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7. 白日教会への滞在②

 人波を逆流して足を向けたのは、『白日の廟』と呼ばれる場所。


 聖教会が管理している、鬼界に点在する日の力を取り入れられる貴重な場所の一つだ。


 『白日の廟』は、聖教会ができるずっと前から存在していた。昔は国の管理下にあったが、聖教会ができた時に教会の管理下に移され、白日教会はそれを守る形で建てられた。

 『白日の廟』という呼び名は、国の管理下にあった頃からずっと変わっていない。教会の呼び名がそちら合わせられたくらいだ。

 

 今は白日教会の中庭のような場所に位置していて、許可を得た者以外、近づくことを許されない。


 白く輝く六角形の建物。角の反り返った屋根には豪華な彫り込みが施されている。壁も屋根も全てが真っ白だ。

 反り返った屋根の端には黄金に輝く飾りが垂れ下がり、屋根の頂点にも天に向かって伸びる黄金色の飾りが付いている。


 重要なのは、その建物の中にあるもの。


 大きな岩が中央に鎮座していて、周囲に草花が生い茂り、まるで白い壁と天井に囲まれた小さな草原のようになっている。岩の周りはまるで陽だまりのように明るく、風もないのにフワリと暖かな空気が流れてくる。

 

 人界(じんかい)で得られる太陽の光が、大きな岩を通じて鬼界にもたらされる、不思議な場所だ。

 

 日の光が満ちたこの場所に、鬼は普通、立ち入ることができない。


 奏太は昔、短い期間ではあるが、ここに囚えられていたことがあった。国が管理していて、人妖が、まだ鬼の食料として扱われていた頃のこと。

 訳あって鬼界を訪れ鬼に捕まってしまった奏太は、無理矢理ここに連れて来られ、廟の手入れと、日石に日の力を込めて運び出す強制労働をさせられていたのだ。


 それでも、一切太陽の光の届かない鬼界に人の身で長くいた奏太にとって、日の光にあふれる白日の廟は、心の拠り所でもあった。


 それに、白日の廟にある大岩は、人界にある奏太の故郷とも繋がっていた。時折呼びかけてくれる従兄の声に、どれ程励まされたことか。


 今や、遠い昔の話だ。


「……懐かしいな」


 奏太はポツリと呟いた。


 亘と椿も奏太について廟の中に入ってくる。奏太がゴソゴソと庭仕事に使うような道具を漁っていると、


「このようなこと、やらなくても良いのでは?」


と亘が言う。しかし、奏太は首を横に振った。

 

「俺がやりたいんだ。やりたくないなら、その辺で護衛しててくれればいいよ。亘が言う通り、別にやらなくても良い仕事なんだし」

「そういうわけではありませんよ。ただ……」

「ただ?」


 亘は何故か、眉根を寄せて奏太をじっと見る。


「……なんだよ?」 

「いえ、何も」


 それだけ言うと、亘はクルリと奏太に背を向けて動き始めた。


 様子がおかしな亘に首を傾げつつ、奏太は道具を手にとって作業を始める。

  

 当時、この廟にいた頃にやらされていた仕事だ。随分前の話ではあるが、廟の整備は慣れたもの。

 黙々と三人で手分けをしながら動いていけば、あっという間に周囲がある程度綺麗になってくる。


「まあ、こんなもんだろ」


 奏太はふうと額を腕で拭いた。それから、温かな光を放つ大岩に、体を預けて座り込む。


 ぼうっと白い壁を眺めていると、いろいろなことが思い出された。ここにいた時のことも、その頃に起こったことも、その当時、何よりも大切だった者達のことも。


「……奏太様、作業が終わったのなら、戻りましょう」


 亘の低い声に呼びかけられる。しかし、奏太はどうにもそこから動く気になれなかった。


「もうちょっと、ここに居るよ」

「あまり、長居されないほうが良いでしょう」

「……なんで?」

「気づいていませんか? 御自分がどのような顔をなさっているか」

「……どのような、って?」


 亘の言っていることがよくわからない。でも、椿もまた、何故か不安そうな顔で奏太を見ていた。


「思い出しているのでしょう? あの頃の事を」

「あの頃と全く変わらないこの場所で、思い出すなって方が無茶だよ。こんな話をしてる今ですら、そのうち大岩の向こう側から、柊ちゃんの声が聞こえてくるんじゃないかって気がしてくるんだから」


 辛くなった時にいつも支えてくれていた従兄の声がまた聞けたらいいのにと、性懲りも無く考えてしまう。とっくの昔に死んでしまったと分かっていても、それでも、ここで待ちたくなってくる。永遠に聞くことのできないその声を、もう一度だけでも……

 

「……あの頃のことが貴方の支えになっているのなら、いくらでも思い出に浸っていただいて構いません。けれど貴方は、あの頃を思い出すと必ず後悔なさるでしょう? 何故、自分は未だに生き続けているのかと。何故、あの方々の元へ逝けないのかと。ついでに、我らをそれに巻き込んだことも含めて」


 まるで自分の思考をなぞるような事を言われ、奏太は亘の顔を凝視する。


「何もかも、表情に出ているのですよ、貴方は」


 亘はそう言うと、奏太の直ぐ側まで歩み寄り、グイッと荷物のように、その体を抱え上げた。


「な、何だよ、いきなり! 放せって!!」

「ここに長居すべきではありません。部屋に戻りましょう」

「降ろせよ! 戻るなら、自分で歩くから!」


 そう喚くが、亘は降ろしてくれる気配がない。


「亘さんは、奏太様が心配なんですよ。わかってあげてください」


 亘の後を追う椿が、眉を下げてそう言った。



 夜の祈りは、何だか出る気にならずに欠席した。別にいくところもないので、ずっと部屋の中にこもっていると、不意に廊下側のドアの隙間から、一匹の透き通るような青い(はね)の蝶が滑り込んできた。


 青い蝶はヒラヒラと羽ばたきながら真っ直ぐに奏太のところまで飛んでくる。そっと手を前に出せば、ピタリと奏太の手の甲にとまった。


「枢機卿から文を受け取りました。明日の昼過ぎ、枢機卿宛に商会からの納品を装って、迎えが来ることになっています。その馬車に乗って商会へ戻りましょう」

「そっか。ありがとう、(うしお)


 奏太が、手の甲の蝶に言うと、蝶は小さく翅を動かす。

 

「明日は、商会長がくるのか?」

「ええ。傍から見れば、代表が来なければ失礼に映るでしょうから。奏太様は明日の午後、枢機卿に呼び出される予定になりましたから、応接室まで司祭服で向かい、そこから商会の服に変えて帰る事になります。私も、今から貴方のお伴を致しますので」

「……ただでさえ忙しいのに、たかが迎えの為だけに仰々しくさせて、申し訳なくなるな……」


 奏太自身が積み上げた仕事ではあるが、そのうち商会長が過労死でもしないか心配になる。


「たかが迎え、ではありませんよ。御身に何かがある方が困ります。(たつみ)一人が倒れて仮初めの商会が潰れようと、正直、誰も困りませんし」

「いや、さすがにそれは言いすぎじゃ……」


 情報を集め奏太が動きやすくするために押し付けた商会長役でありながら、あんなに頑張って支えてくれてるのだ。そんな言い方をされたら、さすがに可哀想すぎる。


「うーん……いろいろ落ち着いたら、そのうち、長期休みでもやった方が良いかなぁ〜?」

「仕事がない方が不貞腐れますから、適度にこき使ってやった方がいいですよ、あいつの場合は」


 亘の言葉に、汐と椿も頷く。

 

 仲間からの扱いが雑で哀れな側近を、いずれちゃんと労ってやらなければと、奏太は心に決めた。

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