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第10話 セドリック、学校にて


 セドリックが学園に通い始めて二カ月ほどが経った。


 魔法学園なのでやはり魔法を学んでいるが、やはり面白いと感じる。

 新しい術式を学ぶたびに、頭の中で魔力の流れが組み上がっていく感覚が心地よい。


 理論を理解し、実践し、成功する。

 その繰り返しが、彼にとっては何よりも楽しかった。


 セドリックは自分が魔法が好きだと改めて思う。

 それに、アメリアも魔法が好きだ。


 自分が新しい魔法などを学んで彼女に見せると、それは目を輝かせて楽しそうにする。

 その姿を見るのが好ましくて、さらに魔法を学ぼうとしているのも自覚していて、自分は単純だなとも思う。


 だが、それだけではない。

 もう一つ、魔法を学ぶ理由がある。


(――アメリアを守りたい)


 先日、父と義母に呼ばれた夕食で、アメリアの水魔法のことが話題に上がった。

 彼女の浄化の才能を、公爵家の領地のために使わせると。


 父は悪意があるわけではない。

 領地のため、民のため、当主として当然の判断だ。


 だが、それでもセドリックは不安だった。


 アメリアが利用されて、傷つくことは絶対に避けたい。


 彼女は笑顔で「公爵家のため、セドリック様のために頑張ります」と言った。

 その笑顔が、少しだけ無理をしているように見えた。


 だから、強くなりたい。

 彼女を守れるほどに。


 誰にも、彼女を傷つけさせないために。


 魔法をさらに学び、力をつけ、公爵家の中でも確固たる地位を築く。

 そうすれば、彼女を守れる。


(今日はこの魔法を見せたら、どんな顔をするだろう)


 そんなことを考えながら、授業を受ける日々。


 学園は成績ごとにクラスが別れていて、セドリックは首席だから当然一番上のクラスだ。


 人数は少ない、二十人ほど。


 やはり才能がある者が多くいて、授業の内容も高度だ。


 この中に、アメリアが入学式で言っていたレオナール王子殿下と、ノア・アシュベルという紫髪の男子もいる。


 どちらも成績はいいようだ。


 レオナール殿下は社交的で笑顔が多い。

 令嬢たちに囲まれ、柔らかく微笑み、言葉を交わしている姿をよく見かける。


 ただセドリックから見れば、あれは作り笑いだとわかる。


 目が笑っていない。

 口元は笑っているのに、瞳の奥に何か別のものが潜んでいる。


 ――王族としての仮面、というやつだろうか。


 逆にノアは一人で過ごしている。

 セドリックよりも社交的ではないだろう。


 いつも窓際の席に座り、本を読んでいるか、ぼんやりと外を眺めている。


 話しかけられても短く答えるだけで、自分から誰かに話しかけることはない。


 紫の髪は確かに珍しく、目立つのに、彼は目立たないように振る舞っている。


 アメリアがなぜこの二人を見たのかは不明だが、確かに二カ月ほど過ごしていると目が惹かれるのがわかる。


 レオナール殿下は華やかで、ノアは静かだが、どちらも存在感がある。

 だがなんか少し悔しいので、あまり意識しないようにしている。


 アメリアが彼らを見ていたことを思い出すと、胸の奥がちくりとする。


 入学式のあの時、彼女は確かに二人をまじまじと見ていた。


(――僕じゃなく、彼らを)


 そう思うと、なんだか面白くない。


 レオナール殿下は成績も二位なので、絶対に抜かれないようにしようとも思う。

 試験のたびに、彼との点差を確認し、安堵する自分がいる。


 首席の座を譲るわけにはいかない。


 強くなるために、優秀でいなければならない。

 アメリアを守るために。


 ノアは成績はこのクラスでは上位ではないが、何か違和感がある。


 実力を隠しているのか、もしくは出せないのかはわからない。


 筆記試験では高得点を取るのに、魔法の実技だとこのクラスだと劣っている。

 でもどこか魔力の流れに違和感がある。


 何かに邪魔されているのか、それともわざとそうているのかはわからないが。


 だがそこまで知るほどの仲ではないし、知ろうともしないからどうでもいい。


 今日も学園の授業が終わり、新しい魔法を学んだ。

 水の魔法を応用した氷の結晶を作る術式。

 小さな雪の花を空中に咲かせることができる。


 これも、防御魔法の応用になる。


 瞬時に氷の壁を作り、アメリアを守ることもできるかもしれない。


(帰ってアメリアに見せたら、どんな反応をするのかな)


 そんなことを思いながらふっと笑うと、周りにいる女性が少し騒めいた。


「ああ……セドリック様が笑った……」

「素敵……」


 小さな囁き声が聞こえる。

 自分の容姿はどうやら令嬢達に好かれているようで、時々そういう声が聞こえる。


 レオナール殿下も同様にだが、あちらのほうが女性にあからさまにアピールされている。


 休み時間になると、殿下の周りには常に数人の令嬢が集まる。

 対して、セドリックのほうに女性が来ないのは、すでに結婚していることを周知しているから。


 前に、ある女性に「二人でお食事にでも……」と誘われたことがある。


 その時、セドリックははっきりと告げた。


「妻がいるので無理です」


 その一言で、教室の空気が一瞬止まった。

 それでセドリックが婚約者持ちではなく、すでに妻がいると広まったのだ。


 まだ十六歳ですでに結婚しているのは、学園でセドリックだけなので珍しがられた。


 そして相手が五歳上の女性で政略結婚だということも知られた。


 しかもその女性が結婚するまで夜遅くまで遊び回るような女性だというのも、誰かがどこかから情報を得て流したようだ。


 その結果、同情するような目を向けられた。


 それが一番腹立ったことだった。


 なぜアメリアという素敵な女性を妻にしているのに、同情されないといけないのか。

 彼女は優しくて、料理が上手で、魔法を学ぶ姿が可愛らしくて、笑顔が眩しい。


 そして何より、彼女は自分のために頑張ってくれている。


 公爵家のために、と笑顔で言ってくれる。


 そんな彼女を妻にしている自分は、幸せ者のはずなのに。


(誰も、アメリアのことを知らないくせに)


 だから学園ではアメリアの話はしないことにしている。


 彼女のことを、他人の好奇の目に晒したくない。


 彼女を守りたい。

 誰にも、傷つけさせたくない。


 それに、彼女がいるから女性に下手に誘われずに済むのもありがたい。


 そう思いながら学園を出ようとした時、後ろから声をかけられた。


「セドリック殿、少しいいかな」


 振り返ると、レオナール殿下だった。

 銀の髪が夕陽に輝き、整った顔立ちに作り笑顔が浮かんでいる。


「なんでしょう、殿下」


 セドリックは立ち止まり、礼を取る。


「堅苦しい呼び方はよしてくれ。ここではレオナールと呼んでくれ」


 親しげに言われるが、セドリックは首を横に振った。


「いえ、レオナール殿下とお呼びします」


 この学園内では彼をそう呼ぶことは許されているが、王族に対して、気安く呼び捨てにするわけにはいかない。


 それに困ったように笑うレオナールだが、やはりそれも作られたような笑みだった。

 目の奥に、疲れのようなものが見える。


 王族として大変なんだろうなと想像する。


 常に見られ、常に評価され、常に完璧を求められる。


 そんな立場に生まれたことは、幸福なのか不幸なのか。


「それでご用件は?」


 セドリックが尋ねると、レオナールは少し声のトーンを上げた。


「これから空いている教室で魔法の実験をする予定でね。よければ君も来ないかい? 首席のセドリック殿がいれば、みんな嬉しいと思うんだけど」


 確かに魔法は好きだし、実験も気になる。

 どんな術式を試すのか、どんな結果が出るのか。


 知りたい気持ちはある。


 新しい知識は、アメリアを守る力になる。


 だが、今日はアメリアに早く会いたかった。


 新しく学んだ魔法を見せて、彼女の笑顔が見たい。


 セドリックは短く答えた。


「すみません。妻が家で待っているので」


 そして帰ろうと歩き出す。

 けれど、レオナール殿下は隣を歩いてきた。


「妻か……この年で婚約者じゃなくてすでに結婚しているのは珍しいね」


 またその話かと思いながら、セドリックは短く答える。


「ええ、そうみたいですね」


 できれば、この話題は避けたい。

 だが殿下は続ける。


「いつか紹介してほしいな。君が大切に思っている奥様を」

「えっ?」


 思わず足を止めてしまう。


 殿下は笑っていた。

 今度は、少しだけ本物の笑みに見える。


「セドリック君が政略結婚をしたというのは知っているよ。でも君の反応を見ると、とてもいい関係を築いているように見えてね」


 その言葉に、セドリックは少し驚いた。


 さすが殿下だ、よく見ているなと思う。


 学園では妻がいることに同情するように話しかけられると、無表情を務めながらも内心ではイラつく。


 その時の表情の変化で、それを見抜かれていたのか。


「私もいつか婚約者ができると思うけど、政略結婚か恋愛結婚かわからないけど、いい関係を築きたいからね。参考までに聞かせてほしいな」


 その言葉には、少しだけ本音が混じっているように感じた。


 確かに殿下もそろそろ婚約者ができてもおかしくない。

 だからこそ周りの令嬢達はアピールしているのだろう。


 大変だろうなと思うから、少しだけ喋ることにする。


 セドリックは少し考えてから、口を開いた。


「いい関係かどうかはわかりませんが、僕としてはアメリアが……彼女が素敵な人なので、相手次第だとは思いますよ」


 自分も最初はアメリアに酷い対応をしていた。


 疑い、拒絶し、距離を取ろうとした。


 だから、過去の自分に言うように続ける。


「最初は、僕も彼女のことを信じていませんでした。政略結婚ですし、噂も良くなかったので」

「ふむ」

「でも、彼女は僕が熱を出した時に看病してくれて、料理を作ってくれて、一緒に勉強してくれた。それで、少しずつ心を開けるようになりました」


 あの夜のことを思い出す。

 熱に浮かされながら、冷たい布が額に置かれる感触。


 優しい手が、汗を拭ってくれた。

 お粥の温かさと、彼女の笑顔。


 あれが、全ての始まりだった。


 そして今、彼女は公爵家のために水魔法を学んでいる。

 笑顔で、頑張ると言ってくれる。


 その笑顔を守りたい。


 誰にも、傷つけさせたくない。


「なるほど、確かにお互いの寄り添いは大切だ」


 殿下は真剣な顔で頷いた。

 その表情には、作り笑いはなかった。


「参考になったよ。ありがとう、セドリック殿」

「いえ」


 そうしていると、学園の出入り口あたりまで来た。

 石造りの門が見え、その向こうに馬車が並んでいる。


「では殿下、僕はこのへんで失礼します」


 セドリックが頭を下げると、レオナールは軽く手を振った。


「ああ、また明日――ん?」


 殿下が何かに気づいたように、セドリックの背後を見る。


 そして、少し面白そうに笑った。


「紹介してほしいと言ったが……その機会は訪れたみたいかな?」

「え?」


 セドリックが後ろを向くと、アメリアがこちらに笑顔で手を振って向かってくるところだった。


 赤い髪が夕陽に映え、琥珀色の瞳が輝いている。

 ドレスの裾を軽く持ち上げ、小走りでこちらに近づいてくる。


「セドリック!」


 明るい声。


 彼女の笑顔を見た瞬間、セドリックの胸が温かくなった。




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― 新着の感想 ―
現時点ではセドリックの方がアメリアより魔法の実力が高いはずなのに、本邸に筒抜けな魔法学習でも、セドリックの実力は伝えられなかったのか、興味がないのか。まあ、報告されたって、当主にしたくないなら黙ってる…
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