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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~死にたがりな神様は、過保護なあやかし従者たちに執着され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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56. 聖教会からの手紙

 朝、奏太は騒々しい声に叩き起こされた。


「――ですから! 朝のお支度は、僕がするって言ってるじゃないですか。燐鳳様の御命令なんです!」

「燐鳳殿の御命令と言われても、我ら眷属には何の関係もありません。お支度が必要ならば私がしますから、咲楽殿はお引き取りを」

「はぁ? 今まで、朝のお支度は奏太様ご自身でなさってたって聞きましたけど。今更、出しゃばってくるのはやめていただけませんか、椿殿」

「ねえ、奏太様に御茶をお淹れしたいんだけど、二人ともどいてくれる?」

「あ、御茶をお淹れするのも僕の仕事なんで、そこに置いておいてください、汐殿」

「貴方に指図を受ける筋合いはないわ。私がお淹れするから、邪魔しないでもらえる?」

「……あ、あの、ちょっと……そんな風に騒いだら、奏太様が……」

「貴方は黙ってて、巽!」

 

 奏太は額に手を当てた。

 ベッドの周囲に張り巡らされたカーテンの向こうで何が起きているかなんて、考えたくもない。


 このまま寝たふりでもしていようか、そう思ったところで、無慈悲にもカーテンが勢いよく引き開けられた。


「助けてください、奏太様!」


 涙目の巽がそこに居た。


「……いやだ。俺はもう一回寝るから、仲裁終わったら起こしてくれる?」

「そんな! 起きてるのに酷いじゃないですかっ! 奏太様のせいで起きてる諍いですよ!?」


 巽がそう言ったところで、椿の顔が巽の後ろからヒョコっと覗く。


「まあ、おはようございます。奏太様。お着替え、私がお手伝いしますね!」

「だから、僕のお役目だって言ってるじゃないですか!」


 巽を突き飛ばさんばかりの勢いで咲楽が前に出る。


「奏太様、お手伝いは僕にやらせてください! 燐鳳様に叱られてしまいます」


 両手を前で組み、目をうるうるとさせる咲楽を、今度は汐が押しのける。


「朝の御茶をお淹れしましたから、冷める前にお召し上がりください」


 朝っぱらから、何故こうも騒々しくなるのか。気遣ってくれるなら、もう少し穏やかに起こしてもらえないものだろうか……


「……あのさ、俺、まだ寝たいんだ。着替えも御茶も巽に何とかしてもらうから、喧嘩するなら全員まとめて出て行ってくれるかな?」

「は、はい!? 僕ですか!?」

「うん。俺は、巽一人がいればいい」


(うるさいのは勘弁してほしいし)

  

 瞬間、三人の鋭い視線が、ギロッと一斉に巽に突き刺さった。

 「ヒッ……!」と巽が情けない声を上げる。


「い、いやだな、奏太様。皆それぞれ、適材適所ってものがあるんですから。僕は商会仕事がありますし……」

「じゃあ、適材適所に従って、喧嘩しないようにうまく役割分担を振ってやってよ。商会の配置決めは商会長の仕事だもんな。決まったら報告よろしく。それまで俺は、ベッドの上で大人しくしてるよ。体も疲れてるし」

「そ、そんなっ!」


 巽の絶望的な叫びを無視して、奏太は再び布団の中へと潜り込んだ。


「それなら、巽にきちんと納得いくようにまとめていただきましょうか。……どうやら、話しておくべきこともありそうですし」

「商会長が居ればいい、だなんて……。奏太様を独占させるわけにはいきません。しっかり燐鳳様のご意図を汲んでくださいよ!」

「……奏太様がまだお休みになりたいなら仕方がないわね。行くわよ、巽」


 ズルズルと引きずられていく音と共に、


「な、何で僕がぁぁあぁ~!」


という巽の憐れな慟哭が遠ざかっていく。パタリと扉が閉まり、ようやく部屋に静寂が戻った。


 疲れ果てた顔で巽が戻って来たのは、それから三時間後。椿の代わりに現れた亘に二度寝から起こされ、自分で着替えを済ませ、やってきた燐鳳の指示で武官が淹れ直したという完璧な温度の茶をすすり始めた頃だった。


「起こすのは椿、着替えや入浴手伝いは咲楽君、御茶は汐ちゃん、で決着しました……けど、酷すぎませんか、奏太様? どんな目に遭わされたか……胃がねじ切れそうだったんですから!」

「はは、お疲れ」


 三時間も何を話すことがあったのかは知らないが、巻き込まれなくて良かったと、奏太は引き攣った笑顔を向けた。

 

「朝から奏太様を煩わせるとは。咲楽には厳しく言い聞かせねばなりませんね」

「いや、お前が咲楽に無理に役目を押し付けたから生まれた騒動だからな、燐」

「……まあ、咲楽君自身、以前から奏太様のお世話をしたがっていましたから、満更でもなかったようですが」

 

 巽は「はあ」と深い溜息を吐き出し、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。


「それより、ちょっとご相談があったんです」

「相談?」


 奏太が促すと、巽は机の上にバサリと紙束を広げた。


「どうもここのところ、闇の発生が頻発してるみたいなんです。それも、聖教会の関連施設に集中して」

「聖教会の? 前に、闇の女神と一緒に聖教会の男がいたけど……」

「その関連かもしれません。ただ、はっきりとしたことまではわからないようで、セキから泣きつかれてるんです」


 巽はそう言うと、複数の手紙を拾って奏太の方に押し出した。


 どれも、白日、光耀、両教会の手に負えなくなってきている、闇祓いに手を貸してほしい、という悲痛な内容だった。


「奏太様が鬼界を離れ、ハガネ大司教という戦力が失われたことで、純粋に闇を祓う手が足りていないようです」


 巽の説明を遮るように、燐鳳がその手紙を指先でつまみ上げた。内容を一瞥するなり、彼はそれを汚物でも見るように机へ放り出し、扇で巽の方へと押しやった。


「なんと図々しい。そちらで何とかせよと、突き返すべきでは?」

「どうにもならないから、助けを求めてきたんだろ」


奏太が呆れ顔で応じると、背後に控えていた亘からも不機嫌な声が飛ぶ。

「これ以上、聖教会と関わるべきではありません。ハガネの件も闇の女神の件も、危険が過ぎます。御身に何かあればどうするのです」

「そうは言っても、闇を祓うのは俺の本業だからなぁ〜」


 体がどうあれ、秩序の神としての役目を放棄するわけにはいかない。


「やっぱり、一回、セキのところに行こうかな。教会の事は教会に聞いた方が早いし」

「奏太様」


 背後から、亘の手が奏太の両肩を逃さぬように押さえた。

 それを見た巽が仕方が無さそうに眉尻を下げる。


「それなら、セキをこちらに呼びましょうか」

「司祭のところに、わざわざ枢機卿を呼び出すのか?」

「違いますよ、奏太様。蜻蛉商会へのお買い物に、枢機卿がお忍びでいらっしゃるだけです」


 巽は小さく肩を竦めてみせた。

 巽自身がそう言うのなら、万事うまく整えてしまうのだろうが――納得していない者が、もう一名。


「枢機卿とやらが何者かは知りませんが、まさかこの屋敷に『鬼』を入れるおつもりですか?」

 

 燐鳳の声が、地を這うような冷たさを帯びた。


「あれほどの傷をこの方に与えた鬼を? このような状況に追い込んだ鬼を、この方に近づけるおつもりですか、巽殿」

「燐、セキは大丈――……」

「鬼など、全て同じです。貴方に危害を加えようと思えば加えられる。貴方の持つ気、その血、その存在に引き寄せられ、汚れた手を伸ばそうとする。これ以上、指一本触れさせるわけにはいきません。貴方が血を流すようなことなど、二度とあってはならないのです」


 燐鳳はそう断じると、ふいになぞるような視線を奏太のベッドの方へと向けた。

 ピクリと、奏太の表情が強張る。


 昨夜。玄に傷つけられた時にできた血の跡を、寝具を整えに来た咲楽に見られてしまった。口止めはしたが、燐鳳に伝わってしまっただろうか。


 燐鳳は、逃げ場を塞ぐように奏太の瞳の奥をじっと見つめた。その眼差しは、慈しみと、底知れぬ疑念に満ちている。


「少々、首元を拝見しても? 我が君」


 無意識に、手が首筋へ伸びかけた。玄に喉を絞められた、あの場所へ。

 

「……い、……やだ」

「奏太様?」


 亘の不安げな声が重なり、奏太の肩が小さく震える。

 視線を彷徨わせれば、心配そうに自分を見つめる巽や武官たちの目が痛いほどに刺さった。

 

 奏太は深く息を吸い込み、ゆっくりと、偽りの余裕を吐き出した。

 

(落ち着け、大丈夫だ。バレてない……)


「見たければ見ればいいけど、別に、なんともないよ」


 顔にいつもの笑顔を張り付けて、努めて平然と答える。


「それより、セキの件。向こうに人数を絞ってくるように伝えて。こっちの護衛は、燐の気が済むまでつければいいよ。それならいいだろ?」


 奏太の提案に、燐鳳は険しい表情をわずかに緩め、小さく溜息をついた。納得したわけではないだろうが、この場での追及をひとまず棚上げにしたらしい。

 

 巽は、燐鳳と奏太の顔を交互に見比べ、疲れたように首を横に振った。

  

「……セキは、さぞかし胃が痛む思いをするでしょうね……」


 巽は同情するように、ポツリと呟いた。

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