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第31話 愛している



「僕は、こんなにも――あなたのことを愛しているのに」


「……えっ」


 ――愛している。


 その言葉が、頭の中で反響する。


 初めて、その言葉を言われた。

 今までは「大切だから」とか「好きです」とか言われていたけど、それは家族としての情だと思っていた。


 だから、勘違いしないようにしていた。


 いくら大切や好きだと言われても、それは姉弟のような、家族の情なのだと。

 セドリックが私を、女性として好きになることはないと思い込んでいた。


 だって、私は五歳も年上で、原作の毒妻で――。


「い、今なんて……」


 震える声で問いかける。

 セドリックは、真剣な表情のまま答えた。


「だから、アメリアを愛していると言ったんです」

「……っ」


 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

 耳の奥まで、自分の鼓動が響いている。


「そ、そんなの……今まで一回も言ったこと……」


 信じられない気持ちで呟く。

 すると、セドリックが少し驚いたような顔をした。


「えっ、そんなことは……」

「言ったことないですよ!」


 思わず声を上げてしまった。

 セドリックは、少し考え込むような表情になる。


 そして、ゆっくりと体を起こした。

 押し倒しているような体勢から、隣に座るような形に戻る。


「……確かに」


 小さくため息をついて、彼は認めた。


「好きだとか、大切ですと言ったことはありますが、『愛している』とは、直接は言っていなかったかもしれませんね」


 そう言いながら、彼は私の顔をじっと見つめる。

 そして、ハッとしたように目を見開いた。


「まさか、愛していると言われていないから、離婚を切り出していたんですか?」

「えっ」


 そう言われると、私が愛情を求めているワガママな女性みたいじゃない。

 慌てて首を振る。


「ち、違います! その……」


 言い淀んでしまう。

 けれど、このまま黙っているのもずるい気がして、勇気を振り絞って続けた。


「その、好きとか大切とか言われているのは、家族だからだと思って……姉に言っているような感覚だと思っていました」


 セドリックの表情が、驚きから呆れに変わった。

 そして、きっぱりと言い切る。


「そんなことはないです。全く」


 青い瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。


「僕はずっと、アメリアを一人の女性として好きでしたし、愛しています」

「っ……」


 顔が、一気に熱くなった。

 耳まで真っ赤になっているのが、自分でもわかる。


 確かに、そう言われると、いろいろと納得する部分もある。


 彼がこれだけ執着しているのも。

 離婚をしたくないと言っているのも。


 命を懸けてまで、私との関係を守ろうとしているのも。


(私は、女性としては愛されていないと思っていた)


 でも、そう言われてみれば――思い当たる節が、ないわけではない。


 私は勝手に「女性としては愛されていない」と決めつけていた。


 毒妻だから。

 年上だから。


 推しだからこそ、恋愛対象にはならないだろうと、どこかで線を引いていた。


(まさか、セドリックが……本当に、私のことを好きだなんて)


 自分で考えておきながら、全く実感が追いつかない。

 セドリックは、ふぅ、と長く息を吐いた。


「まさか、愛していると言わないと、僕の気持ちに気づかれなかったなんて……」


 どこか疲れたような、でも少し拗ねたような声音だった。

 その様子を見ていると、胸がちくりと痛む。


「あの、その……すみません」


 私が謝ると、彼は小さく首を振った。


「まあ、いいです」


 柔らかい笑みが戻る。


「これで、僕がアメリアを女性として好きだということが、わかりましたか?」


 顔を赤くしながら、それでも確認せずにはいられなかった。


「ほ、本当ですか? 気の迷いなんかじゃ……」


 自分で言いながら、必死に逃げ道を探している気がする。

 でも、セドリックはきっぱりと、私の言葉を遮った。


「違います」


 その瞳には、迷いひとつなかった。

 そして、両手で私の手を包み込んだ。


「僕は三年前から、ずっとアメリアが好きでした。愛しています」


 真剣な表情で、一言一言を丁寧に紡ぐ。


「だから、僕の側から離れないでください」

「っ……」


 また、心臓がきゅっと締め付けられる。


 今夜、何度目かもわからないけれど――過去最高に顔が熱い。


 呼吸の仕方を忘れそうになる。


(どうしよう、本当に……)


 推しからの愛の告白、しかも連打。

 情報量が多すぎる。


 そんな私を見て、セドリックは少しだけ肩の力を抜いた。


「ようやく、僕の気持ちが伝わったようでよかったです」

「よ、ようやく……?」

「ええ。アメリアは、ずっと僕のことを弟のように思っているようで、歯がゆかったですから」

「そ、そんなことは……」


 反射的に否定しかけて、言葉が喉につかえる。


(……いや、全くなかったとは言えないんだけど)


 最初の頃。

 まだ彼が十五歳で、病弱で、触れると壊れてしまいそうだった頃。


 その時は確かに、「守ってあげなきゃ」という気持ちが強かった。


「確かに小さい頃はそう感じることもありましたが……」


 正直に付け足すと、セドリックは「ですよね」と、なぜか満足そうに頷いた。


「えっ?」

「でも、今は違う」


 私が目を瞬かせていると、彼は少しだけ身を乗り出してきた。


「僕のことを弟だなんて、思っていないことくらい――今のアメリアの顔を見ればわかりますよ」

「わ、私の顔……?」

「やっと、僕のことを『男』として意識してくれましたね?」


 ふわりと、艶やかな笑みが浮かぶ。


 その笑顔に、今までで一番、胸が高鳴った。


 視線を奪われて、瞬きすら忘れてしまいそうになる。


(な、なにその顔。反則じゃない?)


 あの、可愛い少年だったセドリックはどこへ行ったのか。


 目の前にいるのは、危険な香りのする美青年だ。


 喉がひくりと鳴る。


 上手く息ができない。


「もう離しませんからね、アメリア」


 囁くような声で告げられる。


「僕の――一番大切な人」


 そして、手の甲に優しく唇を落とした。


 触れるか触れないかの、羽のような口づけ。


 でも、その温もりは確かに伝わってきて。


「っ……!」


 そこから、じわりと熱が広がっていく。


 手の甲だけじゃなく、腕を伝って、心臓にまで届くような感覚。


(ちょ、ちょっと待って。ここは乙女ゲームのイベントですか?)


 頭の中でツッコミを入れながらも、視線を逸らせない。


「……は、離しませんって言われても」


 なんとか声を絞り出す。


「その魔道具のせいで、離れたらセドリックが死んじゃうんですから。嫌でも離れられませんよ」


 我ながら、ひどい言い方だと思う。

 でも、動揺を隠すので精一杯だった。


 セドリックは、クスッと笑った。


「確かにそうですね」


 素直に認めてから、少しだけ首を傾げた。


「でも、離れるのが嫌なんですよね?」

「なっ……」


 図星を刺されて、言葉が詰まる。


(そりゃ嫌だけど……。離婚なんて、本当はしたくないに決まってるじゃない)


 推しと別れたいオタクなんて、この世に存在するのだろうか。


 彼の隣から降りるなんて、想像しただけで胸が締め付けられる。


 けれど、それをそのまま口にするのは、あまりにも恥ずかしくて。


「……し、知りません」


 精一杯の虚勢を張って、そっぽを向く。


 セドリックが、小さく笑った気配がした。


「やっぱり、アメリアは――世界一可愛いです」

「なっ……!」


 不意打ちの一言に、また心臓が跳ねる。


 世界一。


 そんな大げさな言葉、冗談だと分かっていても、嬉しいに決まっている。


(……私の推し、セドリックが世界一なのは、前から決まってたけどね)


 心の中でだけ、そっと言い返した。




ひとまずここで一区切りとさせていただきます!

ここまでお読みいただきありがとうございます!


本作は書籍化とコミカライズが決まっていますので、続報をお待ちいただけると幸いです!


面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!

ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!

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