第15話 二年後、社交界へ
セドリックに嫁いでから、二年が経った。
私自身に劇的な成長があったかと言えば、正直、胸を張れるほどではない。
水の魔法は前より扱えるようになったし、帳簿も読めるようになったくらい。
対して、彼は――成長した。
最初に出会った十五歳の彼は、私と視線の高さが同じくらいで、手も細く、声も少年のそれだった。
今は十七歳。並んで立てば、私は彼を見上げる。
肩幅も広がり、喉仏の角度はくっきりして、声は低く静かに響く。
やわらかな気配はそのままに、輪郭だけが凛とした。
――原作ゲームの立ち絵に、ほとんど重なっている。
だから、顔を見るたびに少し胸が高鳴る。
推しが推しの完成形に近づいていく過程を、毎日横で見てしまっているのだから、そりゃドキドキもする。
(推しが、目の前にいる……どういうこと?)
それも二次元じゃなく、完全な現実の解像度で。
毎日一緒に過ごしているのに、変な感覚だ。
しかも今日は、彼と一緒に社交界に出る日だ。
今までずっと二年間出ていなかった。
でも、さすがに回避は難しくなった。
来年くらいに離縁するつもりなので、社交界などに出てセドリックの妻だと周りに知られるのは、セドリックに迷惑がかかると思っていた。
だから、社交界には出ないようにしていた。
私の過去の評判は良くない。
夜遊びをして、遊び惚けていた令嬢。
そんな私が公爵夫人として社交界に出れば、セドリックの評価を下げてしまうかもしれない。
それは避けたかった。
セドリックも社交界には興味がないので、この二年はずっと出なくてよかった。
でも今回は違う。
ギルベルト公爵家が主催となるパーティーが開かれる。
息子夫婦となる私たちも、さすがにそれは出席することになってしまった。
断る理由がない。
義父のゴーン公爵から直々に「出席するように」と言われた。
あれは命令だった。
だから、私は今、社交界のドレスに着替えて玄関でセドリックを待っている。
久しぶりに社交界向けのドレスを着ている。
公爵家が用意してくれたもので、とても豪華だ。
深い紅色のドレス。
胸元は控えめに開いていて、袖は透ける薄絹。
ウエストは細く絞られ、スカートは広がっている。
裾には金糸で刺繍が施され、宝石が散りばめられている。
髪は高く結い上げ、小さな宝冠を載せている。
首には細いネックレス、耳には小さなイヤリング。
鏡で見た自分は、まるで別人のようだった。
ゲームの記憶を取り戻す前は、いつもこのような服を着ていたアメリアだ。
でも記憶を取り戻してから初めて着るので、少し緊張している。
重い。息苦しい。
でも、綺麗だとは思う。
それと、緊張することはもう一個ある。
セドリックと、ダンスをすること。
社交界では、夫婦で踊るのが慣例だ。
以前、一緒にダンスの練習をしたことはある。
でも、本番は初めて。
推しと、踊る。
それだけで、心臓が跳ねる。
そう考えているとセドリックが「お待たせしました」と言いながらやってくる。
階段の上から、彼が降りてくる。
その姿を見た瞬間――私は息を呑んだ。
完璧に着飾ったセドリックが立っていた。
黒の燕尾服に、白のシャツ。
胸元には銀の刺繍が施され、襟には小さな宝石。
髪は丁寧に整えられ、淡い金色が光を反射している。
青い瞳が、私を見ている。
少年から青年へとなったセドリックの着飾った姿は、本当にカッコよかった。
(推しが、尊すぎる……!)
いや、ダメだ。
心臓が、激しく跳ねる。
興奮が、込み上げる。
だが原作ゲームのセドリックの服装を思い出していたから、興奮度は少し抑えられた。
あらかじめその容姿を知っていたから、抑えられた。
でもそれでもやはり、眼福だった。
ゲームの画面で見るのと、現実で見るのは違う。
解像度が違う。
質感が違う。
存在感が違う。
そんなことを考えていると、セドリックが少し頬を赤くして目を丸めているのがわかった。
あれ、どうしたんだろう。
私は近づいた。
「セドリック、大丈夫ですか?」
心配になって、手を伸ばす。
頬にも手を当てて、熱がないか確認する。
温かい。
でも、熱があるほどではない。
するとセドリックがハッとして、私の手を取った。
「すみません」
彼は、少し恥ずかしそうに笑う。
「アメリアが綺麗なので、見惚れていました」
その言葉に、私の心臓が高鳴った。
ばくん、と大きな音を立てる。
顔が、熱くなる。
まさか、そんな直球に褒められるとは思っていなかった。
「あ、ありがとうございます……」
私は、照れながらお礼を言う。
そして、視線を逸らしてから続ける。
「セドリックも、とてもカッコいいですよ」
正直な感想を口にする。
本当に、カッコいい。
あの少年で可愛かった推しが、こんなに成長するなんて。
いや、成長するのは当たり前で、この姿を知っていたけど。
それでも感動だ。
するとセドリックが、少し首を傾げた。
「可愛い、じゃないですか?」
「えっ?」
私は驚いて、彼を見る。
セドリックは、笑顔で言った。
「アメリアに可愛いと言われるのも嬉しいですが、可愛いよりもカッコいいが勝つようになりましたか?」
その言葉に、私は思い出す。
確かに、一年以上前にそんなことを言った気がする。
彼が魔法の練習をしていた時。
私が「可愛い」と言ったら、彼は「可愛いは嬉しくない。いつか、カッコいいと言われるように頑張る」と言った。
まさか、それを覚えているなんて。
私は、クスッと笑ってしまった。
「ええ、カッコいいですよ」
笑いながら言う。
本当に、カッコいい。
少年の面影はもうほとんどなくて、立派な青年になっている。
セドリックは、嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいです」
そう言いながら、私の手を引き寄せて。
そして、手の甲に唇を押し当てる。
柔らかい感触。
その様が、とても美しくて見惚れてしまう。
完璧な所作。
まるで、絵画のよう。
そして、遅れて心臓が高鳴った。
ばくん、ばくん、と大きく跳ねる。
顔が、耳が、熱い。
い、今、推しに、手の甲に、キスをされた……。
尊すぎてムリ……!
で、でも、顔には出さない。
平静を保つ。
これが、オタクの心構えだ……多分。
セドリックは、そのまま私の手を取って立ち上がった。
「行きましょう」
優しく、エスコートしてくれる。
腕を差し出し、私が手を添えるのを待つ。
私は、彼の腕に手を添えた。
「ええ」
そう答えながら、高鳴る心臓を抑えて平常心を保つ。
落ち着け、私。
これはただの社交界。
推しと一緒に行くだけ。
――いや、全然落ち着けない。
だって、推しとのデートみたいなものじゃない。
違う、デートじゃない。
公務だ。
公爵家の息子夫妻としての、公務。
そう自分に言い聞かせながら、私たちは馬車へ向かった。
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