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第11話 学校でアメリアと


「セドリック!」


 明るい声。

 彼女の笑顔を見た瞬間、セドリックの胸が温かくなった。


 だがなぜここに?とも思う。

 今まで迎えに来るなんてことはなかったはずなのに。


 アメリアは基本的に屋敷で待っている。

 馬車で帰ると、玄関で笑顔で迎えてくれる。


 それがいつもの光景だった。


 なのに、今日は学園の門の前にいる。


 そう思いながらも、アメリアは小走りで近づいてくる。


 ドレスの裾を軽く持ち上げ、少し息を切らしながら。

 セドリックの前まで来ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「お疲れ様です、セドリック」


 明るい声。

 その笑顔に、セドリックは嬉しくなってこちらも笑みを浮かべてしまう。


 自然と、口角が上がる。


 胸の奥が、ふわりと温かくなる。


「ありがとうございます、アメリア」


 笑顔でそう答えてから、ふと疑問が浮かぶ。


「ですが、アメリアはどうしてここに?」


 尋ねると、彼女は少し照れたように頬を染めた。


「買い物で近くに寄ったから、迎えに来たんです」


 嬉しそうに話す。

 琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。


 そして少し不安そうに続ける。


「迷惑でした?」


 その問いに、セドリックは首を横に振った。


「迷惑じゃないです。早く会えて嬉しいですから」


 正直な気持ちを口にする。

 本当は、もっと早く会いたかった。


 授業中も、彼女のことを考えていた。

 新しく学んだ魔法を見せたら、どんな顔をするだろう。


 夕食は何を食べようか。

 今夜は一緒に本を読もうか。


 そんなことばかり考えていた。


「よかった!」


 アメリアが笑みを浮かべる。

 その笑顔が、夕陽に照らされて輝いて見える。


 可愛い、とセドリックは思う。

 胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚。


 この人は、自分の妻なのだ。


 そう思うと、不思議と誇らしい気持ちになる。


 セドリックの後ろで、小さな声が聞こえた。


「まさかセドリック殿がそんな顔を見せるとはね……」


 レオナール殿下の呟き。

 そうだ、彼がいたんだった。


 今のやり取りを見せて、見られて、少し気恥ずかしさを覚える。


 アメリアも彼に気づいて、目を丸くした。


「あっ、レオナール王子殿下……!」


 驚きの声を上げてから、慌てて裾を摘まむ。

 そして綺麗にカーテシーをして挨拶をした。


 背筋を伸ばし、膝を曲げ、頭を下げる。


 淑女の完璧な礼儀作法。


 婚約前のアメリアはこういう作法もサボっていたらしいが、今の彼女は完璧だ。


「初めまして、レオナール殿下。アメリア・ギルベルトと申します」


 丁寧な口調。

 レオナールも挨拶を返す。


「こちらこそ、初めまして。レオナール・ヴァイスです。アメリア様、お美しいですね」


 笑顔で言う。

 もちろん作り笑いだ。


 アメリアも社交辞令だとわかっているようで、綺麗に返す。


「ありがとうございます」


 でもそれだけのやり取りでも、セドリックとしてはもやっとしてしまうが。

 レオナールが、楽しそうに口を開いた。


「さっきまでセドリック殿の奥方様のお話をしていたところです」


 その言葉に、セドリックは内心で舌打ちをする。

 余計なことを言うな、と。


 アメリアが目を丸くする。


「私の話を?」

「ええ、セドリック殿は奥様を大切に思っているようで、良い関係だなと思いまして。その秘訣を聞いていたところです」


 殿下が笑顔で続ける。


 セドリックは、視線を逸らした。


 恥ずかしい。

 アメリアの前で、そんな話をしていたと知られるのは。


 だが、アメリアは嬉しそうに微笑んだ。


「秘訣なんてそんな……セドリックが素敵な人で、一緒にいて楽しいだけですよ」


 その言葉に、セドリックの胸が跳ねる。


 嬉しい。

 嬉しくて、胸がいっぱいになる。


 彼女は、自分のことをそんなふうに思ってくれているのか。


 レオナールが優しい笑みを浮かべる。


「アメリア様もセドリック殿と同じようなことを言うのですね」


 その言葉に、アメリアは少し恥ずかしそうに笑った。

 頬が赤く染まり、視線が泳ぐ。


「そ、そうでしょうか……」


 照れている彼女が、また可愛い。

 セドリックは、思わず見入ってしまう。


 すると、アメリアが話題を変えるように口を開いた。


「その、セドリックは学園で馴染めていますか?」


 お姉さんや親のような口調。

 心配そうに、セドリックの顔を覗き込む。


 レオナールが答える前に、セドリックが「大丈夫です」と言おうとしたが、殿下が先に口を開いた。


「問題ないと思いますが、もう少し社交性を高めてもいいかと。今日もこの後実験をやろうと誘いましたが、断られてしまって」


 その言葉に、セドリックは内心で叫ぶ。

 また余計なことを、と。


 アメリアが驚いたように目を見開いた。


「えっ、セドリック、どうして?」


 責めるような口調ではない。

 ただ純粋に、疑問を投げかけている。


 レオナールは、アメリアに顔を見られていないからか、楽しそうに少しニヤついている。


 口元が、わずかに歪んでいる。


 彼の作り笑顔しか見てこなかったが、それが嘘のようだ。

 本当に楽しんでいる表情。


 セドリックは、ため息をつきたい気分だった。


 だが、アメリアが答えを待っている。


 嘘をつくわけにはいかない。


 セドリックは、正直に答えた。


「早く帰ってアメリアに会いたかったので」


 その言葉に、アメリアは少し言葉を詰まらせた。

 目を丸くして、口を半開きにする。


 頬が、さらに赤くなる。


「そ、それは……」


 彼女は視線を落とし、指先を絡めた。

 少し考えてから、顔を上げる。


「私とはいつでも会えるから、クラスメイトとの実験を優先してもいいんですよ」


 優しく、諭すように言う。

 レオナールが、すかさず口を挟んだ。


「奥方もそう言うのだから、どうだろう?」


 楽しそうに、セドリックを見る。


 セドリックは、ため息をついた。


 もう、逃げられない。


「わかりました、今日は付き合います」


 渋々といった様子で答える。

 本当は、アメリアと一緒に帰りたかった。


 新しく学んだ魔法を見せて、彼女の笑顔が見たかった。


 だが、彼女がそう言うなら。

 アメリアはそれを見て、嬉しそうに笑った。


 目を細め、満面の笑みを浮かべる。


「セドリックにも友達ができたようで嬉しいです!」


 その言葉に、セドリックは反射的に否定しようとした。


「いえ、友達なんかじゃ……」


 だが、レオナールが遮る。


「そうですね。セドリック殿とは友人です」


 きっぱりと、言い切った。

 笑顔で。


 だがそれが作り笑顔か本当の笑顔か、セドリックにはわからなかった。


 アメリアは嬉しそうに頷く。


「よかったです。レオナール殿下、これからもセドリックをよろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げる。

 セドリックは、それを否定する気が起きなかった。


 アメリアが嬉しそうにしているから。


 彼女の笑顔を消したくない。


 それだけで、十分だった。


「じゃあ楽しんでください!」


 アメリアが明るく言う。

 そして、セドリックに小さく手を振った。


「また後で、家で」

「……はい」


 セドリックは短く答える。

 アメリアは、くるりと踵を返した。


 ドレスの裾が、ふわりと揺れる。

 そして、馬車のほうへ歩いていく。


 その後ろ姿を、セドリックはずっと見ていた。


 馬車に乗り込むまで、視線を離さない。


 馬車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。


 小さくなっていく馬車を見送ってから、ようやくセドリックは殿下のほうを向いた。


 レオナールが、楽しそうに笑っている。


「いい奥方だね、やっぱり」


 その言葉に、セドリックは短く答える。


「うるさいです」


 不機嫌そうに言う。

 だが、レオナールは笑いを止めない。


「おや、君の仮面が取れたようだけど」

「殿下に取り繕っても意味はないと思いまして」


 セドリックは、ため息をつく。


 もう隠す気力もない。

 どうせ、全部見抜かれているのだから。


「あはは、友人になれたようでよかったよ」


 レオナールが、心から楽しそうに笑う。

 その笑顔は、今まで見たことがないほど明るい。


 セドリックは、小さく呟いた。


「友人じゃないです」

「そうかい? でも、君は僕に本音を見せてくれた。それは友人じゃないのかな?」

「……知りませんよ」


 そっぽを向く。

 だが、内心では少しだけ認めていた。


 レオナール殿下は、悪い人ではない。


 そんなふうに思ってしまう自分がいた。


「さあ、実験室に行こう。みんな待ってるよ」


 レオナールが歩き出す。

 セドリックも、その後ろを歩いた。


「……殿下」

「なんだい?」

「さっきの話、他の人には言わないでください」

「アメリア様のこと?」

「ええ」

「わかったよ。君の秘密は守る」


 レオナールが笑う。

 セドリックは、少しだけ安堵した。


 そんなやり取りをしながら、二人は実験室に向かって歩いた。


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