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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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65. 楓との対話

「……あの……お邪魔でしたでしょうか……」


 燐鳳の苛立ちを感じ取ったか、巽がおずおずと入ってくる。


「一商会を主から任されているのに、空気が読めないのでは、苦労されるのではありませんか? 巽殿」


 随分と、辛辣な言い方だ。

 

「……も、申し訳ございません……」

「やめろって、燐。巽も、いちいち気にしなくて良いから」


 燐鳳が鬼界に来てからというもの、巽がどんどんと燐鳳の尻に敷かれていっている気がする。

 

「あ、あの……忙しいなら、私はあとでも……」


 楓もまた、巽の後ろから肩身狭そうにそう言った。

 しかし、奏太の場合、忙しいのではない。そして、ここで引かれたら、恐らく楓が帰るまで会うことは叶わない気がする。


「大丈夫。全然暇だから。座ってよ。汐、彼女にもお茶を淹れてくれる?」


 汐は一瞬、不満そうな目を奏太に向けたが、一応、渋々ながら対応してくれた。

 燐鳳は、奏太の背後から動こうとしない。昨日の玄を見ているようだ。


「ごめん。ちょっと、昨日の今日で、皆ピリピリしてて」


 目の前のソファに座る楓に笑みを向けると、楓はほっとしたように、小さく首を横に振った。


「いいの。それより、人界に私のことを知らせて。迎えを呼んでくれたって聞いて……それに、昨日のことも。ちゃんと御礼を言いたくて」

「昨日も言ったけど、御礼を言うのはこっちの方だよ。むしろ、こっちの事情に君を巻き込んだ。ごめん、本当に」


 ハガネは、奏太を捕らえる為に楓を囮に使った。楓がたった一人で鬼界に連れて来られたのも、大事な護衛役と案内役を彼女が失ったのも、元をたどれば、奏太が原因だ。


「あ、謝らないで! 悪いのは、全部、あの鬼だから。奏太君も、被害者じゃない」


 被害者。本当にそうだろうか。

 頭を過ぎるのは、散々言われ続けてきた、玄の言葉。

 奏太の存在、そのものが――……


 そこまで考えて、奏太が緩く首を横に振った。頭を掠める言葉を、振り払うように。


「ところで、この商会で寝泊まりしてて、不便はない?」

「全然。本当に、よくしてもらってる」

「それなら良かった。何かあったら、すぐに近くにいる誰かに言って」

「うん。ありがとう。ところで、奏太君は、いつまで鬼界にいるの? 危険だし、人界に帰った方が……」


 あの温かい陽だまりのような場所に、時代に、戻れたらどれ程良いか。けれど、奏太にとっての帰る場所は、もう人界にはない。


 先代秩序の神の居た塔や、もう一つの役割をこなす幻妖宮もあるけれど、それらは居場所であって帰る場所ではない。

 

 結局、亘達がいるこの場所が、奏太にとっての、唯一の帰る場所なのだ。


 奏太は曖昧に笑った。


「俺は、ここでやることがあるから」

「昨日みたいに、闇を?」

「うん。そうだね」

「それが終わったら、人界に戻るの?」


 亘と汐の不安そうな目が奏太に向く。

 闇を全て祓って、闇の女神を再び消滅させられたら。自分はその時、どうなっているのだろう。


「……まだ、決めてないかな」


 奏太が言うと、楓は何かを決意したような顔をした。


「私、奏太君を手伝う」

「……え?」

「闇って、日向の神話に出てくるものと同じでしょ? 古くからいる里の妖達が話してくれたの。それが鬼界から妖界や人界に広がると大変なことになるって。昔、ご先祖様達が、闇を祓ってくれたんだって……」


 それは、三百年前、奏太や白月、柊士が成した事。


「守り手の仕事でしょ。奏太君一人が背負うことじゃないと思う」


 楓は真剣な顔で奏太をじっと見つめた。責任感の強い、日向の守り手らしい真っすぐな眼差し。


 何だか心が温かくなる。けれど、この仕事に、守り手を巻き込むつもりはない。奏太の責任として、収めるべきことだ。


「気持ちだけ、受け取っておくよ。鬼界は危険だし、闇はもっと危ない。あんまり、日向の子達を危険に晒したくないんだ」


 奏太が言うと、楓は眉を顰めた。

 

「……貴方だって、日向の子でしょ?」

「……え?」

「貴方だって、私と大して変わらないくらいの年の、日向の子じゃない。貴方と私、何が違うの? 貴方が一人で危険に向かうようなことじゃないでしょ?」


 まさか自分が、三百年も経った今、『日向の子』と言われるとは思わなかった。


 神であり、妖界の帝。ずっと、そうあらねばならないと思って生きてきた。玄から人であることを否定され続けて、それでも人でありたいと願う罪の意識に潰されそうだった。


 亘達から見ても、奏太はただの『日向の子』ではなく、仰ぐべき主。奏太を奏太として対等に見てくれる者は、もう、どこにも居なくなってしまっていた。

 それなのに、自分を同じ守り手として……『日向の子』として見てくれる者が現れるなんて、思いもしなかった。


「……は……、はは……っ」


 胸が……目頭が、熱くなってくる。


 楓の言い方。何だか、誰かに似ているような気がした。自分を導いてくれていた、従姉に……


「まるで、ハクと話してるみたいだ」


 奏太の瞳から、ポロっと一粒の涙が溢れた。


「え!? ご、ごめんなさい。私……っ」


 楓がぎょっと動揺の声を上げる。

 

「……違うんだ。何でもない、気にしないで」


 奏太はぐしっと雑に手の平で涙を拭った。


「奏太様、やはり、楓様にはお引き取りいただきましょう」

「大丈夫だってば、燐」

「涙を流される貴方を見ていられないのです」


 燐鳳はそう言いながら、ハンカチを懐から取り出して背後から身を乗り出す。甲斐甲斐しく奏太の顔を拭おうとしたその手を、奏太は遮った。


「大丈夫だって言ってるだろ。それより、楓ちゃんの話だよ」


 奏太は燐鳳の手を押し留めて強引に話をもとに戻す。

 燐鳳は渋々手を引いてくれたが、目の前、楓の側に控えていた巽の表情が一段白くなった気がした。

 

(……うん、きっと、気のせいだ)


 すぅっと奏太は巽から目を逸らして、楓をじっと見つめた。


「守り手の一番の仕事は、人界側で結界を守ること。楓ちゃん達、当代の守り手は、そっちに専念してくれた方が助かるんだ」

「……でも、それじゃあ奏太君は……」

「俺は、正確には、守り手じゃない。言ったでしょ。『守り手()()()』って。俺には、人界の守り手とは別の役目があるんだ。ちゃんと助けてくれる仲間もいる。だから、君は君の役目を、人界で担ってくれたら、それが一番ありがたい」


 日向の子達には――柊士の子孫達には、危険な役目の中にあっても、せめて安全な人界で、できる限り幸せに過ごしてほしい。


 未だ納得しきっていなさそうな楓に、奏太は仕方なしに微笑んだ。


「迎えが来て、無事に人界に帰ったら。当主に聞いてみるといいよ。鬼界にいる日向奏太が何者か」

「……今は、教えてくれないの?」

「うん。今、君の前だけは、ただの日向奏太でいたいんだ。だから、あんまり深く聞かないでもらえるとうれしいな」


 奏太が言うと、楓は戸惑いの視線を向けたあと、疑問を飲み込むようにして、コクリと頷いた。

巽の受難は続く……

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