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第28話 原作イベントの社交パーティーに


 社交パーティーの会場は、王都でも有数の大広間だった。

 天井から下がるシャンデリアがきらめき、磨き上げられた大理石の床が光を反射している。


 今回は魔法学園が長期休暇に入る前のパーティーということで、学生とその家族の貴族が多く参加していた。


 私は、セドリックと並んで会場に入る。


(やっぱり、セドリックは目立つなぁ……)


 隣を歩く彼に、多くの視線が注がれているのがわかる。


 淡い金髪に、端正な顔立ち。

 すらりとした長身に、品のある立ち振る舞い。


 三年生で最高学年の首席、さらには公爵家当主。

 周りから、ちらちらと視線が向けられている。


 憧れの先輩、というやつなのだろう。


(本当に、隣に立つのが私でいいのかしら……)


 そんなことを考えていると、セドリックがエスコートしてくれる腕に、少し力が入った。

 そして、小さな声で囁かれる。


「綺麗ですよ、アメリア」

「っ……!」


 思わず顔を上げると、優しく微笑む青い瞳と目が合った。

 その笑顔があまりにも素敵で、心臓が高鳴る。


「あ、ありがとうございます。セドリックも、とても素敵ですよ」


 精一杯、平静を装って言い返す。

 彼は、嬉しそうに目を細めた。


「そう言ってもらえると、頑張って着飾った甲斐がありますね」


 その笑顔に、また胸がときめく。


(だめだ、推しが眩しすぎる……)


 でも、今日はただ推しとの時間を楽しむだけじゃない。

 確認したいことがあった。



 原作ゲームでは、このパーティーに主人公のエミリアが攻略対象と一緒に入場する。


 現段階で、一番好感度が高い攻略キャラと一緒に。

 それが誰なのか、気になっていた。


 どのルートを選んだのか。


 だから、時々会場を見渡して、エミリアの姿を探した。

 しばらくして――見つけた。


 会場の少し離れたところに、エミリアがいた。

 淡いピンクの髪をふわりと揺らしながら、彼女は人混みの向こうを歩いていた。


 隣にいるのは――ノア・アシュペルだった。

 紫の髪を持つ、クールな雰囲気の青年。

 アシュペル侯爵家の跡取りで、魔法学園では三年生。


 二人はとても仲良さそうに話していた。


 おとなしくて、教室の隅っこにいるタイプ……だったはずの彼が、今はエミリアの隣で優しく微笑んでいる。


「ドレス、似合っていますよ、エミリア」

「本当ですか? ノア様が選んでくださったからです」


 エミリアが、少し恥ずかしそうにスカートの裾を摘まむ。

 ノアは柔らかく笑った。


「似合わないものを贈るわけがないでしょう。……あなたのために選んだのですから」


 ちょっと、攻略対象さん。台詞が甘いですよ。

 頬を赤らめるエミリア。


 エミリアの頬がうっすら赤く染まり、視線を伏せた。


「そ、そんなふうに言われると……私、期待してしまいます」

「していてください。僕は、それに応えられるように努力しますから」


 ……うん、これはもう。

 ノアルート、ど真ん中ですね。


 ノアの方が、明らかに好意を隠していない態度だけど。

 彼女は、ノアのルートに行ったのだろう。

 少なくとも、セドリックのルートではない。


(……よかった)


 思わず、胸の奥からふうっと息が抜けた。

 安心した自分に、ハッとする。


(いけない、何を安心してるのよ、私)


 自分はただの脇役の毒妻キャラ。

 しかも、セドリックより五歳も年上。


 前世の日本だと、このくらいの年齢差は不思議ではないかもしれない。


 でも、この世界だと異質に見える。


 特に女性の方が年上というのは、ほぼないと言っても過言ではない。

 逆は多くあるけど、女性が年上というのは珍しい。

 実際、会場でも少し奇異な目で見られているのを感じる。


(やっぱり、おかしいよね……二十三歳の妻と十八歳の夫なんて)


 エミリアがセドリックを狙っていないからといって、私がずっとセドリックの妻でいることが許されたわけじゃない。


 でも――。


『あなたがいなければ、僕は幸せになるのは不可能なんですから』


「……っ」


 脳内再生だけで顔が熱くなる。


 しっかりしなさい、私。浮かれないの。

 私は深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。


 そうしていると、エミリアがこちらに近づいてきたのが見えた。

 ノアはどこかに行ったらしく、姿が見えない。


「セドリック様、ごきげんよう」


 花が咲いたみたいな笑顔で、彼女は頭を下げた。


「今日もとても素敵ですね。その礼服、とてもお似合いです」

「ごきげんよう、エミリア嬢」


 セドリックは社交辞令としては充分丁寧に、だけどどこか温度の低い表情で返す。

 冷たいわけではない。ただ、一定の距離を保ったままの笑顔。


「あの、今日は楽しんでいらっしゃいますか?」


 エミリアは、めげずに話しかける。


「ええ、妻と一緒ですから」


 セドリックが、私の方を見る。

 エミリアの笑顔が、少し引きつった。


 でも、私はエミリアの様子に少し違和感を覚えた。

 ノアを選んだはずなのに、セドリックにも愛想よくしようとしている。

 それに――。


(あれ? そのアクセサリー……)


 彼女が身に着けているものに目が留まる。


 髪飾り、ブレスレット、ネックレス。


 その三つは、見覚えがあった。

 原作ゲームで、他の攻略対象からもらうはずのアクセサリーだ。


 髪飾りは確か、年上の攻略対象の一人、レオナール王子から。

 ブレスレットは、年下の攻略対象の、エンシオ王子から。

 ネックレスは、同学年の攻略対象の、ヴィクトールから。


 ドレスはノアから贈られたものだろうけど、アクセサリーは別の攻略対象からのもの。

 原作では、この時期は五人までの攻略対象と接触できる。


 つまり――この時点で接触できる攻略対象五人のうち、四人からの贈り物を身に着けている。


(……完全に、ハーレムルートだわ)


 彼女は、ハーレムルートを選んでいるということだ。


(でも、その中にセドリックはいない)


 彼女の身に着けているものの中に、セドリックからの贈り物はなかった。


 原作でも好感度を上げていなければ贈り物はもらえないはずだから、セドリックの彼女に対する好感度は低いのだろう。


(つまり、セドリックの好感度は高くない。……というか、昨日「嫌い」って断言してたし)


 そう考えると、また少しだけ胸が楽になる自分がいて、こっそり反省した。


「ああ、紹介が遅れました」


 セドリックが、私の方に手を添える。


「こちらは私の妻、アメリアです。私の一番大切な人です」

「っ……」


 いきなり心臓の悪い台詞を言わないでほしい。


(大切な人って……)


 でも、表面上は冷静を装って、丁寧に挨拶をする。


「初めまして、エミリア・クラウンさん。アメリア・ギルベルトと申します。夫がお世話になっております」


 優雅にスカートを摘まんで、礼をする。


 瞬間――。

 エミリアの顔が、少し歪んだのが見えた。

 笑顔の仮面が剥がれた隙間から、剣先みたいな視線が覗く。


 まるで、何かの仇でも見るみたいに、こちらを睨みつけてきた。


 でも、すぐに取り繕って、笑顔を作る。


「初めまして、アメリア様。エミリア・ローズです。お会いできて光栄です」


 にこやかに挨拶を返してくる。


 でも、その目は笑っていない。


(どうやら、私は嫌われているみたいね)


 なぜなのかはわからないけど、彼女にとって私は邪魔な存在なのだろう。

 セドリックとも仲良くなりたいのに、妻がいたら嫌になるのもわかる。


 ハーレムルートなら、全員を落とさないといけないし。


(まあ、仕方ないか)


 私も彼女に好かれたいとは思っていないから、問題はない。


「学園生活はいかがですか?」


 社交辞令として、エミリアに尋ねる。


「とても楽しいです。皆様優しくて、勉強も充実していて」

「それは良かったですね。編入は大変だったでしょう」

「ええ、でも皆様のおかげで、すぐに馴染むことができました」


 当たり障りのない会話を続ける。

 エミリアは、まだセドリックと話したそうにしていた。


 チラチラと彼の方を見ている。

 でも、セドリックは全く興味がなさそうだ。


「では、これで失礼します」


 セドリックが、会話を切り上げる。


「まだ挨拶をしなければいけない方々がいますので」

「あ、はい……」


 エミリアが、名残惜しそうな顔をする。


「では、失礼します。アメリア、行きましょう」

「はい」


 セドリックは私の腰に軽く手を添え、エミリアへ一礼してからその場を離れようとした。


 その瞬間――。


「――脇役の毒妻のくせに」


 小さな呟きが、私の耳に届いた。


 エミリアの口から漏れた言葉。

 他の人には聞こえないくらい小さな声だったけど、私にははっきりと聞こえた。


(えっ?)


 思わず立ち止まりそうになる。


 脇役、毒妻。

 それらは、原作ゲームをやっていないと出てこない言葉のはず。

 ゲームの紹介文や、プレイヤーの感想で使われていた単語。


(――今、この世界で、その言葉をそのまま口に出す人なんて)


 いないはずだ。

 原作ゲームを知っている、転生者の私以外には。


 つまり……。


(まさか、彼女も転生者?)


 振り返って確認したかったけど、セドリックに引かれて、そのまま彼女から離れてしまった。


 心臓が、ドクドクと鳴っている。


 もし本当に転生者なら――。

 いや、今は確認のしようがない。


 でも、もしそうなら、色々と説明がつく。

 なぜセドリックが離婚していると思い込んでいたのか。

 なぜ私を敵視するのか。

 原作通りに進めようとしているのかもしれない。


(それなら尚更、私は邪魔者ね)


 でも、彼女はハーレムルートを選んでいる。


 自分もゲームでハーレムルートを選んだことはあるけど、ゲームプレイヤーとして全てのイベントを網羅したかっただけ。

 現実としてハーレムルートを選ぶのは、ありえない。


 ゲームのように上手くいく保証なんてどこにもないのだから。


 だが逆に、ゲームのように上手くいく可能性もある。

 どちらにしても、あの子はセドリック一人だけを選ぶつもりはないのだろう。


 ……それなら私が妻のままでいいのかな?


(いやいや、落ち着け私……あの子じゃなくても、セドリックに相応しい子なんて、たくさんいるだろう)


 うん、絶対にそうだと思う。


 複雑な気持ちになりながら、セドリックと共に会場を歩く。


 推しの隣にいられる幸せと、いつか来るかもしれない別れへの不安が、胸の中で渦巻いていた。




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― 新着の感想 ―
いつものパターンではありますが。 「ハーレムルートは現実的にはあり得ない」 さて、これが具現化するのはどのくらい先だろう?
セドリックなんで今回に限って聞こえてないんや・・
パートナーには聞こえていそうですが⋯??
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