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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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63. 商会への帰還

「奏太様! ああ、ご無事でよかった!」


 商会に戻ると、待ち構えていたかのように、巽が飛び出してきた。


「え、巽? 普段は部屋で仕事してるのに、出迎えなんて珍し――……」

「そ、奏太様っ!!」


 巽は、悲鳴めいた声を上げて、慌てて奏太の口を両手で塞いだ。


「え、何?」


 塞がれた手を退けて疑問符を浮かべたところで、冷え冷えとした燐鳳の声が、巽の後ろから響いた。

 

「おや。まさか、とは思いますが、普段、御役目につかれた奏太様のお帰りに、出迎える者が一人も居ないわけではありませんね? 巽殿」


 巽がビクッと肩を震わせる。

 

「あのな、燐。皆仕事があるのに、いつまでかかるか分からない闇祓いの間、ずっとここで待ってなんていられるわけ――」

「もう、勘弁してください、奏太様ぁっ!!」


 巽を擁護しようと思ったのに、泣き叫ばれた。


「うっ、うぅ……、奏太様が闇祓いに出られて数時間、僕がどんな目に遭わされたと……。燐鳳殿はずっとピリピリしてるし……奏太様のお帰りを待たないなんて眷属失格では、とか言われて……エントランスの床で、這いつくばって書類仕事させられるし……」


 メソメソ泣きながら訴えてくる巽に、奏太は何とも言えない目を向けた。


「……いや、断れよ……」

「そんな簡単に言わないでください! 僕にっ! 断れるわけっ! ないじゃないですかっ!!!」


 唾を飛ばし目を見開いて訴えかけてくる勢いに圧倒され、思わずジリッと足が下がる。


 すると、いつの間にか近くまで来ていた燐鳳が、巽の首根っこを、スッと優雅に掴み上げた。


「お帰りなさいませ。奏太様。巽殿の妄言は、どうぞお忘れください。どうやら、うたた寝をして悪い夢でも見ていたようで」


 燐鳳はキレイな笑みを浮かべて言う。


「さあさ、巽殿。奏太様もお疲れでしょうし、これくらいに。後ほど落ち着かれたら、少々、お話をいたしましょう」


 柔和な声音に、巽が「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げた。

 

 これは、数時間の拘束では済まなそうだ。しばらく、商会長室には近づかないのが吉だろう。


「ところで、そちらの御方はどちら様でしょう?」


 燐鳳の笑顔の裏にある鋭い視線が、今度は楓に向かう。


「日向家の守り手だ。扱いは丁重に頼むよ」


 奏太は、唖然とする楓と、探るように見る燐鳳との間に入った。


「人界の守り手様が、何故、鬼界に?」

「……あとで説明する。とにかく、先に彼女を休ませたい」


 奏太はそれだけ言うと、椿を振り返った。


「椿、帰って来たばかりで悪いんだけど、彼女の部屋を汐と協力して手配してくれないかな?」

「……すぐに、人界にお帰りになるのではないのですか?」


 椿は不満いっぱい、と言った顔だ。


「いろいろあったんだ。一晩くらい、ゆっくりした方がいい。帰るにしても、移動にも時間がかかるから」


 すると、後ろから、クイッと服の袖を少しだけ引かれた。


「あの、あんまり迷惑になってもいけないから、私は……」


 言いにくそうにする楓の頭に、奏太はポンと手を置いた。


「迷惑なんかじゃないから、遠慮しなくていいよ。その間、人界に知らせを送っておいてもらおう。とにかく、今はゆっくり休んで」


 そう微笑みかけると、楓は申し訳無さそうにコクリと頷いた。


 パキリ。

 どこかで何か木が割れるような音がした。


 しかし、音のした方を見ても、燐鳳が袖の中で何かを持ちながら笑みを浮かべ、巽がプルプル震えて青褪めるばかりで、結局音の大元がどこから来たのかは分からずじまいだった。

 


 楓が椿と共に去っていくのを見送ると、燐鳳がパッと手を小さく振る。


「咲楽、お手伝いしてこい。それから、報告を忘れるな」

「は、はい!!」


 咲楽はビシッと背筋を伸ばして返事をしてから、タタタッと駆け出し二人の後を追っていく。


「咲楽も、ちゃんと休ませてやってよ」


 奏太の言葉に、燐鳳はニコリと笑った。


「御心配には及びません。それよりも、御身体を清めましょう、奏太様。綺麗、さっぱりと」

「え? う、うん……けど、先にやることをすませないと」


 突然、風呂の話を持ち出されて戸惑いつつ、奏太は玄と朱に目を向ける。


「玄はマソホのところに戻って。朱、玄と一緒に王城に戻ったあと、白日教会に報告を入れておいてほしい。あと、光耀教会に最近変わった事がなかったか確認してきて」

「承知しました」


 朱は素直に請け負ってくれたけど、玄は不敵な笑みで奏太を見た。


「俺はしばらく、我が君と、共に在りたいのですが」

「マソホの補佐と王城の監視は、お前の仕事のはずだ」

「白が上手くやるでしょう」

「玄」


 奏太が声を低くすると、玄は更に唇の端を吊り上げる。それから、恭しい態度で頭を下げた。


「仕方がありませんね。仰せの通りにいたしましょう。その代わり、このあと、少々二人でお話する時間を賜りたく」


 玄が、二人で話す時間がほしいと言うとき、心の底で何を望んでいるのかは、嫌というほど理解している。


 奏太は諦め混じりに、ふっと目を伏せた。


「……分かった」


 しかし、奏太が頷いた瞬間だった。


「玄殿。いくら眷属とはいえ、陛下と二人きりというのは承諾しかねます。私も同席させてください」


 燐鳳の周囲を凍り付かせるような冷徹な声。

 それに、玄が嘲笑混じりに鼻を鳴らした。


「燐鳳殿、神と眷属の間に、首を突っ込むのは無粋だと思わないのか?」

「貴方と二人きりでいる間に、陛下に、万一のことがあっては困ります」

「外敵があれば、始末しておくさ」


 玄の言葉に、燐鳳はニコリ笑う。


「私が心配しているのは、外敵ではありませんよ。玄殿」


 その笑みに、玄は何かに思い至ったような顔をした。


「……ああ、なんだ」


 そう呟くと、そっと奏太の両肩に手を置く。そのまま、片手の指先だけを伸ばして、ツウッと爪で奏太の首筋をなぞった。


 まるで、燐鳳に見せつけるように。


 ゾワッと全身が粟立つのを、奏太は何とか堪える。

 燐鳳の表情が殺気を帯び、手が自分の懐に伸びた。


「燐鳳」


 奏太の制止の声に、燐鳳の手がピタリと止まった。


「お前は、この件には口を出すな。頼むから。玄も、やめてくれ」


 燐鳳が表情を歪めるのを見て、玄が優越感と共に「ククッ」と笑った。


「まあ、いいでしょう。今回は、俺が引いて差し上げます」


 玄は明るくそう言い放つ。

 そして、その顔を奏太にスッと近づけた。

 

「ここは邪魔が多いようですし、貴方の方から来てくださるのを、お待ちしています」


 ねっとりと絡みつくような囁きが、奏太の耳元にだけ落ちた。



 就寝前。奏太の自室。

 玄は大人しく王城に戻り、燐鳳は就寝挨拶を交わして戻っていった。

 今は、亘と護衛の武官が数名いるだけ。


「……玄との間に、何かあったのですか?」


 出し抜けに、亘がそう言った。


 闇祓いに同行させたこと、何かを感づいた燐鳳が玄を問い詰めようとしたこと。

 ずっと隠し通してきたことに、綻びが出始めている。


「何でもないよ。燐が妙にピリピリしてるだけ。玄も、ああ見えて気が短いから」


 もっともらしく言い繕う。


「しかし、今日の孤児院でも、貴方への態度がいつもと違うように見えました」


 実際は、玄の態度は以前からずっと変わっていない。ただ、朱以外の先代眷属達と亘達が行動を共にすることが少なかっただけ。


 護衛の交代。そういう名目で、出来るだけ近づけないようにしていた。特に、亘達を不完全と罵る玄には。

 

 玄は玄で、その態度が少しずつ露骨になってきている。いつまで人の身でいるのかと、急かすように。

 今日に至っては、ハガネの件があって苛立っていたのもあるのだろう。


「今日の現場が、あんまりすんなりいかなかったからじゃないかな。まさか、ハガネが出てくるとも、守り手がいるとも思わなかったし。玄の機転に助けられたよ」

「……申し訳、ございません」


 悔しそうに言う亘の肩を、奏太はトントンと叩く。


「あの場合、仕方がなかっただろ。お前が虚鬼を止めてくれなかったら、ハガネに捕まる前に虚鬼にやられてたよ」

「玄が間に合わなければ、再び、貴方を連れ去られるところでした」

「あんな風に、忘れかけてた事件が尾を引いてくると思わなかったからなぁ。今度から、気をつける」


 奏太の言葉に、亘が何かを堪えるように眉根を寄せた。


「……今度、とは? 貴方はいつまで、貴方のまま――……」


 亘はそこまで言いかけて、グッと口を噤む。それから、自分を落ち着けるように、震える息を吐き出した。


「亘、俺は――」

「お疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください。何者も、近づけませんから」


 まるで、続きは聞きたくないと言わんばかりに、亘は声と表情を無理やり緩めてそう言った。


 寂しげなその顔に、奏太は何も言えなくなってしまった。

巽の不憫と玄の性格悪さが爆発。パキリ音は何だったんでしょうね⋯⋯

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