第29話 セドリックの宣言
社交パーティーも終盤に差し掛かり、会場の雰囲気も少し和やかになってきた。
シャンデリアの光が、少し薄暗くなった会場を優しく照らしている。
今夜は本当に楽しい時間だった。
特に、セドリックとのダンス。
(ああ、思い出すだけでドキドキする……)
彼の手が私の腰に添えられて、音楽に合わせて優雅にステップを踏む。
セドリックはダンスも完璧で、リードが本当に上手かった。
会場中の視線を浴びながら踊るのは少し恥ずかしかったけど、それ以上に幸せな時間だった。
ダンスが終わった後、セドリックは何人かの女生徒から声をかけられていた。
「セドリック様、次は私とも踊っていただけませんか?」
「いえ、妻がいますので無理です」
きっぱりと断る彼。
素っ気ない返事に、女生徒たちはがっかりとした表情で去っていく。
「別に踊ってもいいんですよ、セドリック」
妻帯者が異性と踊ってはいけない、という規則などない。
むしろ社交の場なので、踊っている人のほうが多いくらいだ。
「いえ、僕が踊りたくないだけなので」
「そ、そう……」
そこまで言われると私も何も言えない。
(若い子たちには申し訳ないけど……)
でも正直、少し嬉しく感じてしまう自分がいた。
「皆様、お集まりください」
司会の声が響き、人々が会場の中央に集まり始める。
「長期休暇前の、各学年の首席を発表させていただきます」
ああ、そういえばそんな行事もあったっけ。
原作ゲームでも、このイベントはあった。
「まず、一年生の首席は――エンシオ・ヴァイス殿下です」
小柄で可愛らしい王子様が、少し照れたような表情で前に出る。
銀髪をふわふわと揺らしながら、恥ずかしそうに頭を下げた。
「続いて、二年生の首席は――エミリア・クラウン嬢です」
呼ばれた彼女はとても笑顔で、ピンク髪を靡かせながら前へ出て行く。
(へぇ、エミリアが首席なんだ)
編入生なのに、すごいな。
さすが主人公、という感じだ。
努力もしているのだろう。
「そして、三年生の首席は――セドリック・ギルベルト様です」
彼が呼ばれると、周りの人達が拍手をしながらこちらを見る。
「行ってらっしゃい、セドリック」
「すぐ戻ります」
セドリックが私から離れて、舞台の方へ歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、ふと思った。
(あれ? 原作ゲームでは……)
この時の三年生の首席は、原作主人公が一番仲の良い三年生の攻略対象のはず。
つまり、ノアか、レオナール王子か、セドリックか。
でも、セドリックはどう見てもエミリアと仲良くない。
原作通りなら、エミリアと一番仲が良さそうなノアが首席だったはずだ。
ノアの方を見ると、少し悔しそうな表情でセドリックを見ている。
どうやら、私が原作を変えてしまったせいで、原作とは違う展開になっているようだ。
「では、各学年の首席から一言ずついただきましょう」
まず、エンシオ殿下が声を拡散させる効果を持つ魔道具、前世で言うマイクの前に立つ。
「あ、あの……僕は、その……」
エンシオ殿下は、人見知りらしい緊張を隠しきれない顔で、それでも一生懸命に言葉を紡いでいた。
「え、えっと……いつも支えてくださっている先生方、それから兄上に、感謝しています。これからも、恥じないように、がんばります」
その可愛らしい姿に、周りから黄色い声援が上がる。
「やっぱりエンシオ殿下ね……」
「可愛い……」
「合法ショタが今日も尊い……」
周囲から、そんな声が聞こえてくる。
合法ショタ、というワードに思わず目を瞬かせた。
(……この世界にも、オタクっぽい人たちはいるのね)
妙な仲間意識が、ほんの少しだけ芽生えた気がする。
(でも、公の場でそれを言うのはどうなの……)
次はエミリアの番。
彼女は愛想よく、優等生らしい挨拶をする。
「私が首席になれたのは、先生方の素晴らしい教えがあったからです。本当にありがとうございます」
それから、一拍おいて付け加える。
「それから……教えてくださった優しい先輩もいましたから」
その言葉に合わせて、彼女が視線を送った先を追うと――ノアがいた。
少し顔を赤らめながら、どこか誇らしげな表情をしている。
(ああ、そういえばそんなイベントもあったっけ)
ノアがエミリアに勉強を教えるイベント。
それで好感度が上がるんだった。
そして最後、三年生首席のセドリックの番。
彼が魔道具であるマイクを受け取り、会場を見渡す。
青い瞳が一度だけ、私の方を見た。
(何を言うのかしら……学業と公爵家の両立の話とか?)
期待半分、不安半分で見守っていると――。
そして、最初の一言――。
「私は、妻のアメリアと離縁するつもりは一切ありません」
最初の一言が、それだった。
「……えっ?」
思わず、声にならない声が口から漏れる。
会場全体でも、同じように「え?」という空気が一斉に弾けたのがわかった。
私は目を見開き、ただ壇上の彼を見つめるしかなかった。
彼は少しも照れず、真面目な顔で続けた。
「最近、私の妻に対する謂れもない噂が立っているのを聞きました」
その声は、静かだけど怒りを含んでいた。
「私はギルベルト公爵家当主として、そのような名誉を汚す言動の一切を許しません」
声の調子は穏やかだ。
けれど、その奥にあるものは――冷たい刃だ。
「すでに、噂の出所は突き止めています。適切な処置を行う予定です」
淡々と告げられた宣告に、会場の大人たちがざわついた。
「たかが社交界の噂だろう?」
「本気で処置をするつもりか?」
「公爵家当主が、たかが妻の噂を消すためにそこまでするなんて……」
小さな声が、あちこちで飛び交う。
驚きと、戸惑いと、ほんの少しの恐れ。
(……まさか、本当にやるつもりなの?)
前に、彼がそんなことを言っていた。
「家ごと潰しますよ」と、笑いながら。
あの時は、半分くらい冗談だと思っていた。
でも今の言い方は――完全に、本気だ。
セドリックは、何事もなかったかのようにマイクを置いて、舞台から降りてきた。
真っ直ぐ私の元へ歩いてくる。
「お待たせしました、アメリア」
「……はい、お帰りなさいませ」
声が少しだけ震えたのを、自分でもわかった。
周囲から、ひそひそとした声が聞こえてくる。
「あの方が……」
「公爵夫人、そんなに歳上には見えないが……」
「いや、それより愛しているって……公の場で……」
好き勝手に言ってくれる。
穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。
でも――。
さっき壇上で、彼が最初に言った言葉が、頭から離れない。
『私は、妻のアメリアと離縁するつもりは一切ありません』
公の場で、はっきりと。
ごまかしも、冗談もなく。
まさかそんなことをここで宣言するとは思わなかった。
王族すらいるこの公の場でそれを宣言するということは、もう離婚はほぼ不可能と言っても過言ではない。
それこそ、私が原作の毒妻アメリアのように資金横領して処刑でもされなければ、離婚は無理だろう。
離婚したいからと言って横領などしたら本末転倒だ。
私は別に死にたいわけじゃないし、そのルートを回避するために過ごしてきたつもりだ。
でもこれでは本当に、離婚をするのが不可能に……。
「アメリア、大丈夫ですか?」
セドリックが心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「すみません、事前に言っておくべきでしたか?」
「い、いえ! でも、あんなこと言って大丈夫なんですか?」
「何か問題でも?」
セドリックは、きょとんとした顔をする。
「だって、公爵家当主が妻のためにあそこまで……」
「当然のことをしただけです。あなたは私の大切な人ですから」
また破壊力のある言葉を。
顔がさらに熱くなる。
(もう、この人は……)
その後も発表は続いたけど、正直あまり頭に入ってこなかった。
周りからの視線を感じながら、ただセドリックの隣に立っているだけで精一杯。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、守られているような安心感があった。
セドリックが、私のために怒ってくれた。
私のために、公の場であんな宣言をしてくれた。
それは本当に嬉しく思う。
困った部分もあるけど。
(やっぱり推しは……いえ、セドリックは最高ね……)
そんなことを思いながら、パーティーの終わりを迎えた。
面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!




