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第9話 セドリックの両親との対面


「当主夫妻が、本日の夕食にセドリック様と奥様が来るようにとのことです」


 ――え?


 その言葉に、私とセドリックは同時に固まった。


 本邸の夕食に、招待?


 まさか、そんな。


 私は使用人の顔を見る。

 彼は真剣な表情で、冗談を言っているようには見えない。


「……本当に、ですか?」


 セドリックが確認する。


「はい。今宵、本邸の食堂にて。準備をしてお越しくださいとのことです」

「わかりました。ありがとうございます」


 使用人が去った後、私たちは顔を見合わせた。


 まさか本邸の夕食に招待されるとは思っていなかった。


 原作では、セドリックが夫妻や兄ダリウスが事故で亡くなるまで、彼が本邸に行ったことはなかったはず。


 離れに隔離され、存在を無視され続けていた。


 それなのに、今、招待されている。

 原作と剥離していることに驚きながらも、私はセドリックを見た。


「大丈夫ですか?」


 彼は少し考えてから、静かに頷いた。


「僕は大丈夫です。アメリアは?」

「私も大丈夫です。まだご挨拶もしていませんし」


 実際、私はこちらに嫁いでから一度も、義父母に会っていない。

 だから、ある意味では良い機会なのかもしれない。


「じゃあ、準備しましょう」

「ええ」


 私たちは急いで支度をした。


 私はドレスを選び、髪を整え、アクセサリーをつける。


 セドリックも正装に着替え、髪を丁寧に整えた。


 そして、二人は準備をして本邸へと向かった。

 離れの屋敷と本邸はあまり離れておらず、歩いても行けるが、馬車での移動となった。


 使用人が扉を開け、私たちは馬車に乗り込む。


 短い道のりだけれど、私の心臓はずっと早鐘を打っていた。


 するとセドリックが私の手を取ってくれた。


「大丈夫です」


 推しに手を握られることはまだ慣れていないが、今はとても心強かった。


「ええ。ありがとう、セドリック」


 馬車が止まる。

 扉が開き、私たちは降りた。


 本邸に着き、離れの屋敷も十分に広かったが、本邸の大きさにまず驚く。

 天井が高く、シャンデリアが煌々と輝いている。


 壁には絵画が並び、床は磨き上げられた大理石。


 廊下だけでも、離れの広間より広い。


「……すごい」


 思わず呟くと、セドリックが小さく笑った。


「驚きましたか?」

「ええ。こんなに立派だとは」

「行きましょう」


 セドリックが手を差し出し、私はそれを取った。


 彼のエスコートで、私は本邸の食堂へと案内された。

 廊下を歩く間、使用人たちがすれ違うたびに深く頭を下げる。


 その視線が、少し刺さる。


 やがて、大きな扉の前に辿り着いた。

 使用人が扉を開ける。


 中は、想像以上に広かった。


 長いテーブルが中央に置かれ、その奥にすでにギルベルト公爵夫妻は座っていた。


 当主のゴーン・ギルベルトと、夫人のイザベル。


 ゴーンは五十代半ばくらいで、がっしりとした体格。

 髪は黒に白が混じり、鋭い目つきをしている。


 イザベルは美しい女性だが、目元が冷たい。

 栗色の髪を結い上げ、宝石をいくつも身につけている。


 招いた側の二人が座ったままの状態で、こちらを見ている。


「よく来た」


 ゴーンが短く言う。


 イザベルは何も言わず、ただこちらを値踏みするように見ている。


 ――失礼な、態度だ。


 招待しておいて、立ち上がりもしない。

 でも、セドリックも私も何も言えない。


 ここは彼らの家。


 私たちは、立場が下なのだから。


 だからこそ、私はとても丁寧に自己紹介をした。


「初めまして。アメリア・ファビールと申します。この度はセドリック様と結婚させていただき、光栄に存じます」


 深く、綺麗に頭を下げる。

 背筋を伸ばし、裾を持ち、完璧な礼。


 二人が無礼な真似をしても、自分は丁寧に。


 それが、私にできる精一杯の抵抗。


 それを見て、ゴーンとイザベルが小さく声を漏らした。


「ほう」

「まあ」


 少し、驚いたような声。


 セドリックも見習って、前に進み出た。


「挨拶遅れました。セドリックです。ただいま参りました」


 彼も丁寧に頭を下げる。

 ゴーンは小さく頷いた。


「座れ」


 私たちは促されるまま、当主夫妻の前に座った。


 テーブルの向かい側で少し距離がある。

 ほどなくして、料理が運ばれてきた。


 豪華で、美味しそうな料理。


 前菜、スープ、魚、肉。


 どれも一流の料理人が作ったものだとわかる。

 けれど、口に入れても味があまりしない。


 緊張で、喉が詰まる。


 隣のセドリックも、同じようだ。


 ナイフとフォークを動かしているけれど、表情が硬い。


 そういえば、セドリックの兄のダリウスがいない。


 同席しているかと思っていたのに。


 そう思った瞬間、ゴーンが口を開いた。


「ダリウスは呼んでいない。セドリックと相性が悪いようだからな」


 その言葉に、私はドキッとした。


 相性が悪い――つまり、知っているのだ。

 ダリウスがセドリックを虐めていたことを。


 おそらく前に離れの屋敷でダリウスが私を誘おうとして、セドリックが魔法で止めた話も知っているだろう。


 チラッと私のことを見てきたから、なんとなくそう思う。

 でも謝りもしないのは、当主としてのプライドなのだろうか。


 ゴーンは続ける。


「妻のイザベルもお前に対して思うところはあるだろうが、まあそれはいい」


 イザベルは何も言わず、ただ冷たい目でセドリックを見ている。


「お前は学園で良い成績を取ったということで、期待している」


 その言葉に、セドリックは背筋を伸ばした。


「慢心せず精進します」

「うむ」


 ゴーンは満足そうに頷いた。


 ――このくらいで呼ぶのだろうか?


 私は疑問に思った。


 原作でも、セドリックは首席まではいかなかったが、とても優秀な成績だったはず。


 だが原作では、本邸に呼び出されていない。


 なのに、今、私たちはここにいる。


 何か、別の理由があるのではないか。


 そう思っていると、ゴーンが私に視線を向けた。


「アメリア嬢。あなたも私が思っているよりも、優秀な人材だったようだな」


 その言葉に、私は少し身構える。


「こちらに来てから素行が良くなっただけじゃなく、水魔法の才能もあると聞く」


 えっ?

 水魔法のこと、知っているの?


 驚く私に、ゴーンは続ける。


「教師から報告を受けている。辺境伯家の血は、水に縁が深いと。そして、あなたにはその才がある」


 たじろぎながらも、私は頭を下げた。


「ありがとうございます」


 当主のゴーンは、私の水魔法の実力を、魔法授業の教師から聞いているようだ。

 そして、その才を――利用しようとしている。


「その力、鍛えれば我が領地のためとなる。その年齢までその才能が開花しなかったというのも不思議だが」


 明らかに、嫌味だ。

 二十歳になるまで遊び惚けていた私を、暗に批判している。


(二十歳になるまで原作通りの毒妻ルートの行動をしていたんだから仕方ないじゃない)


 心の中で反論するけれど、口には出せない。


 ゴーンはワイングラスを傾けてから、告げた。


「その力をさらに開花したら、公爵家の持っている領地を回ってもらう。準備しておいてくれ」


 その言葉で、私は全てを理解した。


 ――ああ、そういうことか。


 今回の食事は、セドリックのためじゃなく、私にそれを言うために開かれたのだ。


 セドリックの成績は、ただの口実。

 本当の目的は、私の水魔法を公爵家のために使わせること。


 やはりこの人達に、家族の情などない。


 ただ利益のために動く人。


 道具として、使えるものを使う。

 公爵家当主としては優秀なのかもしれないけど、親としては失格だ。


 そう思いながらも、私は笑顔で言い切った。


「わかりました。公爵家のため……夫のセドリック様のために頑張ります」


 ゴーンは満足そうに頷き、イザベルもほんの少しだけ表情を緩めた。


 隣のセドリックが、私の手をそっと握ってくれた。


 その温かさに、少しだけ心が落ち着いた。



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― 新着の感想 ―
なるはやで既成事実を作っとかないと、略奪ルートに入らないか心配。主人公が情を移したり、前回と違う展開にならないよう、事故が起きるまではあまり関わらないのかなと思ってたけど、ほんの小さな生活のズレから、…
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