第8話 入学して一カ月
セドリックが学園に入って、一月ほどが経った。
彼は毎朝、きちんと制服を着て馬車に乗り、夕方には帰ってくる。
学園生活は彼にとって充実しているようで、していないようにも見える。
魔法の勉強はやはり良いということで、楽しくやっているようだ。
帰ってくるたびに「今日はこんな魔法理論を学びました」「新しい術式が面白かったです」と目を輝かせて話してくれる。
その表情を見ていると、ああ、彼は本当に魔法が好きなんだな、と思う。
でも、友人ができているようには見えない。
いや、正確には「友人を作ろうとしている気配がない」というべきか。
確かに原作でも、セドリックには親しい友人がいなかった。
それは彼の魔力暴走のトラウマが大きな理由だった。
人と距離を取り、誰かを傷つけることを恐れ、孤独を選んでいた。
でも、今は違うはず。
私と手を繋いで、一緒に食事をして、笑って過ごしている。
トラウマは最低限になっているはず。
なのに――。
「セドリック、学園で友達はできた?」
ある夕食の時、私は何気なく尋ねた。
「学友はいますが、親しくしている人はいませんね」
「え……そうなの?」
「ええ。授業で隣に座る人はいますし、挨拶を交わす人もいます。でも、それ以上ではありません」
淡々とした口調。
別に困っているようには見えない。
むしろ、それが普通だと思っているような雰囲気。
「でも、せっかく学園に通っているんだから、友達を作ったほうが楽しいんじゃない?」
「友達……ですか」
彼は少し考えるように視線を落とした。
「特に必要性を感じていません。僕には、アメリアがいますから」
そう笑顔で言いきった。
――うっ。
その言葉が胸に刺さる。
嬉しいけど、でも、それでいいのかな。
人との距離が近くなっていることはいいことだと思う。
けれど、友人がいないというのはどうなんだろう。
原作では、トラウマを乗り越えた後、セドリックは比較的社交的になっていたはず。
レオナール殿下やノアとも、それなりに仲良くしていた。
だから、試しに提案してみる。
「そうだ、例えば……レオナール殿下とか、話してみたらどう? 同じ学年でしょう?」
その瞬間、セドリックの表情が変わった。
目の色が、少しだけ冷たくなる。
「なぜあの人に?」
「え?」
「それは僕を通じて、アメリアが彼と関係を持ちたいというわけじゃないですよね?」
――えっ、ちょっと待って。
そんなつもりじゃないんだけど。
彼は椅子から少し身を乗り出し、私の目をまっすぐ見る。
氷の湖のような青い瞳が、私を射抜く。
「僕が王子殿下と親しくなれば、アメリアも王子殿下と仲良くなれる。そう考えたのですか?」
「ち、違う! そんなつもりじゃ――」
「なら、なぜ王子の名を出したのですか」
低い声。
静かだけど、圧がある。
私は慌てて両手を振った。
「本当に違うの! ただ、セドリックに友達ができたらいいなって思っただけで……!」
「友達……」
彼は少し表情を緩めた。
けれど、まだ完全には解けていない。
「……そうですか。なら、いいです」
そう言って、彼は再びナイフを手に取った。
けれど、その後の食事は少し気まずかった。
――あれ、もしかして怒らせた?
いや、怒っているというより……嫉妬?
まさか、そんな。
でも、あの反応は明らかに普通じゃなかった。
その夜、私は自室で考えた。
原作では、トラウマを除いた後は社交的になったセドリック。
でも現実では、違うようだ。
もしかしたら、原作ヒロインが来ないと社交的にならないのかもしれない。
彼女が現れて、初めて心を開く――そういう設定なのかも。
でも、セドリックが楽しくしているならいいことだ、とも思う。
無理に友達を作る必要はない。
彼が幸せなら、それでいい。
――うん、そうだ。
私は自分に言い聞かせるように、そう結論づけた。
セドリックが学園に行って家にいない間、私は公爵家当主夫人の勉強と、水魔法の練習をしている。
私も学園には行っていたが、ほぼ勉強していない。
だから、今さら学び直しているようなものだ。
セドリックと初対面の時にゲーム原作の記憶が戻ったが、それよりも前に戻ってほしかったものだと思う。
そうすれば、もっと早くから準備できたのに。
まあ、過去は変えられない。
今できることを、精一杯やるしかない。
そして今日、セドリックは学園最初の試験があるらしい。
彼がどんな結果を取るかと、ソワソワとしながら待っていた。
玄関で彼を迎えると、彼はいつもより少し誇らしげな表情をしていた。
「アメリア、ただいま」
「おかえりなさい。どうだった、試験?」
「ええ。主席でした」
その言葉を聞いた瞬間、私の顔がぱあっと明るくなった。
「おめでとう、セドリック!」
満面の笑みで駆け寄る。
彼は少し驚いたように目を丸くした。
「ありがとうございます、アメリア」
「すごいじゃない! 主席だなんて!」
「そこまで喜んでいただけるとは」
「当たり前よ! だって、あなたの努力の結果でしょう?」
私は嬉しくて、つい彼の手を取っていた。
彼の手が、ぎゅっと握り返してくる。
「今日はお祝いね。何か食べたいものある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、セドリックの好きなものを――」
そう言いかけた時、本邸のほうから使用人が駆けてきた。
息を切らしながら、頭を下げる。
「セドリック様、アメリア様。失礼いたします」
「どうしました?」
セドリックが尋ねると、使用人は深く一礼してから告げた。
「当主夫妻が、本日の夕食にセドリック様と奥様が来るようにとのことです」
――え?




