第13話 視察と浄化
この町に着いて翌日。
私とセドリックは朝食を食べた後、視察を始めた。
朝食は屋敷で用意されたもので、パンとスープ、果物。
セドリックはしっかり食べていて、その姿を見ると安心する。
以前は食が細かったのに、今はちゃんと食べてくれる。
私のしつこく言ったお陰だと思うと、少し誇らしい。
昨日も屋台が並ぶところへ行ったが、今日も向かって町の人々を見る。
朝早い時間なので、今は仕込みの時間のようだった。
みんなバタバタしている。
野菜を洗う人、肉を切る人、パンを焼く人。
活気があるように見えるけれど、どこか慌ただしい。
その中に、顔色が優れない人がいる。
中年の男性で、額に汗を浮かべて荷物を運んでいる。
少し心配になって、話を聞いてみることにした。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけると、男性は驚いたように顔を上げた。
「あ、ああ……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
疲れた声。
でも、話を聞いてみたい。
「もしよければ、お話を聞かせていただけますか? この町のことを知りたくて」
私がそう言うと、男性は少し考えてから頷いた。
「実は……最近は穀物が取れなくて、物価が上がっているんです」
「穀物が取れない?」
「ええ。だから、食べ物も高くなって……商売も厳しくて」
その言葉に、私は眉をひそめる。
やはり、問題があるようだ。
ほかの人にも話を聞いてみると、やはり物価が上がっているようだった。
パン屋の女性は「小麦が高くて困っている」と言い、八百屋の老人は「野菜も育ちが悪い」と嘆いていた。
原因としては、穀物が取れないから。
町の活気は少なくなったらしい。
以前はもっと賑やかだったようなのに、今は人々の表情にも疲れが見える。
原因の穀物不足をしっかりと取り除く必要があるようだ。
私はセドリックを見る。
彼も真剣な顔で頷いた。
「畑に行きましょう」
「ええ」
私とセドリックは穀物を育てている畑に向かう。
町を抜けると、広大な畑が広がっていた。
でも、その畑は元気がない。
作物は枯れかけていて、土も乾いている。
畑で働いている人々に話を聞いてみる。
「すみません、少しお話を聞かせていただけますか?」
私が声をかけると、農夫の男性が顔を上げた。
「ああ、どうぞ」
「なぜ穀物が取れなくなったのでしょうか?」
その問いに、男性は困ったように眉をひそめた。
「実は……水を取っている川の上流に魔物が住み着いてしまったんです」
「魔物……!」
「ええ。だから、川が汚染されて水を大量に使うのが難しくなりました」
その言葉に、私は息を呑む。
魔物による汚染。
それは、私の浄化魔法が役に立つかもしれない。
まあ義父のギルベルト公爵は、それをわかって私を派遣したのかもしれないけど。
「その川は、どこにありますか?」
「あっちです。歩いて十分ほど」
男性が指差す方向を見る。
セドリックも頷いた。
「行きましょう、アメリア」
「ええ」
川が汚染されていると聞いて、その川に向かう二人。
畑を抜けて、小道を歩く。
木々が生い茂り、鳥の声が聞こえる。
やがて、川のせせらぎが聞こえてきた。
川を見ると、一見透き通って綺麗だ。
水は流れていて、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
でも、確かに汚い何かを感じる。
どこか黒いオーラを放っているような感じだ。
これが魔物から発せられる瘴気の名残なのだろう。
川の周りには、穀物を育てている人たちもいる。
その人たちは困ったように話している。
「瘴気に汚染された水をそのまま使うわけにはいかないからな」
「魔道具で浄化するしかないが、効率が悪い」
「金もかかるし、時間もかかる」
「このままじゃ、今年の収穫は絶望的だぞ」
彼らの声には、諦めが混じっている。
私は川に近づいて、水に触れてみることにした。
しゃがみ込んで、手を伸ばす。
水面に指先が触れる。
冷たくて気持ち良いかと思いきや、何か悪寒を感じるような水だった。
ぞわり、と背筋が凍る。
なんだか、気持ち悪い。
「あ、触るんじゃない!」
周りで話していた人たちが、慌てて声を上げた。
「魔物の瘴気が残っていて、人体に害があるんだ!」
「大丈夫ですか!?」
周りの人が心配してそう声をかけてくれる。
「アメリア、危ないですよ」
そして、セドリックにも少し怒られる。
彼の声は低く、心配そうだった。
私は慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめんなさい」
謝ってから、でも、と続ける。
「でも、こうしないと魔法がうまく使えないの」
私は水に再び手を触れた。
そして、深呼吸をする。
水魔法の浄化を始める。
胸の奥に意識を集め、魔力を引き出す。
水の気配を感じ、瘴気の存在を確認する。
そして、浄化の力を込める。
私が触っているところから、川の水が徐々に光り始めた。
淡い青白い光。
それが、ゆっくりと広がっていく。
瘴気が洗い流されていく感覚。
汚れが消えていく感覚。
水が、本来の清らかさを取り戻していく。
その様子を、周りの人たちが驚いて見ている。
「な、なんだあれは……」
「光ってる……」
「魔法か?」
ざわざわと声が聞こえる。
私は集中を切らさないように、浄化を続ける。
しばらくすると、川の水の浄化ができた。
光が消え、水は透明に澄んでいる。
瘴気の気配も消えた。
私は手を離して、立ち上がった。
「これで、川の水が使えます」
笑顔でそう言う。
周りの人たちも、川に近づいて確認する。
水に手を触れ、匂いを嗅ぎ、驚いたように顔を上げる。
「本当だ……瘴気が消えてる!」
「信じられない……」
「ありがてえ……!」
口々に感謝の言葉を言って、アメリアを褒める。
敬うような仕草をする人もいる。
深く頭を下げる人、手を合わせる人。
私はそれに笑顔で対応する。
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
そう言うと、農夫の一人が私に近づいてきた。
「本当にありがとうございます! おかげで助かりました!」
男性が結構近づいてくる。
距離が近い。
少し驚いて、一歩下がろうとした瞬間――。
後ろから、セドリックが私を抱き寄せた。
「っ……!」
背中に、彼の胸板が触れる。
腕が、私の肩に回される。
心臓が、ばくんと跳ねる。
「彼女は、僕の妻なので」
セドリックが、低い声で言う。
穏やかな口調だけれど、どこか威圧感がある。
顔が、一瞬で熱くなる。
近づいた男性も、慌てて距離を取った。
「あ、すみません! 失礼しました!」
「いえ」
セドリックは笑顔で答える。
でも、私を抱きしめたままだ。
「お似合いのお二人ですね」
男性がそう言って、照れたように笑う。
セドリックは、にこやかに頷いた。
「ありがとうございます」
私は、照れて顔を逸らす。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
みんなの前で、こんな……!
「は、恥ずかしいから離してください……」
小さな声で言う。
セドリックは、ふっと笑って体を離した。
「失礼しました」
でも、その声には笑いが混じっている。
私は顔を上げられない。
顔が熱すぎて、溶けそう。
後ろから抱きしめられて、私は彼が成長していることを実感する。
前までは、自分と同じぐらいの身長しかなかった。
いや、むしろ私のほうが少し高かったくらい。
でも今では、頭一個分大きい。
腕も太くなって、胸板も厚くなって。
少年だった彼が、青年になっている。
推しの成長を感じられるのは嬉しいけど、心臓に悪い。
ドキドキが止まらない。
胸が、きゅうきゅう締め付けられる。
(ああ、もう……!)
心の中で叫ぶ。
推しが、こんなにも格好良い。
反則だ。
複雑な気持ちで、私は深呼吸をした。




