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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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57. 燐鳳の疑念

 夜、就寝前。ソファに座りながら、妖界の武官と椿が室内で警備にあたる中、セキとの話し合いの前に巽が集めてきた情報に目を通す。


 普段なら静かな自由時間のはずなのに、何故か燐鳳まで室内にいるせいで人口密度があがり、妙な閉塞感がある。


 奏太はパサリと書類を放り出すと、ソファの背に深く身を預けズルズルと行儀悪く姿勢を崩した。


「いつまでいるの? 燐」

「奏太様がお休みになるのを見届けるまで、ですよ」

「いや、俺にもリラックスできるプライベートな時間ってものがあっても――……」

「どうぞ、私のことはお気になさらず。存分にくつろがれてください」


 希望を伝えて退室願おうとしたのに、途中で遮られてしまった。


「それなら、せめて護衛の数を減らして欲し――……」

「そのやりとりは、何度もしたではありませんか。また、拐かされるようなことがあったらどうなさるのです? 本来ならば、あの時に商会にいた護衛全てを処――」

「うん、ごめん。俺が悪かった」


 奏太は即座に謝罪し、ハアと息を吐き出した。燐鳳に無慈悲に武官達を処刑されては堪らない。


 燐鳳は、天井を仰ぎだらしなく座る奏太を、仕方がなさそうに見た。


「それに、先ほどは話を逸らされてしまいましたが、人数を減らしたところで、残った者との間に、万が一にも何かがあっては困ります」


 燐鳳の言葉に、ピクリと奏太の手が動く。


「鬼界に戻った直後、玄殿との話し合いにお部屋に戻られた際、何かがありましたか?」

「……何かって? 何にもないよ。ただ、話しただけ」


 呼吸一つ分、返答が遅れた。


「ただの話し合いで、敷布に血痕が残りますか?」


 不意に、ソファの後ろから燐鳳の手が伸びる。冷たい手が首筋に触れ、奏太は思わずビクッと肩を跳ねさせた。


「既に傷は修復されてしまったのでしょうが、襟の裏に、血の跡があったと報告が」


 奏太の反応を探るような声音。

 だが、不安げにこちらを見守る椿がいるこの場で、認めるわけにはいかない。

 

 奏太は強引に口角を引き上げ、笑顔を作った。


「ちょっと、自分で引っ掻いちゃっただけだよ。それより、急に触ったりするなよ。手が冷たすぎて、ビックリするだろ」


 奏太はそう言いつつ、ソファからパッと立ち上がった。そのまま、グッと伸びをするフリをして見せる。


「疲れたし、俺はそろそろ寝るよ。燐も、部屋に戻ったら?」

「また、誤魔化されるのですか?」

「はは、誤魔化すってなんだよ?」


 乾いた笑いを漏らす奏太の瞳を、燐鳳は逃さぬように見据えた。

 居心地の悪さに視線を逸らそうとすれば、燐鳳の唇が不気味なほど柔らかな弧を描く。


「何もなかったと、すべてを隠し通されるおつもりですか。……嘘と建前で塗り固めて」

 

 奏太の頬が引き攣った。

 

「何を、言って……」

「御存知でしたか? 何か、触れられたくない事がある時に、目を逸らして笑われる癖があることを」

「はは、やだな。勘繰りすぎだって――……」


 再び視線を逸らしかけて、奏太はピタリと動きを止める。

 

「咲楽が出血に気付かなければ、私も疑問を抱くことはなかったでしょう。それほどまでに、貴方は自然に振る舞われていた。……けれど、私がその痕跡に触れようとすると、途端にその癖と、隠しきれない『硬さ』が混じるのです。本当に何事もなければ、そんな態度は取られないでしょう? 時間が経てば、それもすっかり消してしまわれていたでしょうけれど」


 退路を断つような燐鳳の眼差し。

 奏太は必死に声を絞り出す。


「だから、本当に自分で引っ掻いただけだって」

「ならば――」


 燐鳳の手が、再び奏太の喉元へ伸び、思わず息を呑んだ。

 完璧に作り上げたと思っていた表情が崩れ、じりっと足が一歩下がる。


「――何に怯えていらっしゃるのか、お教えいただいても?」


 指先が首筋に触れる寸前、燐鳳はふっとその手を下ろした。


 表情を作る意味を見失い、奏太は深く、重い溜息を吐き出した。

  

「……今回は、見逃してくれないかな?」

「内容によります」

「ホントに、何でもないんだ」

「奏太様」


 燐鳳の顔から、一切の温度が消えた。

 咎めるような、冷徹な響き。それに、奏太は自嘲気味に笑うしかなかった。


「いくら問い詰められても、何をされても、何も出てこないよ」


 鳥籠での傷を抉ったりされなければ、大抵のことは我慢できる自信がある。どれほど詰られても、危害を加えられても。ずっと、そうだったのだから。


 しかし、燐鳳の表情は変わらない。ただ、静かに奏太を見据えている。


「……何かを、されたのですか?」


 確信めいた、凍てつく声音。

 

「燐、もう、やめてくれ」


 これ以上は、踏み込まれたくない。ここまでずっと、隠し続けてきたのに、こんな風に暴かれてはたまらない。

 

「これ以上、ありもしなことを探るつもりなら、強制的に妖界に帰らせる」


 奏太は脅し交じりに声低く言う。

 

 それから、もう一度フーっと息を吐き出すと、壊れた玩具を直すように、無理やりいつもの笑顔を顔に張り付けた。


「俺はもう休むから、燐も休んできなよ」


 一方的に告げ、ベッドへと歩み出す。

 しかし、すぐに手首を強く掴まれた。


「奏太様」

「……何度も言わせるなよ。燐鳳」


 掴まれた手を振り払うと、奏太はそのまま、燐鳳を置き去りに歩みを進めた。


「……奏太様」


 ベッドの近くにいた椿が不安そうに奏太を見る。

 

「俺は大丈夫だから、この件は忘れてよ。亘達への他言も無用だ」


 奏太はポンポンと椿の肩を叩き、そのままベッドの周囲に張られたベッドの中に入り込んだ。

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