62. 闇祓いのあと
楓に陽の気を注いでもらってしばらく。
彼女の陽の気は弱々しいものだったけれど、自分の中の力を整理する余白をもらえたことで、ごちゃごちゃに混ざった力をどうにか整理できた。
日向の人間が持つ懐かしい温もり。それに安堵できたのも、良かったのだろう。
今は、玄が相変わらず愛想の良さを外面だけに貼り付けて奏太の側に控え、亘もまた、奏太のすぐ横で難しい顔で奏太の様子を伺っていた。
「ありがとう。これなら、闇を祓えそうだ」
奏太の言葉に、楓はほっと胸を撫で下ろしつつ、戸惑いの表情を浮かべる。
「それは良かったけど……結局、貴方は何者なの?」
それに、奏太はニコリと笑って見せた。
「日向奏太だよ。さっきも言った通り、君と同じ守り手だったんだ」
「……日向……? でも、守り手は今、兄さんと従兄弟しか……」
「遠い親戚とでも思っておいてくれたらいいよ。基本的に妖界や鬼界にいたから会う機会が無かったけど、本家や里に行ったこともあるよ」
楓の遠い親戚であることも、人界にしばらく行っていなかったから会う機会がなかったのも嘘ではない。
ただ、自分を神と名乗ることも、ずっと昔の先祖にあたることも、今、この場では言いたくなかった。
自分の事を知らないのなら、ほんの少しの間だけでも、この子の中だけは、ただの守り手でいたいと……
「奏太って呼んでよ。闇を祓ったら、俺たちの拠点に行こう。人界とも連絡取れるから」
この場で人界との穴を開けてもいいけれど、どこに出るかがわからない。
「私のことは楓って呼んで。そうしてもらえるのはありがたいんだけど……」
「どうかした?」
楓はそこで、悲しげに目を伏せた。
「結局、私だけ生き残っちゃって……皆に、なんて言えばいいのか……」
自分を守った誰かを失う気持ちは、奏太にもよくわかる。守り手時代には亘を失いかけた。実際、死んでしまった里の者もいた。つい最近は、巽を失いかけたばかり
だ。
奏太は、そっと手を伸ばし、楓の頭をポンポンと軽く撫でた。
「すんなり割り切れることじゃないと思うけど、護衛役も案内役も、君の無事を願っていたはずなんだ。君がきちんと無事に家に帰ることが、君を命がけで守った者達に報いることになるんだと、俺は思うよ」
じわりと楓の瞳に涙がたまり、ポタリ、ポタリと床に落ちて滲んだ。
「……けど……わ、私の……せいで……二人も……里の、者も……」
まるで、張り詰めていた糸がプツリと切れたように、楓は喉を詰まらせた。
どんどん溢れてくる涙。楓が手の甲で拭っても拭っても止まることなく、その手が次第に濡れていく。
「……守り手……なんて言って、結局……誰も、ま、守れなかった……」
「守ったよ。君は、子ども達を守ったし、俺を救ってくれたんだ。十分、立派な守り手だ。よく、一人で耐えたね」
きっと柊士なら、そうやって肯定してくれたはずだ。自分を責めるなと。お前が無事であることが、護って散った者達の何よりの誇りになるからと。
「君が、無事で良かった」
それは、きっと、楓の護衛役と案内役が、何より伝えたかった言葉のはずだ。いつも、亘達がそうであったように。
「う、うぅ……ああぁ……」
泣き崩れる楓を、奏太はそのまま、自分の方に引き寄せて、そっと抱きしめた。自分を支えてきてくれた者達が―― 柊士や白月、父母や友人達が、かつて、奏太にそうしてくれたように。
どれ程、そうしていただろう。
奏太が楓の背を抱えて慰めている間、予備の日石を持った咲楽が、朱と共に鬼の子達を外に連れ出してくれていた。
亘は何故か微妙な顔で奏太と楓を見ていたし、玄は愛想を取り繕うのすらやめたようで、完全に表情を消していた。
ぐすん、ぐすんと鼻をすすりながら楓が顔を上げる。
「落ち着いた?」
「……うん。ごめんなさい……初対面の人に……」
「いいんだ。気持ちはよく分かるから。それに、俺も助けてもらったし」
奏太の言葉に、楓は擦って赤くなった目でニコリと笑った。
「君の笑顔が見れて良かったよ。それじゃあ――……」
そう言いかけた時だった。ズイッと奏太と楓の間に割り込むように、椿が顔をのぞかせた。
「まあ! 落ち着かれたのなら良かったです!」
明るく手を打ち合わせた椿の目は、弧を描いているのに、その奥は全く笑っていない。
「では、楓様を商会にさっさとお連れしてしまいましょう! そして、早急に人界に強制送……お送りした方が良いと思います!」
「……商会に早めに避難した方が良いのは確かだけど、護衛の手が足りないだろ」
奏太が呆れて言えば、戻ってきていた咲楽がビシッと手を勢いよく上げた。
「あ! それなら、僕が商会から武官を呼んできます! これ以上、奏太様に馴れ馴れし……あ、いえ、状況を燐鳳様にお伝えしたら、きっと烈火のごと……あー、えぇっと、御心を痛めてすぐに手配くださると思うので!」
ところどころ不穏な言葉が聞こえた気がしたが、気の所為だろうか……
「あとは闇を祓うだけなんだから、一緒に帰ればいいよ」
奏太はそう言いつつ、楓の様子をもう一度確認してから立ち上がった。
「朱、咲楽と楓ちゃんと一緒に、一つ前の部屋で待っててくれる? 一気に祓うから」
「あの、奏太君、陽の気を使うなら、私も少しは手伝えると思うんだけど」
楓が名乗り出てくれたが、白と金の力を放って、不審がられたくない。
「大丈夫だよ。陽の気、あんまり残ってないって言ってたでしょ。俺はもう回復してるから。ちょっと外で待っててよ」
「でも……」
「大丈夫。朱、楓ちゃんを頼むよ」
楓の言葉を途中で遮って朱に指示を出すと、朱は承知したように楓の肩に手を置いた。
「さあさ、姫様。我が君の御命令です。外で大人しく待ちましょう」
グッと出口に向かって朱に両肩を押されながら、楓は奏太を振り返る。それに、奏太はヒラヒラと手を振った。
楓がドアの向こうに姿を消すと、椿がすっきりとした顔で奏太を見た。
「奏太様の御力を見せるなんて、もったいないですものね。即刻、人界に送り返しましょう!」
「いや、そういう意味じゃないんだけど……」
むしろ、彼女の気持ちの整理がつくまでは、商会でゆっくりしていっても良いと思っているくらいだ。
「人界へ姫様を送り届けるのに護衛の手が足りないのなら、俺が対応しましょうか?」
玄が無表情のまま言う。
けれど、玄に任せるなんて時限爆弾を抱えさせるような真似、絶対にできない。不安すぎる。
「……お前には、絶対に頼まないよ……」
「いずれにせよ、あの方が長く商会に滞在しても、良いことはないでしょう。帰り次第、巽に手配させましょう」
亘も、声低く言った。
「……まあ、本人にも相談してから決めるよ」
三者から圧をかけられているような、妙な気分になりながら、奏太は溜息混じりにそう答えた。
奏太が手をかざして力を込めれば、先程と同じく、白に金の粒子の混じる眩いばかりの光が部屋いっぱいに広がっていく。
闇を駆逐し、隅々まで浄化していく聖なる光。
陽の気が行き渡ったのを確認してピタリと注ぐのをやめると、そこには、どこか煤けてしまった、子ども達の為に作られた可愛らしく、しかしシンと静まり返ってしまった部屋だけが残った。




