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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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69. 礼拝堂の祭壇

「……も、申し訳ございません。教会内全てを探させますので、今しばらくお待ちを……」


 貴族と思われる来客を、文句を言われながら強引に追い返したサイ枢機卿は、その応接室に奏太達を通して震えながら言った。ちなみに先程から、サイは恐れ多いとばかりに奏太と目を合わせない。


「急いでるんだ。心当たりがあるなら、俺たちも探す」


 波立つ心のまま奏太が言えば、サイは弁解するような声を出した。

 

「い、いえ……本当に、その……例の一件以来、ハガネの消息は不明なままでして……本当に光耀教会に居るのかどうかも……」

「光耀教会で待ってるって、言付けまでしてきたんだ。確実にどこかにいるよ」


 応接室で座らされ、御茶まで用意されている場合ではない。しかし、朱は焦りを浮かべる奏太に、仕方が無さそうな顔をした。


「下手に動くより、教会内を熟知した者共に手分けさせた方が早いでしょう。今はここで待つのが一番ですよ、我が君」

「朱の言う通りです。それに、少し御身体を休めてください、奏太様」

 

 椿もそう、眉尻を下げる。

 

「御身体を休める、ね。それよりも俺はもう一度、神の御姿を拝見したいですね、我が君」


 背後からスルリと奏太の頬に、長くゴツゴツした玄の冷たい指が触れる。それを、亘の手がガッと掴んだ。


「玄」


 亘の低い声に、玄はフンと小さく嘲笑する。


 一体何がきっかけか。玄はだんだん、神への執着を隠さなくなってきている。燐鳳との諍いにしろ、真尋の件にしろ、先程の件にしろ。今までは、愛想のよい仮面で覆い隠してきたのに。


「やめてくれ、二人とも」

 

 奏太が止めに入ると、サイはおずおずと玄と朱を見た。

 

「……あ、あの……国王陛下の側近の方々が、何故、貴方様に……?」

「その出来損ないの国王陛下こそ、我ら眷属の末端だからだが?」

「玄」


 奏太は額に手を当てた。本性を隠すのをやめた玄を制止するだけで疲れる。

 

 玄の中のヒエラルキーは実に明快だ。秩序の神から与えられた力の量次第。先代眷属は奏太ではなく、本来の秩序の神から直接力を与えられている。亘達は、秩序の神を継いだ奏太から力を与えられたうえに量を制限している。現国王マソホに至っては、奏太が与えた力の量は眷属と言っていいかどうか微妙な程度。そして、眷属――つまり、秩序の神の手足にするつもりもないのに、守護という役にも立たないことの為に神力を使うのを、玄は極端に嫌がる。結果、起こったのが真尋の事件であり、亘達を不完全と、マソホを出来損ないと呼ぶ状態に至っているのだ。


「……つまり、黒曜の建国史は、本当の出来事だと?」


 サイは唖然としたように言った。

 黒曜と名付けられたこの国の興りは、王に秩序の神が力を与え、それを統治の証としたのが始まりだと言い伝えられている。


 正確には、三百年前の騒乱の中で奏太に協力した鬼が奏太に仕えたいと言い出した為、先代眷属達が滅びかけた鬼界の混乱を収める為に傀儡にして利用した、という方が正しい。本人も望んだことだったので、奏太は何も言わなかったが。


 サイの様子に、セキは厳しい表情を向けた。


「つまり、この鬼界の安寧と秩序は、全て、お前がハガネ大司教と共に利用しようとした奏太様によってもたらされ保たれている、ということだ。サイ」

「……まあ、頑張ってるのはマソホだけど。それより、お前らが巽や武官達にしたこと、俺はまだ、赦してないからな」


 奏太が言うと、サイは大きく目を見開いたあと、再びその場にガバっと平伏した。


「誠に、申し訳ございません!」

「謝って済むような問題じゃない。これからの行いを見せてもらうからな」


 声を低くすれば、サイは床に擦り付けんばかりに頭を低くした。



 教会内を捜索していただろう光耀教会の者が応接室に飛び込んできたのは、それからしばらく。


「光耀教会の管理区域内に姿はありませんが、聖教会本部管理の礼拝堂が使用されていました。ただ、内側に、濃い陰の気の結界が張られていて、扉が開きません」

「奏太様が行けば、陰の気の結界など簡単に破れる事をわかって用意したのでしょう。他の誰にも邪魔されぬよう」


 朱の言う通りなのだろう。奏太が行かなければならない状態を、きちんと整えて待ち構えているのだ。


 サイに案内されて辿り着いたのは、立派な装飾の施された扉の前。確かに扉が内側に僅かに開いているものの、半透明の黒い壁に阻まれてそれ以上開かない状態になっている。


 先日、黒の結界に触れて闇を取り込んだばかり。奏太は結界には触れず、離れたところから手をかざす。亘と椿が不安そうに奏太を見守る中、奏太は注意深く白い陽の気を注いだ。なるべく、金の力を漏らさないように。


 白い光は黒の壁にぶつかって広がり、そのまま溶かすようにして穴をあけていく。サアっと壁が消え去ると、扉は不気味にギイっと音を立てて開いた。


 奏太はそれを押し開けようと手をかける。その時だった。どこからか、複数の悲鳴めいた声が建物内に響き渡った。


 声の出どころは目の前の礼拝堂内ではない。聞こえてくるのは、はるか後方から。


「何事だ!?」


 サイが教会の者たちに向って声を上げる。


「か、確認して参ります!」


 従者の一人がそう言って駆け出す。しかし、それと行き違いに別の者が慌てた様子で走って来るのが見えた。


「大変です! 教会内に闇が発生しています! 場所は二階北通路。数名が飲み込まれ、虚鬼に……!!」


 思わぬ報告に、一行に動揺が走った。その間に、また別の方向から駆け寄る声がある。


「猊下! 書庫で闇が発生したと報告が! 日石をお貸しください!」


 更に、報告はそれだけに留まらない。それを追いかけるように別の声が上がった。


「地下階段も同様です! 五名が飲み込まれました!!」


 立て続けに三箇所。次から次へと寄せられる緊急報告に、空気が一気に張り詰める。報告の通りに、あちこちから騒ぎ声が響き、どんどん大きくなっていくのが、ここからでも分かる。いったい、何が起こっているのだろうか。


「猊下! 第三礼拝室で闇が!! どこからか黒ローブの少女が現れた途端、信徒を巻き込んで――」


 四カ所目の出現報告に、朱、玄、亘、椿がピクリと動き、セキとサイの表情が青褪めた。奏太はギリッと奥歯を噛む。


「闇の女神か」


 先日、セキから報告を受けていた、闇の現場に現れるローブ姿の少女。奏太が光耀教会に来たタイミングで同時多発的に起こった闇の発生。確証はないが、ほぼ間違いないだろうと確信があった。


「セキ、そこの枢機卿と一緒に、日石で闇祓いを。朱と玄は、闇の女神を探して。あと、武官達も使っていいから、被害が広がらないように避難誘導を」

「承知しました」


 セキが答えると、サイも表情を引き締め、報告に来た者と共に踵を返す。しかし、玄は動くことなく奏太を見据えた。


「我が君は、どうなさるおつもりで? 闇の女神を祓うのが最優先のはずですが」

「俺も、ハガネの件を処理したら向かうよ。いずれにせよ、闇の女神を見つけなきゃ祓いようがない。先代から力を賜ったお前達なら、拘束くらいまでならできるはずだ。捜索は任せる」


 奏太の言葉に、玄は承服しかねるとばかりに目を細める。しかし、すぐに玄はグイッと朱に腕を引かれた。

 

「玄、問答している間に見逃しては元も子もない。奏太様の仰る通り、主には、闇の御方様を祓っていただければ良い。あの方の相手は、主と()()にしかできぬ。急げ」


 朱が強調した『我ら』の意味合いに気づいたのだろう。玄はチッと舌打ちをし、忌々しそうな顔で奏太を睨んでから、朱とともに奏太達に背を向けた。

 

「俺たちは、楓ちゃんを助ける事を優先しよう」


 闇の対処に向かう者たちを見送る間もなく、奏太は残った亘と椿を振り返る。


「何かの罠ということは?」

「そうかも知れないけど、どっちにしても、楓ちゃんを探さなきゃならないだろ」


 亘の懸念も分かるが、この状況下では、手分けをして対処に当たらなければ、どこで甚大な被害が出るか分からない。


「慎重に行こう」

 

 奏太はそう言いつつ、ギッと扉を押し開けた。

 

 扉の向こうから、むせ返るほど強い乳香の匂いが漏れ出す。長いベンチが並び、奥の祭壇には、大きな蝋燭の火が揺れる。壁には奏太とは似ても似つかない神像が掘り込まれた、ごく普通の聖教会の礼拝堂。


 異様なのは、その祭壇の奥の台に、複数の小さな蝋燭に囲まれキラキラと光を反射させる、大きく透明なガラスの棺のような箱が口を開けて横たわっていること。棺の中には色とりどりの草花が敷き詰められているのが遠目からでも分かる。


 そして、その側。黒い靄に覆われた鎖を首に巻かれ、ぐったりと祭壇に寄りかかる楓の姿があった。


「楓ちゃん!!」


 思わず奏太が声を上げて一歩を踏み出すと、亘に腕を掴まれ強く引かれる。


 不意に、柱の影から、熱に浮かされたような声が響いた。

 

「いかがでしょう? ここが主神を祀る祭壇になる予定なのですよ」


 儀式用の上等な祭服を身に纏ったハガネの姿。手首に巻き付いているのは、楓と繋がる黒の靄の鎖。ハガネはその火傷痕の残る顔をニタリと歪め、棺にそっと触れた。


「貴方をお納めする棺には、日石も敷き詰めました。きっと、貴方の御力で、いつまでも、この礼拝堂は美しい光に満たされる事になるでしょう。閉じれば永久に開けられぬせいで、中の花が造花になってしまうことだけが残念ですが」


 柔らかい口調で語られる内容に、ゾワっと怖気が走った。ハガネは本気で、奏太を光を放つ置物としてこの礼拝堂に保存しようとしているのだ。『貴方に相応しい祭壇』その言葉の通りに。


「なんて、悪趣味な」


 椿が嫌悪感に満ちた声を出した。


「その子を放せ。その顔みたいに焼き尽くされたくなければ」


 脅し交じりに奏太が言えば、ハガネはククッと声に出して笑う。


「貴方の光にこの身を焼かれるのも悪くはありませんが、私を殺せば、制約に触れて咎めを受けるのではありませんか?」

「殺さなきゃいいんだろ」

「おや、一気に焼き尽くさねば、この娘の息の根が止まりますよ」


 ハガネがグイッと鎖を引けば、楓の表情が苦しそうに歪んだ。


「やめろ!」

 

 奏太が睨むと、ハガネは我が意を得たりとばかりに、満足そうな顔になる。


「貴方には今、三つの選択肢があります。私を焼き払って神々の制約に触れる道が一つ。私は貴方の光に殉教する栄誉を得られます。せっかくですから、この娘も供物として道連れにできるよう足掻きましょう」


 ハガネの言葉と共に、楓の首元の闇が一段濃さを増す。闇の女神の力を譲渡されているのだろうか。


「それから、この娘を見捨てて私を生きたまま捕らえる道が一つ。これは、私にも利がありませんから避けていただけるとありがたいですが――貴方も、選べないでしょう?」


 ハガネの言い方には、確信めいたものがあった。

 

「そして最後。この娘の身代わりに、貴方が自らこの棺に入る道が一つ。貴方さえ側に居てくだされば私はこの娘に用はありませんから、その場合には無傷で御返しいたしましょう。貴方にとって、大事な者でしょうから」


 そこまで言うと、ハガネは薄気味悪く唇の端を歪めた。


「さあ、何を選択なさいますか?」

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