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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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66. 人界からの迎え

 翌日昼すぎ。蜻蛉商会に来訪者があった。事前に王城に行っていた汐が、一足先にひらりと舞い降り、奏太の手の甲にピタリととまった。


「人界から、楓様のお迎えが」

「わかった。ありがとう、汐」

「玄が、王城から人界の者たちを案内してきています。そろそろ到着するでしょう」


 汐の報告に、奏太は眉を顰めた。


「玄が?」

「ええ、大事な姫様の迎えだから、と。何か?」

「……いや」


 しばらく見ていた汐が不審に思っていないのなら、何事もなく近くまで来てるのだろう。ただ、玄がわざわざ人界の者達の対応を買って出るとは思わなかった。


「奏太様も王城まで見送りにいらっしゃるだろうから、その護衛も兼ねて、と言っていました」


 その言葉に、先日玄に『自分のところに来るのを待っている』と言われたのを思い出した。人界の者達の案内はあくまでついで。わざわざ奏太を迎えに来たのだ。逃すつもりはない、とばかりに。


「……そっか。それじゃあ、ひとまず、楓ちゃんを呼んで来てくれる?」

「はい」


 ヒラリと再び飛んでいく汐を見送ると、奏太もスッと立ち上がる。

 すると、燐鳳が厳しい声音を出した。


「王城へ、見送りに行かれるおつもりで?」

「うん」

「また、狙われでもしたらどうします。おやめください」


 燐鳳の言うこともわかるが、玄から逃げ続けるわけにもいかない。


「闇を祓いに行くわけでもないんだ。大丈夫だよ。終わったら、マソホに白でも借りて帰ってくるから」


 トンと燐鳳の肩を叩いて、軽くいなしながら、奏太は武官によって開けられた扉を抜けた。


 玄に連れられて商会のエントランスに入って来て、奏太の前に跪いた面々の半分は顔見知りだった。


「あれ、晦と朔が護衛に? それに、栞まで」

「奏太様。この度は、楓様をお救いくださり、心より感謝申し上げます」

「いや、むしろ、こっちが巻き込んだようなものだから。君も、お姉さん、見つかって良かった」


 奏太が視線を向けた先。膝をつき青白い顔を俯かせて、一人の人間の少年が小さく震えていた。


「これはこれは。あの時の日向の。よくもまあ、平然と奏太様の前に顔をだせたものですね」


 燐鳳の空気を凍らせるような声が響く。すると、玄が興味を惹かれたように、少年を見下ろした。


「おや、この少年が、我が君に何か?」

「何でもないよ。燐鳳も、やめろ」


 前回人界に帰った時に、燐鳳が当主に何かしたらしい事は知っていたが、この怯えた様子では、きっと少年にも何らかの制裁を加えたのだろう。


「……あ、あの……あの時は、本当に、申し訳ありませんでした……」


 少年が、震える声で絞り出すように言う。


「ね、姉ちゃんを、見つけてくれて、ありがとうございます」


 頭を低く、床に擦りつけるように。

 短いけれど、深い、謝罪と感謝の言葉。

 

 それだけで、少年の気持ちが、よく伝わってくるようだった。


「うん。大丈夫だから、君も、あんまり気にしないで」


 奏太がそう答えると、エントランスの階段をタタタッと駆け下りてくる足音が聞こえた。


真尋(まひろ)っ!」


 楓が大きな声を上げて、少年――真尋に駆け寄り、肩を抱くようにして体を起こさせる。


「何で、守り手でもない貴方が……!? 大丈夫なの!? お母さんや兄さんは、一体何を考えて――」

「俺が迎えに行くって言ったんだ。姉ちゃんを。……それに、俺、この前、この方に酷いことを……だから、お詫びをしないと、って思って……」


 真尋の言葉に、楓が恐れを覗かせるような目で奏太を見上げた。


「……奏太……君に?」


(……あぁ……そうか……)


 自分の正体を最後まで隠したかったけど、やっぱり、そういうわけにもいかなかったらしい。

 寂しい気持ちになりながら、奏太は二人に微笑みかけた。

 

「いいんだ、彼の気持ちもわかるし、こっちが事情を確認しないで押しかけたせいだから。ごめん、怖がらせて」


 寄り添う日向の姉弟を見ていられなくて、奏太はふっと栞に目を向ける。


「妖界と鬼界の関所では問題なかった?」

「はい。滞りなく通過できるよう、ご手配いただき、ありがとうございます」

「せっかくだから、少しの間だけでも、汐と話したら? 栞が来たのは、姉妹の顔を見る為でもあるだろ?」


 奏太が言えば、栞は顔を上げて表情を綻ばせた。


「恐れ入ります、奏太様」

「晦と朔は亘や巽と話をする?」

「我らは、主である当主と楓様のお兄様の代理で来ただけですので……」


 朔が困ったように言うと、晦もそれに首肯した。


「亘にからかわれたり嫌味を言われるのも、巽に愚痴や自慢話を聞かされるのも、もう十分ですので」

「はは。俺は、それが見たいんだけどな」


 あの頃の日常を、少しだけ覗き見したくなる。


 晦と朔は、顔を見合わせあって眉尻を下げた。


「奏太様も、我らをからかうのはおやめください……」



 そうは言いつつ、案内した広めの応接室。

 

 栞と汐が姉妹の会話をし、亘と巽、晦と朔が苦笑と苛立ちの混じり合うやり取りを交わし、日向の姉弟が護衛に見守られながら互いを心配し合っている。

 奏太は温かさと寂しさが交じり合う微妙な心持ちで、燐鳳の用意した御茶をすすりながらそれを眺めていた。


「奏太様、大丈夫ですか?」

「椿も、皆と話してきたらいいのに」

「私は、奏太様の御側に居ります」


 椿も人界出身者だが、奏太の側を離れようとしない。人界勢と話をしている、亘、巽、汐の目も、時折心配そうに奏太に向けられていた。


「……逆に、気を遣わせちゃったかな」

「そのようなこと、奏太様はお気になさらなくて良いのですよ」


 椿の言葉に、奏太はコクリと頷く。


「楓ちゃんの見送り、俺も王城まで行こうと思ったけど、皆に任せようかな」

「皆、とは?」

「椿、亘、巽、汐に、だよ」


 姉弟に恐れられてる自分が行くよりも、人界の者達と対等に話せる彼らが見送る方が良いような気がした。


「奏太様がこちらに残られるのです。私もそうですが、誰も行きたがらないと思いますよ」

「けど、見送りがいた方がいいだろ?」

「ここで見送るだけで十分です。きちんと、人界の護衛がいるんですから」


 椿が言うと、奏太の近くで無表情で室内の様子を見ていた玄が、不愉快そうに目を細めた。


「王城に来てくださるお約束では?」

「……それは、別の機会をつくるよ」

「おや、いつの間にそのようなお約束を? 奏太様は、この危険な鬼界では、不必要に屋敷を出られません。そのお約束は、諦めていただかねばなりませんね」


 玄とは逆側で奏太の隣に控えていた燐鳳が、玄の方を見向きもせずに言い放つ。


「貴殿の出る幕ではないと、前回言わなかったかな?」

「何故私が、それを素直に聞く必要があるのでしょう? 奏太様の安全確保が最優先ですよ、玄殿」


 挟まれた椿は、アワアワしながら両者を見ている。


「安全確保なら気にしなくて良い。俺がきちんとお護りすると言っただろう?」

「貴方こそ、私の話を聞いていなかったようですね。貴方の行いが、一番心配なのですよ」

「俺の? 笑わせないでくれよ。妖界の犬が何を嗅ぎつけたか知らないが、この方と俺の間を引き裂こうとしても無駄なんだよ」

「眷属を自称する毒蛇が無理にこの方に巻き付こうとするのなら、力尽くで引き剥がす必要がありそうですね」

「はっ、やってみろよ」


 奏太を挟んだ周囲だけ、空気が氷点下まで冷えていく。


「やめろ、二人とも」


 しかし、二人ともヒリヒリとした冷笑をやめる様子はない。奏太と一緒に挟まれた椿が、どうすべきかとオロオロし始めた。

 

「……椿、こっちはどうにかしておくから、あっちに混ざってきたら?」


 仕方なしに奏太が言うと、椿はグッと何かを決意したように表情を引き締めたあと、後ろから、奏太の肩をギュッと抱きしめた。


「ダメです! 私が奏太様をお護りしないと!」


 二人の鋭い視線が、一斉に椿に向いた。


「椿殿。今、すぐに、そこを離れていただけますか?」

「椿。お前も、俺の邪魔をするのか?」


 肌を突き刺すような視線が、奏太を抱きしめたままの椿に向く。今にも刃を突き立てんばかりの殺気に、奏太はハアと息を吐いた。


「椿、苦しい。放して。それから、あっちで皆と話して来い」

「……けれど……」

「命令だよ。ここは、もういい」


 奏太の言葉に、椿は悲しそうな表情を浮かべながら、そっとその腕を放した。


「……承知、しました……」


 奏太は、トボトボと人界勢の方に向かう椿の背を見送りながら、自分を両側から挟む二人に意識を向けた。


 僅かに威圧を込め、低い声を出す。


「わかってると思うけど、あいつらに手を出したら、容赦しない」

「容赦しない、とは?」


 面白がるような玄の声。


「俺自身がどうなろうと関係ない。秩序の神の力を使ってでも、塔に封印する。永久に」


 ピクリと玄の眉が動き、表情が消えた。


「燐鳳、お前は妖界に戻す。俺は以降、幻妖宮には戻らないから、そのつもりで」

「奏太様」


 燐鳳の声が揺れる。


「俺は、本気だからな」


 玄と燐鳳は互いに牽制し合いながら、そのまま口を閉じた。

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