

16


上昇しては数字は1に戻り再び上昇を始める。また16階まで昇り1階に戻る。

上昇しては数字は1に戻り再び上昇を始める。また16階まで昇り1階に戻る。

上昇しては数字は1に戻り再び上昇を始める。また16階まで昇り1階に戻る。


彼は心底動揺した。冷汗が止まらなくなり息は乱れていた。

緊急停止ボタンを拳で叩きつける。金属の冷たさが骨を打つが、箱は止まらない。彼は壁の非常用受話器をひったくった。


助けを呼ぶ。

しかし、受話器から聞こえるのは、自分の激しい呼吸音だけだった。


この時点で彼はまだ、自分自身で受話器のコードを無残に引きちぎり、ただのプラスチックの塊に向かって咆哮していることに気付いていない。



一時間後、彼は何をしてもどう足掻いても変わらない現状に辟易し、諦めて上司の留守番電話に言葉を残した。※内容は削除されており不明。





彼は、胃が浮き上がるような衝撃とともに、ドアが開いた。冷房の効いた十四階のフロア。そこには、蛇口をひねったような沈黙があった。


同僚や上司が恐怖に顔をゆがめて立っていた。私を見る目はまるで腐乱死体でも見たようなものだったと彼は語った。


上司は彼に言った。


「お前、一体全体どうしたんだ。1時間も。1階とここを往復して、ドアが開くたびに『閉』ボタンを連打して……。みんな、怖くて乗れなかったんだぞ」


彼はゆっくり立ち上がり、またエレベーターに戻り、『閉』ボタンを壊れたおもちゃのように連打した。

それを上司に止められ、彼は止まった。



そうして佐藤はここ聖マリアンナ記念病院 精神科に連れられ、私の診断を受けた。

結果彼は、重度ストレス反応に伴う解離性離人症、および強迫的現実逃避と分かり療養を受けることになった。





しかし、社会復帰の目処は立たず、会話は常に論理を欠き、深入りすることは無益であると判断する。

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